第一章

とりあえず呪いについて探りますか。

 家に着くと、猫の首根っこを離した。やはり着地は失敗し、床にコロコロと転がる。そういえば、城でもそうだった。下手なのは元人間だからか。


「へえ、意外と綺麗にしているのね」

「散乱していると落ち着かないので」


 本棚から呪いに関係する本を手に取り、ソファーに腰掛ける。

 それにしても、猫になる呪いとは。これまでの自分とはかけ離れた姿にすることで、苦しませようとしているのか。確かに、猫に限らず何かしらの動物にしてしまえば、意思疎通を取ることが難しくはなる。

 そうなれば、猫が本人だとは気付かれず、追い出されることだってあっただろう。今回は国王が呪いに気付いたために、助かったようなものだ。


 パラパラとページを捲っていくと、気になることが書いてあった。

 それは、いくつもの呪いをかけることで完成する、というもの。なるほど、こういうこともあるのか。

 俺は本を置くと立ち上がり、何故か調味料に目を輝かせている猫の首根っこを掴んだ。急に掴まれた猫は足をバタバタとさせている。


「ちょ、ちょっと! その持ち方やめなさいよ!」

「サーラ王女、動くのやめてもらっていいですか」

「何よ、何をしようとしてるのよ! ま、まま、まさか、ハレンチなことを考えて」

「自分で言ってて恥ずかしくないですか?」


 ぐう、と声にならない声を出すと、猫は静かになった。とても見やすい。最初からこうしてくれていればよかったのに。

 さて、肝心の呪いだが。これは困ったことになった。


 呪いは全部で五つ。頭、右手、左手、右足、左足。五芒星を描くようにしてかけたのだろうが、問題はそこではない。

 五つの呪いは、同じものが一つとしてない。

 つまり、それぞれ解く手段を見つけなければいけないということだ。


「ねえ、何かわかったの?」

「面倒だなということがわかりました」

「……引き受けたからには、放り出さないでよ」


 面倒で嫌だが、別荘のために頑張るに決まっている。

 それにしても、異なる呪いをそれぞれの部位にかけて猫にするとは。相手も相当面倒なことをする奴だ。それだけ何かしらの恨みがあったということか。


「術者本人を見つければ楽なんですけど。こんな根暗なことしそうな人物に思い当たりはありませんか?」

「わ、わからないわ……だって、みんな、私のこと嫌っていたもの」

「ああ、そうでしょうね」

「コロス」


 再び暴れ始める猫だが、その鋭い爪は届かない。


「まあまあ落ち着いてください。とりあえず、明日ここを発ちますので」

「どうして? ここで情報を集めながら解けばいいじゃない」

「それができればいいですけどね、呪いっていうのはかけた本人しかわからないんですよ」


 サーラ王女は何もわかっていなかったが、呪いを解くというのは簡単ではない。それは、如何に俺が超優秀な魔法使いであってもだ。

 何度でも言うが、呪いは自己満足の塊のようなもの。何が込められ、組まれているのかすらわからない。それを他人が解いていかなければならないのだ。

 だから嫌だった。時間も無駄にかかるし面倒だし。

 でも、今は別荘がかかっている。やるしかない。嫌だが。


「呪いをかけるのは人間しかいません。なので、サーラ王女が怪しいと思った人物に順番に会いに行きましょう」

「怪しいと思う人物……うーん、そう言われると、全員怪しく思うけれど」

「さすがに全員はキツいです。いくらか絞ってください。思い当たる人物に会いに行きながら、俺は解析を進めます」


 その方が時間の無駄にはならない。

 サーラ王女に怪しいと思われる人物を挙げてもらい、会いに行く。それで術者が見つかればラッキー。見つからなくても解析が進めば何とかなる。

 猫を下ろすと、俺は明日から始まる長旅に備えて、荷物の準備と家に誰も入らないように結界を張り始めた。


「……ねえ」

「何です」

「この呪いは、その、私にだけ作用するものかしら」

「現に、あなただけが猫になっているじゃないですか」

「そ、そうよね。それならいいの。それなら……いや、良くないわよ! 何で猫にされなくちゃいけないのよ!」


 もしかして、呪いが他人にまで伝染することを気にしていたのか。

 ということは、城での発言も俺を案じてのもの──いや、もしそうなら何ともわかりにくいな。

 まあ、案外いじらしいところもあるものだ。うるさいが。



 * * *



 ──翌朝。

 俺は、旅自体は好きだ。どのような魔法に繋がる旅になるだろうかと前日はワクワクと胸を躍らせながら眠るし、当日は早起きするほど。

 でも、今日は気分が乗らない。旅に出なければならないとわかっていても、面倒で嫌だ。ベッドから出たくない。


 なのに、あのうるさい猫が起こしにやってきた。俺の顔を引っ掻き、耳元で起きろ起きろと喚き立てる。


「ヴィクトル! ほら、早く起きて準備しなさい! 今日から発つと言ったのはあなたよ!」

「行きたくない……」

「行きたくないじゃないわよ! 引き受けたのなら最後まできっちり終わらせなさい! ああ、それとも? あなたには無理な話だったのかしら?」


 本当に人を苛立たせる天才だな。

 無理だと。無理なわけがない。必ず呪いを解いてみせるさ。この超優秀な魔法使いである俺が。

 今に見てろ、と渋々起き上がると、俺は部屋を出て顔を洗った。朝食は道中の店で買うか。


 服を着替え、髪の毛を整える。

 必要な物を入れたリュックを背負い、猫と一緒に家を出た。鍵を閉め、更に魔法で鍵に触れられないようにしておく。


「では、サーラ王女、行きますか」

「サーラでいいわ。王女って言われると私が誰かバレちゃうもの」

「今のあなたはどこからどう見ても猫なので大丈夫ですよ」

「いちいちうるさいわね……ほら、行くわよ! まずは隣国のアーロン王子から!」


 俺と猫、いや、サーラの旅が始まった。

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