魔法使いと呪われて猫になった王女〜嫌々だったけど、なんだかんだ楽しい旅になりそうです〜

神山れい

プロローグ

まあ、嫌なんですけどね。

「ヴィクトル。優秀な魔法使いである君に、我が愛娘である第二王女サーラにかけられた呪いを解いてもらいたい」

「え、嫌です」


 ──自分で言うのもなんだが、優秀を飛び越えて超優秀だと思う。

 五歳でこの世界に存在する魔法を制覇し、六歳からは創作魔法やいろんな魔法を組み合わせるようになった。二十歳になった今では、魔法の研究に没頭している。

 出した魔道書は数知れず。それらはいずれもベストセラー。サインを書けば更に飛ぶように売れ、今や売れた金だけで生活ができる。


 まあ、本を出しているのはその生活費のためなんだが。

 編み出した魔法でみんなの生活を豊かに──なんて一ミリも思っていない。

 なんせ、研究には金がいる。金はいくらあってもいい。

 調べれば調べるほど奥が深い魔法。では、それを俺自身が何かに使うのかと言われれば、別に使う気もない。


 俺はただ新しい魔法を知りたいだけ。見つけたいだけ。だから、生涯を魔法に捧げると決めている。

 そして、生活費のために見つけた魔法を本にして売り出しているのだ。

 そんな俺だが、今日は国王に呼び出され、冒頭に至る。


 全く考えもしなかった依頼だった。第二王女にかけられた呪いを解いてほしいだと。

 もちろん、お断りだがな。何せ面白くない。

 何故か。答えは簡単。他人がかけた呪いを解くなど、ただただ時間が取られるだけで面倒だからだ。

 呪いは、かけた張本人の自己満足の塊。これなら相手は苦しむだろう。これなら相手は辛いだろう。そんな暗くてカビ臭い想いを込めながら呪って、影からその反応を楽しむ。こんなもの、根暗しかしない。

 それならその時間を使って研究していたい。本にして売れたら生活費にもなる。


 だから断ってやった。嫌ですと一刀両断してやった。

 すると、王の膝の上に乗っていた、ラベンダー色の毛を持つ珍しい猫が金色の瞳を細めて俺を睨み付けてきた。

 残念だが、そんな目で睨まれても俺は面倒ごとは引き受けない主義だ。


「そこを何とかならないかね! もう何人もの魔法使いに匙を投げられている。この呪いは君にしか解けんのだ!」

「だから、嫌ですよ。そもそも、匙を投げられているのってサーラ様に問題があるのでは」


 とりあえず、問題があると言葉を濁しておいた。はっきりと言ってしまえば処刑ものだが、第二王女サーラはフリサフィ王国一性悪だと聞いたことがある。

 メイドが自分よりも可愛いと許せない。

 自分が食べたいと思ったタイミングでデザートを用意できなければ怒り狂う。

 ドレスは朝・昼・夜で着替えたい。

 これらは有名な話から抜粋しただけで、他にも細かい性悪エピソードがいくつもある。それらは近隣諸国にも知れ渡り、良い年頃なのに結婚相手も中々見つからないのだとか。

 呪われた理由は知らないが、性悪ならいろいろと恨みを買っていても不思議ではない。


「これ、サーラ!」


 猫が国王の膝から飛び降りた。着地に失敗し、床に転がるも、すぐに体勢を整えて俺に向かってくる。

 いやいや、それよりも今、国王は猫に向かって何と呼びかけた。


「あの、この猫に今サーラって言いませんでした?」

「ミャアァァァアアアァ!」


 猫は飛び上がり、鋭い爪をキラリと見せる。

 まさか、と思った瞬間、俺の顔を引っ掻いた。黒色の髪の毛も数本パラパラと落ちていく。


「いてえ! 何すんだこのクソ猫!」

「ンミャアアァァァア!」


 威嚇する猫の首根っこを掴み、俺から離す。どう足掻いても届かないのだが、猫は引っ掻いてやると言わんばかりに短い足を振り回していた。

 言語を理解しているような反応。何より、この乱暴っぷり。

 第二王女が呪われたと言っていたが、まさか。

 国王を見ると、情けない顔で暴れる猫を見ていた。


「サーラ、落ち着いてくれ。もうヴィクトルに頼むしかないのだ」

「げ、やっぱりこの猫がサーラ王女なんですか」

「そうだ。何者かの呪いによって猫にされてしまった……」


 ミャアミャアと抗議しているかのように泣き喚く猫。いや、サーラ王女。もどかしいだろうな、何かを伝えたくても言葉が違うために何も伝えられない。伝わらない。

 ──だが、それは俺がこの世に存在しなければの話。

 俺は魔術で仕舞っていた杖を取り出すと、猫に杖先を向ける。確か、数年前に動物の鳴き声を人間の言葉に置き換える魔法を編み出したはず。


「娘に何をしようとしているのだ!」

「ミャアミャアうるさいんで、言語変換しようと思います」


 猫語から、人語へ。

 眩い光が一瞬走ると、うるさかった鳴き声は人間の言葉へと変わった。


「この無礼者め! どうせ解けないから強気な言葉を使って断っているだけでしょう! 私だってお前に解いてもらいたいなど微塵も思っていませんから! 帰りなさいよ、馬鹿!」


 何だこいつ、腹が立つな。性悪だと言われるのもわかる。これは確かに性悪だ。国王よ、何故このような性悪女に育てた。甘やかしすぎではないか。

 呪いが解けないなんてことはありえない。俺はこの世界でただ一人の超優秀な魔法使いだぞ。誰よりも魔法を研究し尽くしている魔法使いだぞ。それをよくもこんな暴言を。万死に値する。

 俺は猫を、いや、サーラ王女を離すと、国王に背を向けた。


「一生猫でいてください。さようなら」

「ま、待ってくれ! 今のは謝る! サーラが悪かった!」

「私は悪くないわ! だって、呪いよ!? 今は猫になっているだけで済んでいるけれど、


 これはどういう意味だろうか。まるで呪いを解く側のことを──いや、これは深読みしすぎだな。

 地団駄を踏むかのように前足で地面をふみふみする猫、いや、サーラ王女。その姿は猫であればありだが、俺に暴言を吐いたことに対して本当に腹が立つので何の感情も湧かない。


「サーラは黙っておれ! そ、そうだ。ヴィクトルよ、研究のために広い敷地がほしいと前に言っていたそうだな?」

「ああ、そうですね。今の家では手狭になってきたので、もう少しお金が貯まったら引っ越そうかと」

「もし呪いを解いてもらえるのであれば、湖の近くにある別荘をお前にやろう。その別荘は、部屋数は百以上。邪魔であれば壁なども取り払ったり、好きに使ってもいい」


 国王はそう言って、いまだ暴れる猫、いや、サーラ王女を抱き上げた。

 正直、これは惹かれる。今よりも大きい家に引っ越したいとは思っていたが、まさか予想をはるかに超えた家が手に入るとは。

 国王も形振り構っていられないというやつか。

 俺は国王の元へ向かい、猫、いや、サーラ王女の首根っこを掴んだ。離せと泣き喚いているが、離すわけにはいかない。


「嫌ですけど、別荘のために引き受けます」

「引き受けてくれるのか……! 助かる……!」

「わ、私は嫌よ! 反対、反対だわ!」

「別荘がほしいので我慢してください。俺も嫌なのを我慢するんで」


 帰ってまずは調査からだな。準備をしなければ。

 それにしてもうるさい猫、いや、サーラ王女だ。今もずっと何か喚き散らしている。しばらくこれと一緒なのかと思うと、もうやめたくなってきた。


「別荘のため、別荘のため……」

「ちょっと、あんた本当に失礼ね!」


 世のため人のため、これはこのままでいいような気もするが、すべては別荘のため。

 俺は猫、いや、サーラ王女の首根っこを掴みながら城を後にした。

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