第3話【親バカの兆し】
西暦2513年5月
━━ ヒーロー0才 ━━
今や小さくなってしまった世界大陸の中央に位置するコの字型の半島、その中心に浮かぶ人工島の街、【アイランドシティ】。
世界政府が国の主要機関、施設を守る為に建造した、まだ新しい街。
北の対岸には国会議事堂や、情報局等、国の主要な施設が並んでいる。
政府はアイランドシティに最強の
新しい街とはいえ、その治安面での安心感から地価が上がり続けている。
街のランドマーク、タワー三棟が空中庭園で一つに連なるマンションにライゼ達はいた。
ライゼとサリーは赤子に不釣り合いなほど巨大なシェルターの前で談笑している。
「パパとママ、どっちを先に呼ぶと思う?」
ライゼは赤ちゃんがまだ産まれたばかりだというのに、もう喋った時の事を想像していた。
「ハハッ、気が早すぎるよ。でもこれからは兄ちゃんじゃなくてパパって呼ばないとね」
昔からサリーはライゼの事を慕い、年の差があるせいか兄ちゃんと呼んでいたのだが、赤子を連れて兄ちゃんと呼んでは誤解を招くだろうと気にしていた。
「そうだな。今までだって誤解されてたけどな! 腕組んで買い物してる時に兄ちゃんって言うから、俺はその度に変な目で見られて──」
「かわいいなぁ。見て、眉毛は私に似てる!」
「聞けよ……」
「兄ちゃんに、パパに似ますように!」
「なんで?」
「背が高くなる」
普段から自分の背が低いと感じているサリーは、そう言って口を尖らせた。
「フッ、サリーは低いもんな」
「鼻で笑わないで!」
白く、光で銀髪にも見える腰まである長い髪、青い目で身長が190cmはあるであろうガッシリとした逞しい体格のライゼ。
黒い髪、黒い目、いつも長い髪をポニーテールにし、華奢で身長は150cm程のサリー。
身長も髪色も対照的な二人だ。
チャイムが鳴り、モニターを見ると、【ガービィ】が笑顔で手を振っている。
そしてその後ろに、モニターでは映りきらない程の大勢が並んでいた。
ライゼより更に大きな筋肉に、身長は約210cm。
金髪のドレッド、黒い肌の大柄なガービィ。
鋭い眼光は一目で他が緊張する程、威厳に満ちていた。
「すまないが、ガービィだけ入ってくれ」
ライゼはそう言うとオートロックを開け、ガービィだけを招き入れた。
ライゼが家に招くのは、ごく親しい間柄の人間だけである。
「お前達はロビーで茶でも飲んでてくれ」
ガービィが野太い声で言うや否や、『はいっ!』と全員が揃った声で答える。
ガービィは両手いっぱいのプレゼントを持ちエレベーターを上がって行った。
「出産祝いっス! おめでとうっス!」
ライゼがドアを開けるなり、ガービィは広い玄関にも入りきらない程のプレゼントを豪快に渡す。
先程までの威厳はなく、おかしな敬語を使いながらフランクに接するガービィだが、サリーは少し緊張しているようにも見える。
「ありがとうな、ガービィ」
ライゼは口を端まで持ち上げ、ニコリと笑った。突然の訪問、突然のプレゼントに多少驚いたが、この量を見ればガービィの気持ちが伝わってくる。
自分たちのために時間をかけて選んでくれたのだ。
ライゼはプレゼントよりもその気持ちが嬉しかった。
ガービィに礼を言い、いい心持ちで家の中に招き入れた。
「うス。お子さんにいっぱい選んで来たんスよ。サリー、おはよう」
「おはようございます!」
「お子さんはどこっスか!? ………ん? なんですこの物騒なシェルター」
ガービィが疑問を抱くのは無理もない。
リビングのテーブルに添うように置いてあるのは、誰が見ても巨大な機械だらけのシェルターだった。
ライゼは得意気になって特注したシェルターの説明をする。
「ベビーベット代わりだ。空調、だっこ揺れ機能、カメラ、核がきても平気な装甲、自動運転追尾機能、迎撃システムに──」
「も、もうわかりました、わかったっスから。ハァ、赤子に核は落ちないっス……。ライゼさんがいりゃ世界一安全でしょうに」
「そこに国の中枢があるだろうが! 俺がいない間にテロでも起きたら!! 俺ぁ、俺は──」
こんなに可愛い子が助けを求めても、自分はそこにはいない。そんな事がもし起こってしまった時は…。想像で泣き出し、鼻水を垂らしながら語り続ける。
もはや一人の世界に入り、ぶつぶつと床に向かって独り言を喋っていた。
「サリー、俺の知ってるライゼさんじゃないぞ」
自分が今まで接してきたライゼとは違いすぎて、呆れるガービィ。
「いやぁ、赤ちゃんがお腹の中にいる時からこうなっちゃって。意外と親バカだったりしてとは思ったんですが、ここまでとは……フフッ」
こんな状態のライゼさんを見てなぜ嬉しそうなんだ。
完全に正気を失っちまってるじゃねぇか。
でも本人が幸せそうなら…。
ガービィはそんな思いを飲み込み、シェルターの横から赤ちゃんを覗き込む。
「おぉ!!か、かわいい…女の子っスか!?」
「そうだろう、可愛いだろう。で、女の子なら何なんだ?まさか俺の子ど──」
「男の子です!男の子!!」
ライゼの嫌な絡みに慌ててサリーが止めに入る。
ガービィはライゼに聞こえないよう話し始めた。
「おいサリー。ライゼさん、大丈夫なのか?正気に戻るのか?」
「わ…かりません……。もう親バカの兆しが」
「兆しの意味知ってるか?」
ライゼは二人の密談を遮るようにして、やっとガービィに用件を聞いた。
「なーにコソコソ話してんだ。用はなんだガービィ」
「あ、研修生たちを連れて来たんス。今年は優秀なのがいるんスよ」
「あ~もう5月か。え!?」
「え?」
「俺も行くのか?」
「行くんス。毎年の事っス」
「この子を置いて?」
「置いて」
「ミー?」
「ユー」
不毛な会話に呆れ、下にいる研修生を不憫に思ったサリーはライゼの肩を叩いて急かした。
「ほら!私が赤ちゃんについてるんだから行って来て!下で待たせちゃってるよ」
鼻水を垂らして嫌がる大男を何とか下のロビーまで引きずろうとするガービィ。
赤ちゃんを抱いたサリーがライゼを誘導。
鼻水を垂らしながらゾンビの如く追いかけるかたちで、ようやくライゼはエレベーターに乗り込んだ。
ホラーだった。
気まずいエレベーターの中、ガービィが鼻水男に話題を振る。
「そういえばお子さんの名前は決まったんスか?」
鼻水を拭きながらライゼが答えた。
「あぁ、名前は【ヒーロー】だ」
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