3-8: お気の召すままカフェモカ


「ふふふ~」


「何だよ、言いたいことって」


 わざわざもったいけてからいなむらは口を開く。


「レンレン、随分人気あるんじゃん?」


「……そんな。いや、まぁ、……ありがたいことだけどもさ」


「認めるんだ?」


「認めるってほどじゃないけど、かといって否定するのは違うんじゃね? 失礼じゃね? って思って」


 人気があるとは思っていないが、お客さんたちにかわいがってもらっているという認識はある。もちろんそれは『マスターの甥っ子だから』という側面があるからだろうけど。


「なるほどねえ」


 ふんふんと唸りながらカフェモカに舌鼓を打つ稲村。食後にはコーヒー系が良いけれどちょっとだけ甘味分も入れて欲しいと言う声にお応えするメニューがあってよかった。


「ま、私も悪い気はしなかったわ」


「『美人』コール、何週間か分まとめて補給したんじゃないか?」


 伯父さんが言い放った「カノジョなのか?」発言に端を発して、ウワサ好きなタイプのお客さんからはちょこちょこと話しかけれられていたが、稲村はもれなく「かわいらしい」だの「美人」だのと言われていた。


「……っと。『一生分の』って言われるかと思ったわ」


「そこまでは言わん」


 ここではまだ大して喋ってないからな。稲村は喋ってなければ美人側だ。


「そう言われてたらこれで刺してたところよ」


「だから言わねえって」


 ケーキ用フォークでも鋭い部分はあるんだから、それは止めてくれ。


「いやぁ、それにしても……」


 言いつつザッハトルテ。


 何だよ。セリフを宙ぶらりんにするな。


「……ぅま。テストではレンレンに負けたけど、どうしてかスイーツはご馳走してもらっちゃったからラッキーだったわ」


「そういえばそうだったな」


 強引な話の流れの中でふんわりとテストの点数で競う羽目になって、間違いなく俺が勝って、チェーン系のところでご馳走になったはずなのに。あれ、何だかおかしいな。


「でもまぁ、結果的にはそんな悪い気はしてないけどな」


「喧嘩両成敗?」


「そこはWin-Winって言ってくれ。何で負けてんだ」


 どんなボケだ。


「あーよかった、拾ってくれた。こんなに良いとこに連れてきてもらって、こんなに美味しいのいただいてるんだから、私の大勝ちだもん」


「……まったく」


 俺の顔を見てから満足そうにザッハトルテ、そして残りわずかになっていたカフェモカ。ついでに俺の溜め息ごと飲み込んでくれ。


「俺もカフェモカもらおうかな。……追加いるか?」


「いいの?」


「構わん」


「ありがと」


 モノはついでだ。席を立ってキッチンの中へ入る。


「あれ? もしかしてレンレンが作ってくれる的な?」


「勉強中の身で良ければだけど」


「大歓迎よ」


「いろんな意味で助かる」


 カフェメニューの練習として自分で飲む分くらいはやっても良いと言われている。稲村にはちょっと悪いが実験台になってもらおう。


「そういえばさ。テストで思い出したけど、……そのあたりからシてないんだって?」


「ちょっ……! ばかっ!」


 手元が狂う!! ってか狂った!! 熱い!! ちょっとお湯が跳ねた!!


「動揺しすぎでしょ」


「……もう少し話題選ぶかタイミング選ぶかしてくれや」


 少なくとも火傷の危険性があるようなときには止めてほしい。


「でもさー。レンレンっていつどんなときに言っても同じ感じになりそうなんだけど」


「……ん」


 ――否定は出来なかった。残念。あまりにも綺麗に的を射貫かれてしまうと思ったより悔しさは感じなくなるようだ。


「それで? 実際のところは?」


「……そうだけども」


 仰せの通りでごさいますが、それが何か。


 実際のところ、『今言われてみたから思い出した』という感じもある。ひとりだから催せば適当に処理してしまって何の差し支えもないわけで、とくに求めたいと言う気持ちが色濃く染み付いているわけでもない。


「ってことは、……ん~? 3週間くらい?」


「そう、か?」


 店内に貼られているカレンダーを遠目に見つつカウントすれば、だいたいそれくらいか。直近とたとえるにはもはや過去の話になりつつある。何となく始まった2人でのテスト勉強の初回で発生した行為ではあったが、その後は全くそんな余裕も無くなった。さらには稲村も加わって本格的にテスト勉強に集中することになったので、そういう気持ちすら起きなかったというのが正しいかもしれない。


「そうみたいだな。……ってか、『その辺りから』っていうよりも『それ以降』って言った方が正しいぞ」


「ぁえ?」


 半端な声が返ってきた。そんなリアクションになる?


「え、何。じゃあ」


「そもそも2回だぞ」


「あら」


 何かしら嘲笑されるかと身構えたものの、稲村はこちらを一瞬だけ値踏みするような目線を送ってザッハトルテに意識を向けた。


「……じゃあが隠してたわけでもないのね」


「何だ?」


「ん? 『ヘタレだね』って言っただけよ?」


「言うな」


 何か違うことが聞こえた気がしたんだが。……まぁいいか。


 2つ分のカップにエスプレッソとミルク、そしてチョコレートソースを注ぐ。話をしながらの過程もあったので若干の不安はあるがどうにか出せるレベルではある――と思いたい。とりあえず完成品をカウンターへ。


「でも、やたらずる剥けにされるよりはイイと思うわよ、菜那からして見ても」


 結局今でもその辺りの匙加減は全く理解できていない。


 たしかに二階堂からは『シたければいつでも良い』とは言われている。だけど本当にそれを字面通りに受け取って良いのかという疑問は常に付き纏っている。その3週間ほど前にはそれを言葉通り受け取って、言葉通りに受け入れてくれたのは事実だが、だからと言って味を占めたらダメな気はしている。


 言葉はそのまま受け取ってはいけないとしか思えていない。


 開き直っても良いとも、決して思えなかった。


「肝には銘じておくよ」


 この答えで稲村しんゆうを満足させられているかは定かではない。またしても何かしらのチェックをされているような気はするが、その時間は短かった。これで概ねの話に区切りが付いたらしい。


「……ところで、また来ても良いのかしら? っていうか、そこそこの頻度で遊びに来たいんだけど」


 先ほどとは変わって探るような視線になっている稲村。わりと勇気を出して言ってきた感じがする。


 答えはひとつしかないだろう。


「それは大歓迎だぞ。俺的には」


 ちょっとだけ暈かして言うけれど。


「俺的には?」


「……伯父さん的には、溜まり場みたいな感じにはなってほしくなさそうだから」


「あ、なーるほどね」


 俺の回答にくすくすと笑う稲村。


「それは大丈夫よ。私もこの雰囲気が好きだもの。……っていうかさ。そもそもレンレンがココで働いてるのバレたくないんだから私が他の子たちに言うわけないし」


「言われてみればそうだったな」


 大前提を忘れていた。


「……静かで良いね。落ち着く」


 店内を視線だけでぐるりと1周してきた稲村は言う。


「コーヒーみたいなのをこういう感じでゆっくり飲むって、たぶん初めてだわ」


「そうなのか」


「だって、ほら。テイクアウトだったり、わーっと中で飲んだりじゃん」


「……なるほど」


 稲村たちではないが、同級生のような年頃のグループをチェーン系のカフェで見たことがある。周りも比較的騒がしかったりするので特段何とも思わなかったが、少なくともウチには合わない光景になるだろう。


「ね」


 俺が何かしらの想像をしていたと読み取ったらしい稲村が苦笑し、少し冷めたカフェモカを口に運ぶ。空想の中の喧噪には全く似合わないほどに落ち着いている稲村を、俺は初めて見ているのかもしれない。


 ……ん?


「あ。そういえば味訊いてなかった」


「ん? ……あっ、そうだね。これレンレン淹れてくれたんだった」


 一応実験台役でもあるので、その辺りのインタビューはしておきたい。


「……うん、あんまりよくわかんないけど、何か違う気はする」


「マジ……?」


 分かるレベルなのか。それはあまり良くない。


「ぃや、でも美味しくないとかそういうわけじゃなくて、むしろ美味しいけど……」


「あー、分かった。たしかに違うわ、っていうかこれじゃ合格点はもらえないかも」


「ウッソ、マジで? コレでも? 伯父さまってかマスター厳しくない?」


「ミルク多い。何ccかってところだとは思うけど」


「……私からしてみれば充分スゴいわよ」


 精進せねば。


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