3-4: (勝手に始まった)勝負の行方は
テストから1週間ほどが経った水曜日の放課後。俺はとあるファミレスに呼び出されていた。
待ち合わせは夕方に設定されていたこともあり、今日は学祭準備に少しだけ顔を出してからここに来ている。店内はまだいくらか余裕はありそうだが、それでも少しずつ込み始めては来ている雰囲気だった。
「さぁさぁさぁ!」
「元気だな」
「アタリマエでしょー」
運良くすんなりと通された4人用席に3人。向かいには
3人とも用事がないということを確認された上での呼び出しだ。当然それには理由があるのだろうけど――、とくに何も言われていない俺でもどういう理由なのかは察していた。
カバンを開け、そろそろ取り替えを考慮した方が良いくらいに年季が入ってきたクリアファイルに挟んであった、薄っぺらい紙1枚を取り出す。
「まぁ、コレだろ?」
「さっすがレンレン」
書かれているのは今回の定期テストの結果、その総集編。
全教科の点数と各教科ごとの順位、偏差値――そして、稲村がいちばん気になっているだろう総合での学年順位の正しい情報がしっかりと書き記されている。あまりにも安っぽい見た目をしているのにも関わらず、書かれている
「……あ、二階堂も見せてくれるんだ」
「一応」
言いながら二階堂も自分のスコア表を出してきた。ここで乗っかってくるとは思ってなかったので少し嬉しい。
――もちろん、俺としては。
「いいよ、菜那は。それしまっとき」
「何でだよ。せっかく見せてくれるって言ってるんだから、俺はお言葉に甘えるよ」
「むぐぐ」
同じクラスだし、仲がイイ。だったら当然既にこのふたりは互いの成績開示は終わっているはずだ。
この反応を見ると……?
いや、まだ解らないな。油断はできない。絶対に油断だけはしちゃいけない。
「まぁ、『せーの』で良いか?」
「ん!」
「せーの」「せー、のっ!」
――バンッ!
さすがにオノマトペ的に声での効果音は付けなかったが、稲村があまりにも勢いよくテーブルに叩き付けるもんだから結局あまり変わらなかった。
しかし、問題はそこではない。
特に俺と稲村の視線が互いの得点表、順位記載の間を往復していく。
まずはトータルスコアでの学年順位だ。
ちなみに俺は9位。正直に言う、過去イチで良かった。このタイミングで自己ベストの順位を出せた自分のことは、稲村や二階堂の件を完全に放っておいた上で、褒めてやりたいと思っている。
稲村は――18位。きっちり良い順位。上位10%にしっかりと入ってきている。やっぱり油断してはいけない存在だった。
順位的には俺の勝ち。一応は安心。
しかし総合得点での差が意外と少ない。その差は17点。
これは、マズいか……?
向こうの得意科目次第では負けている教科があっても何ら不思議ではないが……。
「あぁっ!?」
そう思って各教科ごとの得点を見ようとしたところで稲村が思わず叫ぶ。店内が騒がしくなりつつあるのでどうにか掻き消えたようだが、すぐ近くのお客さんはしっかりと反応していた。お辞儀と申し訳なさそうな顔をセットで向けておく。
「英語……! 同点じゃんっ!」
「え、マジで」
見るとたしかに同点。
じゃあ他はどうだろうと見てみれば、数学で11点差が付いている他は見事に2点差程度でギリギリ俺の勝ちという状態だった。
――マジで、危なかった。とくに英語。英単語の意味を答えるとかいう1点配点の問題でも間違えてはいけなかったというスレスレのところだとは思わなかった。俺にはそこまでギリギリで生きたいなんていう精神はないのだ。
「……ってことは、コレは……?」
念のため、この戦いにはほとんど参加していない二階堂(学年2位)に意見を仰ぐ。
稲村も首を痛めないか心配になるくらいの物凄い勢いで二階堂の方を見る。
「『勝ててはいない』から咲妃の負けね」
二階堂菜那による時代劇のような名裁きが炸裂した。
「くっそー……! 何かしらは
「やっぱりそういうことかい」
そんなことだろうとは思っていた。テストの結果を開示するだけなら放課後の図書室でも何でも良かったはずなので、稲村に少なからずの魂胆があってのことだと予想していたが、案の定だ。食後のスイーツに定評があるところだったので、その予想を確信に変えるのは簡単だったという話だ。
――ということで、今回の定期テストは俺の勝ちということで、俺は何事もなく夕食にありつけることになった。勝てたから言えることだが、稲村のおかげで晩飯に悩む必要性がなくなったのは良かった。ありがとう、稲村。
「ところで、ふたりは何か食べたりするのか?」
「……食べるわよ、もちろん」
「自腹でな」
「そっちはわかってるわよ、そっちは」
なるほど。メインディッシュではないモノを奢らせようという話か。
「二階堂は?」
「……そうね」
一応は付き合ってくれるらしい。
「咲妃ってば、結構おなか空かせてたのにね」
「菜那もうるさい~!」
「何。昼ちょっと少なめにしたとか?」
「いつもの半分くらいだったかしら」
「授業中におなかならないようにするの大変だったわよ……」
言ったら完全にキレられそうなので思うだけにしておくが――自業自得である。
スイーツを奢らせる気でいたという事は、それもしっかりと入るくらいには腹を空かせていたということだろう。ご苦労なことだ。もし体育があったりしたら大変だったろうに。――もちろん、自業自得だが。
「あーあ、アイス食べさせてもらおうと思ってたのになー」
「……あぁ、それくらいのだったか」
好きなフレーバーを2つ選んで300円ちょっと。結構良心的なヤツ。
てっきり結構上位層の価格帯にいるパフェとかその辺りをご所望かと。今なら夏限定のメニューもあるし、そっちの方かもしれないななどとお品書きを見て予想を立てていたが。
「レンレンのお財布事情だってあるでしょ」
「そりゃどうも」
――だったら、こっちもやれることはあるな。
○
「結局咲妃にもあげてたわね」
「まぁ、……メニューで見たらさすがに食いたくなったし、おまけってことで」
そう。最終的に稲村ご所望だったチョコレートパフェは注文されることになった。もちろん稲村にも味見させてやる程度にしておいて、あとはしっかりとヤツの目の前で俺が完食するというそこそこに拷問めいたことをしてしまったのだが。
ちなみにメインの方はというと、二階堂はオニオングラタンスープを、俺と稲村でデミグラスソースのオムライスを頼んでいた――のだが、結局俺の味見程度では物足りなかったらしく稲村は自分でしっかりとアイスを追加していたことを付け加えておこう。
帰路はまたしても二階堂といっしょだった。『コレで勝ったと思うな!』という謎の捨て台詞を残した稲村とは既に別れている。英語では勝ててないのであながち間違いでもないのだが、ここだけの話少なくとも正解でもなさそうな気はしている。
それはともかく。
ふたりきりなので、ようやくこの話が出来るというわけだ。
「さて、あとは言ってたとおりだな」
「何が?」
「二階堂へのお礼」
「……ああ」
少し呆れたような笑みを漏らす二階堂。
「それ、ホントにあるんだ」
「もちろん」
あまり本気にはしていなかったらしい。そりゃそうか。強引にその場のノリで決めたような印象を受けたとしても仕方ない感じはあった。
だが、俺は本気だ。
「少なくとも、二階堂のノートで対策したところが出てきたし、それで点数取れてるからな」
とくに文系の科目が顕著。マジで勉強会と、二階堂の指導が大事だった。
ひとりでやってたら、――どうだろうな。少なくとも稲村には教科単位で負けているモノがあっても不思議じゃなかったし、その場合はトータルでも負けている可能性があった。
「どこかのタイミング見つけて、お礼させてくれ。時間があるときを教えてくれたら良いから。こっちで調整する」
「別に良いのに」
「良いの。俺がやりたいだけだから」
「……そう」
これでどうやら『確定』とさせて良いようだ。
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