3rd Act: テスト本番と学校祭準備と

3-1: 最近の日常は今までの非日常


「……」


「……ふぅ」


 腰が痛い。余程姿勢が良くないという証拠。


 何度も言われているのに治らない。幾度となく気を付けようとは思っているのだが、結局治せない。『なくて七癖あって四十八癖』と言われるが、間違いなくその『四十八』の方のひとつにコレが含まれているのだろう。


 俺も少しは彼女を見習うべき――。


「……」


 ――いや、無理だ。アレは絶対に無理だ。


 書写の教科書に載せる写真の被写体になったことがあるだろうと思えてしまう程、見惚れてしまいそうなほどに真っ直ぐに伸びた背筋。ここ最近は連日見ていると言い切れるほどの光景だが、それでも決して見飽きることは無い。


 俺があんな姿勢を保とうとすれば姿勢を保つという方に100%の意識が行くに決まっている。そうなれば勉強をするどころの騒ぎではなく、黒板に書かれた文字を自分のノートに書き写すという行為ですらもまともに出来なさそうだ。


 うん、やっぱり俺には無理だな。


「……ぉ」


 そんなことをぼんやり思っていると、視線に気が付いたのか彼女は一瞬だけ俺の方を見る。そして再びノートへと視線を戻しながら言った。


「何?」


「腰痛くて」


ふかざわくんって、書くときの姿勢良くないものね」


「その通りです」


 それだけ高みから見ていれば、俺の悪い姿勢も一発で見抜けるわな。


 彼女にとってもすでに見慣れた光景なのかもしれない。


「ちょっとココの椅子の座面が長いのも問題……」


「言い訳しない」


「ハイ、すみませんでした」


 だって、ゆったり座ったらそのまま寝ちゃいそうだし――なんていう言い訳を発する余裕は一切与えてくれない。椅子に文句を付けるのだったら、ウチの高校の図書室の椅子の方が余程長時間の勉強には向いてないと思う。座面の長さへの文句が通るのであれば、身長などの面を考えてむしろ彼女の方が影響を受けているわけだし。


 そりゃあ俺の言い訳なんか一切合切通用するはずがないのだった。





 ここははくよう市情報図書館。


 目の前にはかいどう


 来週には定期試験が迫っている皐月の末。


 俺たちは今、脇目も振らずにテスト勉強の真っ最中だ。





「ところで、いなむらって……」


「最悪まだ寝てるかも。良くて準備中」


「まぁ、そうか……?」


 今日はふたりきりというわけではない。もうひとり、二階堂の親友である稲村も来る予定だったのだが、俺たちが時間通りに図書館へ着いてもなお連絡が一切無い。グループチャットもダイレクトメールも、何らかのタイムラインも1ミリたりとも動いてない。


「何かあったとかじゃあ」


「無いと思う。咲妃、たまにあるし。予想のはんちゅうよ」


「そうか……」


 慣れたモノだった。あんまり慣れたくはない状況だが、俺としても似たような経験はあるのでそこまでろたえることもない。


「とはいえ、そろそろ来るとは思うわよ」


「そっか」


「ん」


 じゃあ、その言葉を信じる。こういうところで余計なウソを言わないのがこのふたりということも、ココ最近で解ってきたことだ。


「集中途切れさせちゃったついでに質問良いか?」


「……その流れで訊くのもなかなかだと思うけど、問題無いわよ」


「ありがたい」


 それで言えば俺もだいぶ慣れてきたと言えるかもしれない。


 何にかと言えば、二階堂や稲村と連むことだ。


 ここ最近は人気の無い学校の図書室を会場として、ある程度の時間をしっかり集中してテスト勉強に臨むという感じの勉強会をしている。


 基本的に会話は無し。強いて言えば俺か稲村が二階堂に質問をする程度。とてもマジメ。思った以上にマジメな展開だ。稲村もしっかりと本気を出せばマジメなのだ。普段がアレ過ぎるので最初のうちはとんでもない違和感を覚えたものの、これも今はもう慣れてしまった。


 ニンゲンという生物は、どこかしらのタイミングでいずれは慣れてくるものだった。


「私もいい?」


「もちろん。どぞ」


「ここの解き方って、この公式の応用?」


「そうそう」


 二階堂は数学の問題集を解いているところ。試験範囲の中では最終盤にあたるところの、しかも応用問題。実際の定期試験で出てくるかと言えばちょっと解らない。出題確率30%と言ったところだろうか。もちろんやっておいて損は無いと思う。


「これって、こっちでも良い?」


「大丈夫、どっちでも良い。ただ、定期テストだと解き方指定してくる場合があるから……」


「たしかにそうね。それ忘れてたわ」


 時にはこうして二階堂の方から俺に質問をしてきてくれることもある。ここ数日はその頻度も上がってきている。


 正直、ちょっと嬉しい。


 俺もいちいち余計な緊張をしなくなってきている気がする。不思議なモノだ。


 きっとそれはシンプルに、同じ時間を一緒に過ごすことが増えたからだろう。




     ○




「おはー」


「……おお」


 ――そんなことを言っていたことも忘れたくらいの頃合いで、最近俺の中でも聞き覚えが出てきた声がようやく聞こえた。


 約束の時間からは1時間以上の遅刻ということになるが、ようやく稲村咲妃のご到着だった。


「遅い」


「遅いな」


 ハッキリと言い捨てる二階堂。若干遅れて俺も続く。


 が、そこまで悪びれた様子もなく稲村は言い放った。


「やー、ちょっとねー。チャリの鍵とやる気が見つからんくて」


「やる気も鍵も、もう少し手の届くところに置いとけ」


 とくに、やる気の方な。


「……ん、ふたりともマジでごめん。ほんっとについさっき起きたとこ」


「いや、道中で何かあったわけじゃないし、別に良いよ」


 遅れる連絡――ではなく『もうちょっとで行ける』という連絡はあったので、遅刻した以外は無事なことも確認できていたし。


「え、ちょっと。レンレン優し過ぎん……? 菜那だったらせいの10個や20個くらいぶつけてくるくらいなのに」


 そこ、ふつうは『ひとつやふたつ』って表現しない? 普段の感じからすれば妥当性は極めて高いけれども。


 しかしである。ここに来るまでに何らかの事故に巻き込まれていないか心配していたのは事実なのだが、今回のような勉強会を目的とした待ち合わせに遅れてきた時に損害は俺や二階堂には起きない。これがポイントだった。


「そりゃあまぁ。……稲村の試験勉強が遅れるだけだし」


 シンプルに、そういうことである。


「え、ちょっと。前言撤回して良い?」


「ごめん、咲妃。私もそれ思ってた」


「……ぉわぁ」


「反省してね?」


「はぁい」


 丸く収まったらしい。


 でも実際、事故とか事件とかに巻き込まれて無くて良かったよ。




     ○




 勉強会は昼までを予定していた。午後はフリー。もちろん各自で勉強するも良し、リフレッシュに充てるも良しという感じだ。もちろん俺はフリータイムを満喫するプランを立てていた。


 しかし、勉強を終えると途端に空腹を自覚するものだ。時計は正午を少し過ぎた頃。勉強などしていなくても良い感じに腹が減ってくる頃合いに、しっかりと朝から勉強をしていれば尚更だ。


 そんなとき、「せっかくだしいっしょにランチしようぜー」と提案してくれたのは稲村だった。


 当然俺は二階堂の顔色をこっそりと窺おうとしたが、それよりも圧倒的に早い。


「あ、その感じなら賛成ってことねー、レッツゴー!」とホントなんだかさっぱり解らない稲村の強引な後押しもあり、3人でのランチが無事に(?)確定した。


 全く情け容赦が無い。1時間以上の遅刻をカマしておいて、さすがに元気過ぎる。反省の色は一応見せていたので過度に引っ張る気はないが。


 とはいえそういう強引な誘いに引き摺られることになった二階堂が、結局一切の文句を言わなかったところ見ると、稲村の見立ては正しかったようだ。


 そんなわけでやってきたのは、ハンバーグがメインのレストラン。比較的リーズナブルなので学生もようたし。俺もそこそこの頻度で来ているところだ――というか、何となくのノリで提案したら稲村が完全に乗っかったのでやってきたという流れだ。


 海風が少し冷たく感じるが、勉強で過熱したところには丁度良いくらいだった。


 ここ――白陽市は坂の街であり海の街。一時は閑古鳥が鳴きかけたくらいだったが、最近は再び観光都市として盛り返してきている傾向にある。海沿いに伸びる運河が名物だ。


 だからこそ昼時のレストランともなれば人が多いかと思いきや、そこそこのチェーン店であるせいかテーブルにはそこそこの空きがあった。


 それもそうだ。観光客は名物とも言える寿司や海鮮丼を食いに行くのが通例。わざわざそれなりの店数があるレストランには来ないと言う話だ。


「あー、水うっま」


「わかるわぁ」


「ねー、やっぱり乾くわぁ」


 お冷やをグビグビと行く稲村。美味しそうに飲むもんだ。


「ミネラルウォーターのCM来そうだな」


「え、なになに~。レンレン、褒めてくれてる?」


「うん」


「……ぉぉ」


「動揺しないでくれ」


 直球で攻めると案外弱いらしい。良いことを知ったかもしれない。

 

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