2-4: 重なったところに感情はあるか

    ○




 2回目ではあるが、やはり直後の空気にはまだまだ慣れない。


 何かを言いたいがそのセリフを全く思い付けない俺を、二階堂は見つめてきた。


は出来た?」


「それをかいどうから訊かれると答えづらい」


「……ふぅん」


 もはやお馴染みになりつつある短い返答を受けながら、俺は洗顔シートで汗を拭う。いつもカバンに入れてあるモノだが、やはりコイツは常備しておくべきモノだと再確認できた。ここからの帰り道にはドラッグストアもあるし、ついでだから買い足してから帰るべきだろう。


 でも、その前に、やはり自問自答はしておくべきだ。


 ――『リベンジ』とやらは、出来たと言えるのだろうか。


 答えは、恐らく『ノー』でイイと思う。


 そりゃあ、挿入れて即イキだけは回避できたとは言え、前回より改善した部分は強いてあげればそれだけだろう。最低限はどうにかできただけ。ただそれだけだ。俺が思うようなモノとして、一定のカタチを成しているかと思えば、きっとそんなことはない。


 とにかく自分がダサいと思えたのは、化学のノートを見せてもらうよりも早く二階堂にガッツいてしまったことだろうか。俺は発情期のドーブツか、と。


 ……まぁ、そういうことにしかアタマも目も向いていない時点で発情期の類人猿でしかないと、そう断言されれば認めるしかないのだが。これは明らかにマイナスポイントだと思う。


 尤も、そもそも自慰行為にも似た様な行為の相手をしてもらっているという時点で、スタート地点から俺はダサい。それも認めなければいけないポイントだろう。


 それ以外はどうかと言われれば、それも解らない。完全に二階堂におんぶに抱っこで終わったのと比べれば幾分かは自分からアプローチできたと言えるかもしれないが、かといってそれが正しいことなのかは解らない。


 俺からしてみれば即イキを回避しようとして何度か意識を違うところに飛ばそうとしていたので、前回と同じく二階堂の反応を見るまでの余裕はあまりなかった。


 実際のところ、二階堂はどうだったのだろうか。俺がリベンジできたと思うか――と逆に訊き返してみれば良かったのだろうか。でも、それはやっぱり違う気がする。


 その辺りも開き直れればラクなのかもしれないが、ナマイキにもそれだけは厭だった。


 要するに、何が『リベンジ』になるのかよくわからないところがあるので、結論としては『ノーで良い』というのが本音だった。


「んー……」


 解らん。付き合うとかよく分からん――なんて言ってたけど、そういうのをすっ飛ばしたところで結局解らん。刹那的な快楽を得ることはできたとしても、実際に楽なモンなんてやっぱりこの世には無いのかもしれない。


「……あれ?」


 ひとりでいろいろ考えていたら、いつの間にか二階堂の姿が無くなっていた。


「ん? あれ? どこ?」


「記憶喪失にでもなったの?」


「ひゃあ」


「何、その声」


 あっさり見つかった。が、あまりにも不意討ちなタイミングだったので情けない声を出してしまった。


 二階堂がそういう光景を指差し笑うようなタイプじゃないのが救いだった。


 でも、その姿はさすがに――。


 胸の前で部屋着とバスタオルを抱えただけの出で立ちは、俺にはまだ刺激が強い。


 いや、違うな。


 俺にとっては永遠に刺激が強い気がする。慣れることはえいごう無さそうな予感だけがある。


「『私はだれ?』みたいなこと言ってたから、射精した勢いで記憶もゴムの中に入ったのかと」


 二階堂は何の気無しに言い放った。


「そんなことはさすがに言ってないって。っていうか、俺の射精のメカニズムそんななの? だったら自慰オナる度にバカになっていくってこと?」


「そんな感じじゃないの?」


 ――あんまり否定できない気がしなくもない……か?


「いや、さすがに違うわ」


「だったら良かった」


 せっかくのノリツッコミだったが、二階堂は平然としている。うん、やっぱり否定しておく。これを認めてしまったら全国の男子に申し訳が立たない。


「……二階堂ってわりとツッコミの火力高めなんだな」


「たぶんだけど、そういうことを言わないといけない娘が近くに居るから」


「あー……、把握した」


 ふんわりといなむらの顔が思い浮かんだ。脳内の稲村は『ちょっとどういうこと?』と憤慨していたが、まぁたぶん合ってると思う。


「イイ関係性だな」


「知らない」


「きっとそう」


「ふぅん」


 会話終了――。


ふかざわくん、先にシャワー使う?」


「え?」


 ――とはならなかった。


 そして内容がまた予想外だった。そこまで至れり尽くせりなの。もちろんありがたい話だけど恐縮してしまう。


「イイんスか」


「タオルは新しいの使って良いよ。どうせ余ってるし」


「えっ……とー、どっちが先かは、お任せします」


 そりゃあ家主側の意見が尊重されなきゃいけないと思う。


「じゃあ、お先に。タオルはコレ使って」


「あ、うん。ありがとう……」


 最後の所在無さげな俺の『ありがとう』は届いただろうか。二階堂はもうバスルームへ向かっていった。


 でも、どうなんだろう。選択肢としてそれは正しかったのだろうか。


 先に入って温めておいた方が――とも思ったが、今の時期はそんなに寒くないので大丈夫なはずだし、そもそもさっき使ったばかりだ。急速に冷えているとは考えられない。


 ただ、後から入った場合は、自分の不始末があったらどうしようか、とか。そんな懸念もありやなしや。


「ダメだな。何かこう、ぐちゃぐちゃと言い訳がましい」


 分かってる。アタマでは分かってるつもりだ。


 でも、習いは自然に性と成るわけで、どうしたって考えてしまうことはあるのだ。




     ○




「ありがとうね」


「どういたしまして」


 洗顔シートも気持ちは良いが、シャワーには勝てぬ。直前に二階堂が使っていたと思われるボディーソープの香りにまた危うく欲情しそうになったが、さすがにエロ猿が過ぎるので粉のようになっている理性を必死になって掻き集めてどうにか抑え付けることに成功した。危ない危ない。


 ちなみにだが、俺がシャワーを浴びている間、二階堂は洗面台で髪を乾かしていた。


 使いたいモノがあったときにわざわざ部屋まで戻ってくるのも面倒だろうし、そもそも俺には二階堂邸の備品の場所など分からないから、『何かあったら顔出して』ということだった。


 俺にそんなことを告げた二階堂はその黒髪の手入れを始めたのだが、あまりの綺麗さに見蕩れてしまった俺は洗面台の鏡越しに『早くしなよ』と怒られてしまった。


 ――眼福です、いろいろと。


 Tシャツにホットパンツの組み合わせとかいう、予想外にアクティブな雰囲気の強い部屋着を含めて、眼福です。


 そんな俺たちだったが、後は真面目な時間。俺が欲情したので順番が前後したかもしれないが、用事は忘れずに熟す。ヤることはヤる。


「じゃあ、コレね」


「ありがとう」


 化学のノート。これが本題。――そう、こっちが本題。


 必要最低限のモノしか置かれていない二階堂の机。これをちょっとお借りして自分の板書と見比べていく。


 すぐ隣には二階堂が立って俺の様子を観察しているのだが、薄らと家庭教師感がある。家庭教師がこんなに美人で、スタイルも良くて、刺激的な装いだったら、勉強にしっかりと集中できる男子は絶対にいないと思うけど。


「あー、やっぱ書き漏らしあった……」


「良かったわね、気が付いて」


「ホントそれ」


 頼りになりすぎる。二階堂さまさま。


「あとさ、自分で思ったこととか調べたこととかメモったりしてるよね」


「ええ」


「それもメモらせてもらっていい?」


「別にいいけど」


「ありがたやー……!」


 参考書の中でも板書ノート風の体裁になっているモノが時々あるが、二階堂のノートはまさにそんな感じだった。教科書体で印刷されているのかと錯覚するくらいに文字も綺麗にまとまっているから、余計にそんなことを思ったりする。


「ほぉんとに助かる……」


「板書の書き漏らしって言ってたけど、寝てたの?」


「寝てはないけどそれだけ、的な」


「上の空?」


「うん」


 主に貴女との関係のことを考えていたせいで。


「……それは寝てたのと大差無いわよ」


「その通りで」


 はい、自業自得でございます。


 先生からの厳しいお言葉を頂戴しながら、素敵な板書を自分のノートに書き写す。時折文字の乱れを指摘されつつ、俺からも質問をしつつ、そんなこんなで20分ほどが経った。


「ありがとうございました」


「うん」


 クールな先生は淡々と頷く。


「今度何かお礼的なのさせてよ」


「別にイイ」


「まぁまぁ」


「そういう見返りは求めてないし」


「……そう言うかなとは思ってた」


 思わず苦笑いをしてしまう。


「じゃあ、まぁ、そうだね。ギブアンドテイクとか深く考えすぎないで、雑に考えてくれていいから、何となく。俺がそうしたいな、って思っただけだから」


「そう」


 落とし所は間違ってなかったようだ。


 うん、持つべきモノはやっぱり――。


 ――?


 何だろう。


 何と表現すれば良いのだろう。


 俺たちは今、どういうだと言えば良いのだろう。


 この流れで言えば、「持つべきモノは『友』」だけど。


 たしかに、セックスフレンド的なモノでしかないのかもしれないけれど。


 何だろう。


 全体的にもやがかかったように、何も見えてこない。


 セフレとだけ表現するのも、何か――。


「どうしたの?」


「いやっ。何でもないよ。うん」


 うん。そう。


 きっと何でもないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る