1-3※: 初体験の味


 誰に連絡を取っているのかと思えば、その相手は稲村だった。


 当然といえば当然か。あの面子でかいどうが最低限ではない程度の会話を交わしてたのはいなむらだけだった。こういう状況下で稲村以外に声を掛けるような選択肢が存在しているはずが無かった。


のカバンってこれでおっけー?」


 ――れんれん?


 いや、まぁ。うん。どう考えても深沢蓮オレのことなんだろうけど。それは解るけれども。


 理解はしても、納得したくないってことは、この世界には山ほどあると思うけど、これは間違いなくその中のひとつだと思うんだ。


「レンレーン? 聞いてるぅ?」


「あ、聞いてるます。ハイ」


「噛んでるし。っつーか、ムダに敬語みたいなの使おうとするからそうなるんだってば。同じ学校で同い年なんだからさ、そんなの要らないでしょ」


 たしかに。それもそうだけども。


 冷静に考えれば明らかに稲村の言うことは正しい。ただ、これから数分後に待っているであろう展開を目の前にして、平常心で居ろというのがそもそも難題なわけだ。


 ――如何せん、俺は童貞なわけだし。


 頭でっかちの男子高校生に据え膳。何かしらが狂って然るべきなのだ。


「レンレンの連れには『急用が出来たらしい』って言っておいたから」


「あぁ、そうなんだ」


「……」


「言うべきこと言わないと、『心が折れたから帰った』って言い直してくるけど?」


「ありがとうございます」


「よろしい」


 あまりの流れの良さに呆気に取られたが、やはり目をぱちくりさせるだけで許してくれる稲村ではない。挙げ句、軽く脅された。大人しくここは感謝の言葉を述べるべきだ。


「どっちかと言えば、俺の連れというよりは俺の方が『連れ』なんだけどな」


「細かいことは言いっこなしでしょ」


 あははーと楽しそうに笑う稲村。


 何だろう。


 こういう展開に慣れすぎている感じしかしない。


 これが基本なのか? 俺があまりにも無知なだけなのか?


「あー、そうだ。菜那、ちょっと……」


 俺が困惑しきっている中、稲村は二階堂の耳元に顔を寄せる。何かを伝えているような気はするが、完全に何も聞こえない。時折別の部屋の扉が開いて猛烈な伴奏音が流れてくるので、余計に聞こえない。むしろあのふたりの間でも会話が成り立つのか心配になるときもあった。


 ――っていうか、長いな。何だよ、気になるだろ。


 どうしても悪口か何かを言われている気しかしなくなるが、そうこうしている間に何かしらの伝達は終わったらしい。稲村から二階堂へ向けての話であることしか解らない。


「じゃあ、飲み物は私が持っていくから」


「え、それ全部持てる? ドアのところまで手伝うよ」


「フフフ。咲妃さんを舐めんじゃないわよ?」


 そう言って稲村は、自分のウーロン茶を半分程度一気に飲み干した。


 そうして両手にそれぞれコーラのグラスを持ち、それだけを持って部屋へと戻っていった。ウーロン茶のグラスを放置したままで。


「……まさか、放置されている飲みかけをわざわざ持っていくようなヤツは居ないだろ、って話か?」


 それはさすがに豪胆すぎるのでは。


「どうしたの? 行かないの?」


「あ、ハイ」


 二階堂が袖を引っ張ってくる。


 さっきまでの部屋のことを気にする必要はないのだろう。俺は大人しく従うことにした。




     (○)




 街中にドラッグストアがあるというのはとても便利だということを、俺は今日完全に思い知ることになった。コンビニより安かったし、何より種類も有る。今後お世話になることが、有れば良いのかもしれないが。


「どれでもいいよ」


「あぁ……うん」


 サイズに確証が得られず、最終的には雰囲気で選んだ。ムダに見栄を張るつもりもなかったし、あまりに薄いのは何となく心配になったので、本当に無難なモノを選んだつもりだった。


「……ふぅん」


 二階堂の意味深な吐息はたしかに気にはなった。が、それ以上に、今この支払いをしている真っ最中に俺は平常心を保ち勃起せずにいられるかどうかの方に気を取られていた。レジ側から見られることは無いだろうけど、払い終わってレジ待ちの客に見られたらオワリだ。それだけはしちゃならない。


 あまり気にも留めたことがなかったが、この周辺はいわゆる『そういった宿泊もできる施設』が多かった。そういうことをいくら考えていたとしても当事者にならないと案外興味は持てないらしい。


「どうする?」


 チラリと俺を見遣り、さらりと二階堂は言う。


「どうすると言われても……」


「そうね」


 そんなことは想定内だとでも言うように、彼女は歩を進める。どこかで聞いたことがあるような『夜を泳ぐ蝶』とかいう表現が脳裏を過った。


 艶やかな鱗粉の後を行けば、彼女は知った感じでとあるひとつを選んだ。完全無人のフロントに俺が感動している間にも二階堂は手続きを進め、俺がぼんやりと見ている間にあっさりとその作業を終わらせた。


「行くけど」


「ああ、うん。……あ、お金は」


「後でイイから。シてからでもイイし」


 良いのか。


「ヤり逃げする気なら今出して」


「そんなこと……っ」


「……そう」


 それだけ言って二階堂は満足したように俺に背を向けた。


 ついて行くままに入った部屋は思ったよりもキレイな感じではあったが、少しばかりのチェックを終える。「その程度の知識はあるのね」なんて言われたが、それには応えなかった。――ああ、そうさ。それくらいは知っておいて損は無いと思っていたから。


「それで? 初めてだっけ?」


「……う、ん。まぁ、そうね」


 二階堂の中ではそういう設定で固定されているようだ。まぁ良い、それは事実だし。


「そ。じゃあ、服脱いでこっち来て」


「はい」


 妙な返事をしてしまったせいか、一瞬だけ二階堂の表情が変わった気もしたが、多分気のせいだろう。舞い上がり気味な俺が勝手に見た気になった幻影だと思う。


 しかし、今目の前で露わになっていく二階堂の素肌のキレイさも、さながら幻のようだった。明らかに現実のはずなのに、昨日までの自分からしてみれば少しのリアル感もない光景だった。


 淡いピンクのブラ。飾り立てるようなデザインではないとは思うのだが、それが逆に二階堂の綺麗さを際立てているような気がした。


「……外す?」


 見つめてしまっていた俺に、ほぼ無表情のままで問う。


「良いの?」


「別に。外し方は?」


「たぶん、わかる」


 知識としてはあるが、実際出来るかは別問題。案の定指先が震えて少し手間取った。


「ふぅ」


「……ぉぉ」


 外し終えてこちらを向く二階堂は、想像以上にキレイだった。――あと、バスト周りはかなり着痩せするタイプらしい。


「そこまでガン見する程じゃ無いと思うけど」


「いや、そんなこと……」


 あるんだよ。俺の視線とそれの間に空気しか無い、この状況が初めてすぎて。


 しかも、キレイすぎて。


「触ってみる?」


「んえ」


「いいよ、別に」


「っす」


 力加減には細心の注意を払う。どれくらいが気持ちいいのかそういうのは一旦置いておいて、とにかく痛いとか不快とかそういうことを二階堂が感じないようにだけ気を付ける。


「……そっちは準備万端ね」


「お恥ずかしい」


 正直言って、さっきから痛いくらいだった。ナニをとは言わないが突き破りそうな気すらしているくらいだった。


「触ってあげようか?」


「……あー、いや、止めとく」


「そ」


 絶対に暴発させる自信がある。魅力的なお誘いだったがここは固辞。


「二階堂は……?」


「大丈夫じゃない? ……コッチも触る?」


「う、うん」


 すでに俺の脳みそもショート寸前だったが、辛うじてこの提案には乗ることにした。


 どれくらいが二階堂の『準備万端』なのかは解らないが、もしかしたら俺のためにそう言ってくれているだけなのかもしれない。彼女の柔らかさの中にしっかりとした潤いを確認できるまで触らせてもらうことにした。


 二階堂が何かしらの反応を見せてくれた雰囲気はなかったが、感触的にも見た目的にも大丈夫――っぽい感じはしてきた。ぬらりとしたその証を目の前で見たい気持ちはあったが、さすがに失礼だとも思いそれは止めた。


「えーっと、じゃあ、その……付けさせていただきます」


「……どうぞ」


 ビニルの封を切る指先はまだ震えていることにきっと二階堂も気付いていると思うが、もはやそんなことを気にしている余裕もない。とりあえず手早くやってみる。


 俺にとって小さいということはなかった――というか、勃起具合が過去最大レベルになっていて少しキツいくらいだった。とにかく大きすぎるという情けないことにはならなかったので一安心。


 しっかりと装着されていることを確認した二階堂は、ベッドへと身体を預けた。


「ココね」


「うん……っく、ごめん」


 血流の音で二階堂の声が聞こえないかと思うくらいに、俺の血流も○○○も跳ねている。その様子を察して二階堂が手でサポートをしてくれたが、危うく暴発するところだった。隔膜ゴム越しなのに。触られた感触が艶めかしい。挙げ句、目の前の光景が殊更に艶めかしい。


 やはりさっきのお誘いは固辞して良かった。それは、俺にはまだ早い。


「じゃあ……っ!!」


 二階堂は小さく頷いた。


 いよいよサヨナラだ、童貞だった俺――。


「~~~~~っ!?」


 ――そしてこんにちは俺の精子コドモたち、隔壁ゴムの中でゴメンな。


「あ、……あぁ」


 いや、あの。


 俺、早すぎない?


 いくらなんでも、早すぎませんか?


 感じたことの無い圧迫感と暖かさに、俺の眼前から漂ってくる色香。


 あまりにも刺激が強かったけれども、それにしても。


 ――3秒以内ってオシマイって。


 それは無いでしょ、俺。


「出た?」


「……ごめん」


「何で謝るの?」


 二階堂は全く表情を変えずに訊いてくる。単純な質問だと思っていいのだろうか。別に怒っているわけでもなさそうだ。もちろん哀しんでいるわけでもなさそう。当然楽しそうなわけでもない。本当にどういう感情なのかが解らない。


「いや……」


 当然というか、俺は口篭もってしまう。


 そりゃあ、申し訳無さはある。というか、申し訳無さしかない。


「完全に、俺だけがよろこんだだけだからさ」


「ふぅん」


 興味なさそうな声色。


「でも、気持ちは良かったんだ?」


「そりゃあ、……ハイ、気持ち良かったです」


 一瞬で終わってしまったけれど、それはあまりにも気持ち良すぎたから。自分でヤってるのとは全然比べものにならない感触だった。


「卒業おめでとう」


「……ありがと」


「そういうモノよ。……ちょっと退いて」


「あ、うん」


 二階堂はするりと俺の下から抜けて行った。




     (○)

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