【5/29コミックス1巻記念SS第一弾】「奥様ランチ大作戦」
【奥様ランチ大作戦】
「奥様、また細くなられていたわ……どうやら屋敷でしか食事をとれてないみたいです」
バスティーユ公爵邸侍女のターニャは、使用人たちの食堂で頭を抱えた。
「食も細くなられて……朝食や夕食にはここ最近、まだ食が進んだものの中から消化の良いものを工夫して出してはいますが、やはり以前と比べてかなり軽い食事になっておりますね」
不甲斐ないとばかりに唇を噛んだ料理長が、目を伏せた。
王宮文官になられた奥様は日夜忙しく働かれていた。
それをサポートするのが我らの使命だとお支えしてきたけれど。
「ですが、補佐室に異動されてからの忙しさはあんまりでございますっ! どんどん痩せていくばかりではございませんかっ!」
「最近明け方に帰っていらっしゃることも増えましたものね……」
直接奥様のお世話をするメイドたちが目に涙を溜めている。
奥様、自分が働いている部署を自分から言わない限り秘密に出来ていると思っているようだけど、筒抜けだ。
誰もわざわざ聞かないだけ。
「この前の奥様なんてもうふらふらしすぎていて……まるでゾンビのようでございましたっ!」
「さすがにそれは不敬よ」
「ですがターニャ様っ!」
ターニャとて奥様が心配だし、ついでに徹夜明けのユラユラした動きはちょっとだけ……それっぽいなと思ったこともあるけれど。
その分たっぷりとマッサージをし、全力で奥様を癒し甘やかし、いかに奥様を完璧な状態に仕上げるかというのは、公爵家に勤める人間の総意。
「……そもそも食事が足りないのよね」
ターニャはぽそりと呟いた。
朝十時ごろに出勤し、丸っと十二時間勤務は当たり前。
なんなら、そのまま朝まで帰って来なかったりもする。
……その間の食事が、ほぼとれてない。
たった一か月で激痩せするはずである。
ただでさえ奥様、細めだったのに。
「職場でお召し上がりになれるよう、ランチボックスをお渡ししたこともございますが……『どうしても仕事の手を休めることができなくて、ゆっくり食事をとっている時間がないの。せっかく作ってくれたのに申し訳ないわ。ごめんなさい』とまで言わせてしまいました」
料理長が悲しげな声で呟いた。
「お仕事が忙しすぎるのですよっ! 休憩すらないなんて、一体どうなっているのですか! 責任者はどこですかっ!! ……あ」
若いメイドが荒げた言葉の意味するところに本人もすぐ気づいたし、もちろんこの場にいる我々全員、気づいている。
──宰相補佐室勤務なのだから、責任者は旦那様である、と。
一同何も言うことができなくなり、俯いてしまった。
そのとき、誰かがぽそりと言った。
「つまり……仕事をしながら食べることができればいいのでは……?」
その言葉に、その場はシーンと静まった。
「ば、ばかね。仕事をしながら食べるなんてそんな下品なこと、貴族たちが集まる王宮の中で出来るはずないでしょう? 平民ですら、食事時間と仕事時間は分けているというのに」
ハハハハッ……、と乾いた笑いが出てしまったターニャ。
でも──直後に全員が顎に手を当て、何か思案をし始めた。
しばらくして、執事の一人が呟いた。
「……もう、それしかないんじゃないか?」
それに賛同するように、全員がコクリと頷いた。
──そしてこの日から始まった、【奥様ランチ大作戦】。
◇
「これじゃだめよ。ぽろぽろと書類にこぼれてしまうわ」
「なるほど。こぼれないものですね」
「ちょっと野暮ったいんじゃないですか? 奥様が食べるのだから、おしゃれじゃないと」
「……おしゃれ。確かに大事ですね。分かりました! やってみます!」
「全部まとめて栄養をとれるようにしたらいいんじゃない?」
「全部を一度に! そうですね」
「お昼に食べられるとは限らない。夕方になるかもしれないから、時間が経っても問題なく美味しく食べられるものでなければ」
「確かに!」
作ってはダメ出し。作ってはダメ出しを繰り返された料理長は、それでもめげることなく、試行錯誤を続けた。
料理長は旦那様からその腕を評価され、直々にこの屋敷にスカウトされてきた人物である。
もっと偉そうでも良いのだが、常に良いものを作ることに妥協しない。
そして人の意見をよく聞き、必要だと思えばすぐに反映する。
だからこそ、より良いものを作るのだ。
ようやく使用人全員が満足いくものを作り上げた。
そしてついにこの日がやってきた──。
◇
出勤前の奥様に料理長が「奥様、お待ちください!」と声をかける。
「こちら、ランチをお作りしました」
ランチが入った袋を渡そうとする料理長に対して、奥様は申し訳なさそうな顔をした。
「ありがとう。でもごめんなさい。本当に忙しくてお昼の時間をとることができなくて。皆さんで召し上がってくれるかしら」
「……っ、お仕事をしながらでも食べられるよう作りました!」
「え?」
「お仕事中でも、片手に持って食べられるようみんなで工夫して作りました! お仕事のお邪魔になりません! ぜひ一度だけでも、お試しください!!!」
料理長、半泣きである。
奥様を見送る使用人たちも、懇願するような瞳で奥様を見続ける。
──お願いだから、食事をとってくれと。
そんな我らの鬼気迫る様子に、奥様はしばし目を丸くしたまま固まり……その後で破顔した。
久々のキラキラしたお顔。
「いつもありがとう。いただくわ。食べられなかったらごめんなさい」
そうやって受け取ってくださった奥様は、帰宅後──。
「さすがに仕事しながら食事だなんてすっごく恥ずかしかったし、どういう目で見られるんだろうと不安だったんだけど。皆が試行錯誤して作ってくれた想いが伝わったし、これ以上食べられなかったら健康を害するのも分かったから……背に腹は代えられないと、勇気を振り絞って食べたのよ」
お風呂につかりながら、ニコニコと笑いながら話してくださる奥様。
「そしたらすっごく食べやすくてびっくりしたし、仕事しながら問題なく食べられるし……しかもね、皆がね?」
クスクスと声を出して笑い始めた奥様に、ターニャは「いかがでした……?」と恐々と訊ねる。
「下品だって言われても仕方のない行為なのに、皆、手をポンって叩いて『それ、良すぎるアイデアだな!』って。具材とか仕組みとか、色々聞かれちゃった! これ、補佐室で流行っちゃうんじゃないかしら」
奥様は弾む声で楽しそうだ。
「それにね、とってもおいしかったの。皆に……ありがとうって伝えておいて。特に料理長にも。これからもよろしくって」
「……もったいないお言葉でございます」
──この日の夜。
使用人たちの食堂で、小さな宴が開催された。
成功した嬉しさと、今までの努力と、そして料理長のあくなき探求心を祝った宴。
「やったぁぁぁぁあああぁぁ~~~~っ!!!!!!」
「あぁっ! 料理長っ泣かないでっ!!」
「感極まってるんだよ。今日は泣かせてやろうぜ」
「かんぱ~~~~~いっ!!!」
繰り返される乾杯に、翌日一部の者が飲み過ぎで顔を青くしていたのは言うまでもない──。
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