学校一の美少女がなぜか雨のたびに傘を忘れて借りに来るので、傘を2本用意したらめちゃくちゃ睨まれた件について

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本編

 姫乃穂香(ひめのほのか)さんはよく傘を忘れる。

 

「九澄(くずみ)くーん。ごめん、今日も忘れちゃってさ、傘入れてー?」

 

 放課後にアニメ研究会の部室で僕がラノベを読んでいると、そんな風に話しかけてくるのだ。金色の長い髪にアニ研の部長先輩はじめ先輩がたは、ざわざわ……となった。

 それはそうだ。

 だって彼女はとんでもない美少女なのだから。

 長い金髪、ブレザーの上からもわかるメリハリのついた体。

 そんな彼女がアニ研に来たら、それはざわめくというものだ。

 

「九澄……! 俺らはお前を百回殺しても許されると思う……!」

 

 部長が血の涙を流しながら言ってくる。

 うーん、やっぱり誤解されているな。

 

「あー、誤解ですよ。僕が単に体が小さいだけです」

「はあ? 体が?」

「一緒に傘に入っても邪魔にならないんです。姫乃さんが言ってました」

 

 あとは僕がアニ研で放課後も残ってるという事情もあるだろう。

 そう説明すると、部長は呆然とした様子で。

 

「いや九澄……え、本気で信じてるの、それ?」

「信じる? なんのことですか?」

「うわ。マジかよ」

 

 部長はしばらく言葉を失った様子だったが、やがて。

 

「おまえ――マジでアニメの主人公だな」

「はあ?」

「九澄くーん、はやくいこー。あ、部長さん、お借りしますね!」

「あ。はい。このバカはいつでもどうぞ」

「ありがとーございます。さ、いこいこ!」

 

 にこにこ笑顔の姫乃さんにくいくいっと腕を引っ張られた。

 ダンっと部員の誰かが机に腕を叩きつけた。なんでだろうか。

 

 そして通学路。

 僕たちは相合い傘で帰っていた。

 

「えへへへ。いつもわるいねー」

 

 雨なのに快晴の笑顔でそう言う姫乃さん。

 この笑顔を見れば、彼女が大人気の理由もわかる。

 

「別にいいよ」

「うん。ごめんね。腕とか大丈夫? ま、マッサージとか……しよっか?」

 

 彼女が僕の腕を心配している理由は、僕が小さいからだ。姫乃さんは僕よりずっと背が高くて、釣り合いのため傘を持つ手を上げなきゃいけない。前に「わたしがもとーか?」と言われたけれど、さすがに断った。

 彼女に傘なんか持たせたらうちの部長に本当に殺される。

 

「腕は大丈夫だよ。心配しないで」

「あう。そ、そっかあ」

 

 しゅーん。

 なぜか今日の雨みたいに落ち込む姫乃さん。

 

「あ、ところで姫乃さん。今日はちょっと寄り道したいところがあって」

「えっ!? 寄り道!? ほんとっ!?」

 

 ぴかー!

 なぜか一気に快晴の笑顔になったぞ。

 

「ただのコンビニだけど」

「コンビニね! わ、わかった、いこ! 駅前のコンビニにしよっか!」

「えっ……駅前って三◯分近く歩くんだけど」

「そそそ、そうだけどさ、あそこ品揃えいいし!」

 

 なぜか必死である。

 

「コンビニだから品揃えは変わらないんじゃ」

「あう!? あのね、そのね、あそこうちの従兄弟が店長で!」

「あ、売上貢献? そっか、それなら勿論いいよ」

「やったー!」

 

 わーいわーいと、ぴょんぴょん飛び跳ねる姫乃さんだった。

 僕はそのあまりの天真爛漫さに、くすりと笑った。

 ほんとに家族思いなんだな、姫乃さん。

 

 ――で。

 こんな日が、梅雨のあいだに七回あった。

 

「姫乃さん、流石に忘れ物多すぎるよね」

 

 七回目の夜、自分の部屋で僕は考えていた。雨のたびに僕に傘を借りに来てる気がする。1回や2回ならともかく7回は流石に変だ。彼女にはなにか事情でもあるのではないか?

 例えば――そう。

 

「ひょっとして――アニ研の誰かが好き、とか?」

 

 だから適当な理由をつけてアニ研部室に傘を借りに来たとか。

 うん、ありえるな。

 部長は顔はともかく性格は頼れるし、アニ研にもいい奴はいっぱいいる。部員たちの話はよく姫乃さんにしていて、その度に「そーなんだ! すごいね! いい仲間がいるんだね!」と感心してるから、それで好きになったのだろう。

 納得だ。

 だとすると――僕が相合い傘を続けるのはまずいかもしれない。

 いくらアニ研に来る理由といっても、恋愛沙汰に誤解されかねない。

 

 よし、決めた。

 

 

 そして次の雨の放課後。

 

「ごめーん九澄くん。また借りに来ちゃった……えへへー♪」

 

 アニ研部室に今日も姫乃さんがやってきた。えへへーと頬を赤くしている。なるほど誰か好きな人がいるんだな、と今では思う。隅っこでドンドンと壁を叩いてる同級生ではなさげだけど。

 ともあれ僕は立ち上がった。

 

「姫乃さん、また傘忘れたんだ」

「うん。ごめんね。今日も入れてくれる?」

 

 手を合わせてウインクする姫乃さん。あいかわらず美少女だ。

 ふふふ、でも今日はそんなことする必要ないんだよ。

 

「はい、これ」

「えっ……?」

 

 僕は予備の傘を差し出した。

 

「ちょうど予備を用意してあったんだ。それ使ってよ」

「え……!?」

 

 一瞬の間の後。

 

「よ、予備を!?」

「うん。あと僕は先に帰るから」

「先に帰るっ!? ええええええぇぇぇ!?」

 

 なぜか姫乃さんはこの世の終わりみたいな悲鳴を上げた。

 びっくりしたらしい部員たちが全員、一斉にこちらを向いた。

 

「あ、ご、ごめんね大声だしちゃって……九澄くん、こっち!」

 

 腕を掴んで外に引っ張られた。

 

「どうしたの姫乃さん」

「あう。あのね……えと、えとね、ええとね……」

 

 姫乃さんは口をへにょへにょと曲げていた。

 どうしようどうしよう、とせわしなく自分の指をいじる。

 

「あ、そうだ! 予備ってアレかな、折りたたみ傘かな!?」

 

 ぴかっと目を輝かせて。

 

「今日はアレだ! 風強いから! 折りたたみ傘だとまずいかも!」

「え、そんなに風強いんだ」

「そう! とてもまずいの! 台風並みなの!」

 

 いやーこりゃまいったねーあははと汗をたらしながら笑う。

 

「そっか。でも大丈夫だよ、折りたたみ式じゃなくて普通のだから」

「えっ」

「頑丈なやつを選んだから大丈夫だと思うよ」

「え……あ、あううぅぅ」

 

 再びなぜかしおれる姫乃さん。

 が、すぐ気を取り直した風に。

 

「そう! あの! 今日は占いで誰かの傘に入れてもらいなさいって!」

「そっか。じゃあ部の先輩に頼んでみるよ。誰がいい?」

「はびゅん!?」

 

 泣きそうな姫乃さん。

 

「あのあのえと! ど、同級生と傘に入ると吉だって!」

「そうなんだ。ちょうど山田がいるから呼ぶよ」

「ぴえん!?」

 

 ほとんど泣いてる姫乃さん。

 

「あのねあのね、名字に数字が付く同級生限定なの!」

「そっか。一ノ瀬がいるから呼ぶね」

「まってまってまってぇー!!」

 

 ふええええん、と涙目全開で僕を睨んでくる。

 おかしいな。なんでこんなに辛そうなんだ?

 

「あの……あの、あの……っ!」

 

 ごくん、と息を飲む音が聞こえた気がした。

 

「く……九澄くん……だめなの?」

「えっ」

「わ……わたしと同じ傘……入るの、いや?」

「嫌じゃないけど」

 

 姫乃さんの顔がぱっと明るくなった。

 僕は続けた。

 

「でも誤解されちゃうよ」

「ご、誤解」

「うん。さすがにこれだけ何度も続くと、彼氏彼女だって誤解されちゃう。それは姫乃さんだって迷惑でしょう?」

「迷惑なんか……っ!」

 

 姫乃さんはそこで「はっ」と息を呑んだ。

 まるで続けると起こる何かを恐れているかのようだった。

 だけど。

 それでも、といった感じに。

 姫乃さんはぎゅっと手を握って。

 

「め……っ」

 

 頬を真っ赤に染めて、その言葉を言う。

 

「迷惑なんかじゃ、ない……もん……っ!」

「……!」

 

 僕はごくりと息を飲んだ。

 

「だって!」

 

 九澄さんはせきを切ったように喋りだした。

 

「だって、九澄くんの近く、あったかいし! ずっと一緒にいたいし! ずっとずっと、中学で同じクラスだった時から想ってたし! だから、だから、わたしは九澄くんとなら、ぜんぜん迷惑なんかじゃないっ! 絶対!!」

「姫乃さん……」

「はあ、はあ、はあっ」

 

 頬どころか耳たぶまで真っ赤に染めている。

 それぐらい全身全霊の告白だったのだろう。

 僕は呆然としていた。

 そうか。

 そういうことだったのか。

 僕はなんてバカだったんだ。

 姫乃さんはずっと――そんな思いでいたんだ。

 

「姫乃さん」

「……う、うん」

 

 僕は決意した。

 

「一緒に帰ろう。同じ傘で」

 

 きょとんとする姫乃さん。

 そのまましばらくの間があった。やがて。

 

「……あ」

 

 ぱあああっと。

 涙目だった顔が一気に晴れ上がった。

 

「うん……帰ろ……えへ、えへ、えへへ……っ!」

 

 ぱちぱちぱちぱちぱち。

 なぜか部室の方から拍手が聞こえてきた。

 僕は気にせず姫乃さんの手を取った。

 

「今日もコンビニ寄る?」

「……うん!」

 

 本当に嬉しそうな姫乃さん。よかった。

 僕はほっとしていた。

 ようやく彼女の本当のことに気付けたのだから。

 執拗に相合い傘を迫ってくる理由を僕はもう知っていた。

 

「あ、部室からカバン持ってくるから」

「うん。待ってる。いつでも待ってる。えへへへ!」

 

 僕は部室の扉を開けた。

 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。

 なぜか先輩方が無言で涙を流しながら拍手を続けていた。

 

「「「おめでとう」」」

「はあ。何がでしょう」

「何がじゃない。ついにお前も気付いたんだな。彼女の真実に」

「ああ……聞いてたんですね。はい、ようやく気付きましたよ」

 

 僕は言った。

 

「姫乃さん、本当に冷え性なんですね」

 

 

 時が止まった。

 少なくとも僕にはそのように思えた。

 理由についてはさっぱり検討もつかなかったけど。

 

「…………」

「雨の日は冷えるから側にいてほしいんですね。気付かなかったです」

 

 しかも中学のときからそう思ってただなんて。

 早く言ってくれればよかったのに。

 でも男の体温を感じたいなんて、言いづらいのはわかるけども。

 

「でも僕、そんなに体温高いんですね。自分では自覚ないんですけど」

「……おい」

「帰りはカイロ買っていこうと思います。貼る奴がいいですね」

「おい九澄」

「はい。なんでしょう」

 

 部長は言った。

 血の涙を流しながら。

 

「貴様は地獄に落ちて永久に拷問を受け続けるべきだ」

 

 山田と一ノ瀬とその他アニ研部員たちがいっせいに頷いた。

 ………………。

 なんで?

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学校一の美少女がなぜか雨のたびに傘を忘れて借りに来るので、傘を2本用意したらめちゃくちゃ睨まれた件について ZAP @zap-88

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