第15話 忘れるから、忘れるとしても。

「ごはん、まだだか?」

 車椅子でやって来て、私にそう質問した桜さん。

 10分前にご飯を食べ終えたばかりです。


「桜さん、さっき食べたよ~」

「……食べでねぇ」

「お昼ね~、アジフライだったんだけど忘れちゃった?」

「……忘れだな」

「そっか~、でも、大丈夫だよ。桜さんのお腹は覚えてるから。(お腹を指さして)ここにアジフライが入ってるよ」

「……んだが」


 毎度、こんなやり取りで納得してくれる桜さんは優しい人。

 でも、大好きな息子さんと外出したことも、忘れちゃいます。


 そう、認知症になると、いろんなことを忘れちゃいます。

 介護士さんの中には、どうせ忘れるんだから楽しいイベントを企画したりレクを考えたりしなくてもいいじゃんなんて思っている人もいるかもしれません。


 私ね、思うのですよ。

 数分後に何をやったか忘れるとしても、楽しいって思える時間を作ってあげるのが介護士の仕事じゃないかなって。


 忘れちゃってもいいの。

 何度でも何度でも笑顔になってほしい。

 桜さんはね、何度もこう言うの。


「世話になるな。ありがとな」


 桜さんの笑顔とありがとう。

 そんな時間が増えていきますように。


 


 

 

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