第3話 初体験。

 微笑み返しのちぃさんは、施設内散歩が大好きです。

 ほんとはね、施設から出て行こうと建物の中を毎日散策しているのです。


 ある日のこと、廊下を歩くちぃさんを発見。右手に何かを持って歩いています。じぃっと手の中のものを見てみますと、茶色。いやいや、緑がかった茶色の柔らかめの物体。そう、うんこを持っておりました。


 なんで?

 なんで、手にうんこ?

 どこでうんこしたの?

 トイレでしたんだよね、きっと。

 便器に腰かけて、手でキャッチした?

 なんで? なんで? なんでぇ???


 私の頭の中で、いろんな映像が突っ走ります。でも、どうして手にうんこを持っているかわからないのです。


『あぁ~、早く、この状況を何とかしないと!!!』

 焦る月猫。


 しかし、あのうんこと戦う武器はありません。防護するべき、ゴム手袋もありません。ちぃさんの後ろを歩いていた先輩に、緊急事態を目で伝え「手袋を持ってきて下さい!」とお願いをしました。


 それから考えます。

 うん。ちぃさんを興奮させないように、怒らせないようにトイレに誘導しよう。


「ちぃさん、トイレに行きません?」

「……」ちぃさんの微笑み返し発動。

「ちぃさん、手に持っているのは大事な物なんですよね?」

「……」またまた、ちぃさんの微笑み返し。

「そっか。でも、そのまま手に持っているのもあれなんで、トイレに行きましょうか?」


 前進するちぃさんを、左側にあるトイレに誘導しようとする月猫。ちぃさんにとって、月猫は散歩を邪魔する嫌な存在です。ついにちぃさんが、小さな声で「投げるぞ」と呟きました。


 だぁぁぁぁぁぁ~~~~~

 ここで、それを投げられたら大惨事です。

 私にうんこ? 壁にうんこ?

 どっちもいやぁぁぁぁ~~~


「だよね~。投げたくなっちゃうよね。でも、投げるならトイレにしよう。その方がいいと思うなぁ~」

 こういう場合、何が正解かなんてわからない。とにかく、優しく声をかけるのみ。


 そんなこんなの私の努力? が実り、無事にトイレに誘導し便器にうんこを廃棄。事なきを得ました……


 えぇ、介護の仕事には、こんな「初体験」もあるのです。  

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