Who 4 fork folkloren

小川かこ

第1話 エピローグ

[TYPE A]

>髪の毛は大事な生体情報(DNA)を宿している。アンドロイドにはない何億年と蓄積された人類の叡智の根源のデータだ。我々の部族では髪の毛を生涯切り落とすことはない。髪の毛に先祖代々のビーズデバイスをつける。数が多ければ多いほど地位が高い。


「こうやって髪を結いあげるといきなり大人になった様ですね。」家族は口々にそう言ってくるのがこそばゆい。赤茶けた土に肌が溶け込む様に、泥で化粧した女衆が私の伸ばし続けた髪の毛をコーンロウに編み込んでくれる。クスクスと笑みを浮かべながら最後のひと房と手製の組紐をビーズに絡めながら彼女が編んでくれる。「綺麗な組紐ですね。編み込んでしまうのが勿体無い。」細く柔らかい指先が耳の横で踊るように編んでいく。大地と木々がそよぐ風に乗って女衆達の歌声が空気を振るわせる。日差しに目眩のするような感覚を覚えながら彼女の指先と歌声がやけに耳に残る。早くこの組紐を編み込見たい気持ちと、このままもう少しこうしていたい気持ちが交差する。子供の頃から少しずつ増やしていたタトゥーにいよいよ成人の印を入れる。

男衆が幕屋でガヤガヤと針や塗料を用意している様子に目を細め指を止める。「綺麗にお墨が入ると良いですねぇ。」なんとなくその指先をずっと見つめながら私は痛いのは嫌だなぁとは言えず「良い意匠になるだろう。」と理想の墨の入り方を力説しながら強がってみた。そういうものだろう?


[TYPE B]

生体情報は定期的に保管はするけれど肉体を改造しDNAの可能性を美しく表現できるヒューマンが人類から受け継いだ文化を体現することこそ役目。

与えられたDNAとXY染色体だけでは保管しきれない身体の歴史を自らの肉体で示し続ける。腕や足、耳をを伸ばす者。私は首を美しく整える伸ばすのが役目。私を愛する数多くの同胞から与えられたリングを美しいく長い首に増やしていく我ら民族の愛の歌を歌い継ぐ。与えられたXY染色体の性など些細なこと。私の唇と喉が愛の歌に震える度に長く伸びた喉に絡みついたリングが共鳴する快感。


チリンチリン…リングが鳴るたびに石造りの建物内に音が響く。「性別などどうでも良いことだわ。説明するとみなさんビックリされるのです。」綺麗に整えられた石材の調度品に座り波の音色に合わせてわざとチリン…と首のリングを鳴らし響かせ顎をややあげる蠱惑的な瞳を向ける。「あら?お茶のお代わりを飲まれます?」年嵩の女性が「昔はね、人工授精とか代理出産なんてあったみたいだけど今は培養できちゃうじゃない。いいのよ無理しないで。若い人はいい遺伝子の子を培養しちゃえば。」とケラケラ笑う。床の敷布にお茶請けと花が盛られた皿からそれぞれが菓子を手に取り「そうよねぇ。今だって純粋生殖がまた流行ってるんだって?」「その方が本能的にいいDNAになるとかって。」「まぁピュアなDNAを育てるのにねぇ培養液の質も分からんようなラボじゃぁそうも言いたくなるわねぇ。」口さがのない会話に笑いが絶えない。ねぇ明るくていい村でしょう?ふふ。結局みんな分かってるんですよ。培養液だなんだって“種“次第だって。ふふふ。“種”さえあれば女か男かなんて関係ないじゃない。ああ、つい笑みと共に鼻歌が溢れちゃう。

首輪で伸びた首をから押し出されたような小さな顎がニコリと唇に笑みをもたらせ、猫のようにコロンと大きな瞳が怪しい光を宿す。いい歌が歌えるようにこれでも努力してるんですよ?こっそり首の他に舌も…悪くないと思うのよ?みんな口さがないわ。私の喉…興味ありません? チリン…


[TYPE C]

近親交配を避けるため男女ともに第二次性徴期の成人の儀式で腹帯を巻く。長女以下は他民族に嫁として、男児も子種として交配を民族間の政治材料に赴くおことが多く勢力影響力を高めてきました。多産であることが誉れなので死産も恥では無く、堕胎がなによりもの罪。より良い生殖活動が生命としての基本です。


緑が深く、みずみずしい農園が広がる平野に薄茶けた煉瓦造りの建物がひとブロックごとに規則正しく立ち並んでいる。ツバの広い黒い帽子を被った男性が家畜舎を通り抜け、大きな籠を携えた黒いベールの女性がゆったりと近寄りガーデンベンチの前で手招きをする。とれたての瑞々しい果実を勧められ贅沢にかぶりつく。「良い遺伝子の味でしょう?細胞が活き活きしてるの。」男性はロバに運ばせている台車の籠に4種類ほどの季節の果実を手に取りながら地球産に近い大きさと水分含有量を保ち安定的に栽培するピュア農法について語った。「受粉も養蜂のミツバチを使うので生育以上に遺伝子コントロールが大変ですね。余計な受粉や交配で農作物の品質や遺伝子を維持をするのが大変ですよ。」「苦労した分美味しいわね。」籠から焼きたてのパンを取りだし、フルーツと蜂蜜をかけて差し出す。「心身の健康と優良な細胞を育成するには、品質の良い食事が一番ですわ。毎朝、この自然の中で食べる食事は子供達のためにも良いのですから。」やや膨らんでいる腹帯をさすりながら微笑む姿は理想の母像そのもの。「えっ子供ですか?私の6人いる子はみな夫が違い、それぞれの部族の有力者に引き取られてますよ。」籠から水筒を取りだしお茶を口に含む。ふぅ…と吐息を吐く…「母親の手で子が育つのは生後半年前後ですね。永久の命を紡ぐ糸のかけらでしかありませんよ。」「夫婦?少し違いますね。今では悪阻の不快感も無いので食事ができて嬉しいですね。」と目を見合わせ「そろそろ屋敷に案内しましょう。」素朴だが品質の良い調度が生活の豊かさを物語っている。ベンチが幾つか並ぶ個室には揺りかごに3名ほど赤ん坊が寝ている。保育所のようだ。「赤ん坊のうちに品質の良い環境で育てます。」優しい雰囲気で柔らかく微笑む様は幸せそのもの。

そう。幸せには可愛らしい赤ちゃんと豊かな食事。いつの世も変わらない。

「ライフラインの供給維持も大変なんですよ。」ため息混じりにぐずる赤ん坊をあやす帽子の男は子守唄を口ずさみながら「必要でしょう?酸素と食料を供給する樹々や農園。そして赤ん坊。」煉瓦造りの建物の窓から差し込む光が徐々に赤い夕陽から夕闇に変わる間の影。朝へ夕闇へ、そしてまた朝へ巡り巡る。必要なものは全てサイクルされるのですよ。


そう。必要だから取引の価値があるのです。

価値は高めないと。


[TYPE D]

なぜあるがままに生きられないのか。過ぎ去る過去にこだわったところで意味はない。同じことの繰り返しだ。


フォークで身体を刺す。その傷に灰を塗して瘢痕文身をつくる。傷痕が痛いのを通り越して熱が出る。生きている。アンドロイドには得られない。苦しみ、苦行こそ甘美な生への実感。

喜びも哀しみも愛しさも快感も全て苦しみを知って初めて甘美さが増す。自らに苦行の印を刻見込む。伝統的な柄のタトゥーに混じった、それはパートナーの瘢痕文身の凹凸を指先でなぞりその苦しみを想像し分かち合うことで愛と快感を知る。そう。苦しみこそがヒューマンの証として。こんなツラいもの苦行は時として死ぬこともある。死の影を知り、闇を恐れながら瘢痕文身に口付けをする。生きることは死ぬために、後の子孫の身に刻まれるタトゥーのための灰となるために。生を知るために死んだDNAの影を身に纏い得るのだ。苦しみから解放されたヒューマンは宇宙で営みを始めたそれぞれの文化を守る。もちろん、デジタルに保管もされている。そしてヒューマンとアンドロイド全ての始まりの地、地球で興った宗教の殆どは生死に結びつけている。ならば生を楽にするためのアンドロイドに意味はない。死後の世界、より良い死。死にこそ人々がこの世に存在するための本当の意味があるのだ。だとしたら死を身近に感じることのできるヒューマンこそが神に近く生と死の狭間で苦行を積むのはヒューマンにしかできないことなのだ。苦しみ、病を患い、老いていく。それらに抗い、稀に喜びや快感を知り生への根幹を見つめ感謝を込めて祈ること。


あるがままに生きればいい。


[TYPE X]

スクラップになるアンドロイド。定義的に死ぬとされます。機器の劣化がそれの多くの理由にあたります。何が違うなど哲学的な議論は常に繰り広げられますが、結果として我々は進化をしていきます。ボディのハードやデバイスが古くなるとスクラップ、または再利用されます。

ヒューマンはより土着的に後退した様に見え、宇宙空間内でそれぞれ独自の発展をしています。何度か対アンドロイドとの紛争や民族紛争を繰り返し、なんとなく関わりつづけています。ヒューマンが宇宙空間で生きていくには我々アンドロイドの存在がないと成立できず、また遠くの憧れの地球に戻ることも最早叶わないのです。

重力はヒューマンを既に拒絶してしまい地球に戻ることも、DNAの進化の過程でまだ進化しきれていない酸素を必要とするヒューマンは宇宙空間ではアンドロイドなしに宇宙で生きることも出来ないのです。

DNAと大地にこだわるのは地球にも宇宙にもどこにも存在が中途半端で居心地のわるいヒューマンの惑星への同化進化の努力と抗いなのでしょう。


睡眠をとる。生のための睡眠。そして仮死ともいえる。そのまま死んでしまうのが幸せなのかも知れない。

瞼を閉じ睡眠を取る。


祈りを詩を喉が枯れるほど。


−−−−−


「あの地球って母なる大地っていうだろう?俺はたくさん女を抱いて子どもを作った。」そう言って父さんはお香の香りのする奥の部屋から出てきた。布や鈴で装飾された儀式台に座らされた私たちの顔を掴んで瞳を見つめる。「お前たちの青い瞳の様な星だ。」御簾の中に籠る香炉の煙の中に浮かび上がる瞳をギョロギョロさせ振り返り彼女に「そうだろう?」目を見開いて脂汗の混じった額に皺を寄せ確認を促す。デバイスに映る映像でしかみたことがない。地球からきた彼女は大きく頷きながら「そうですね。でも貴方たちの瞳の方が綺麗よ。」と優しく微笑んだ。実際にはそんないい場所ではない。

ふっとお香の煙が目に沁みるのか瞳を真っ赤にして砂を掴み編み上げた髪の毛を大地に垂れるほどに頭を擦り付ける。歌声が響いていく。

身体に繋いだデバイスが発光していく。お腹に響く独特の抑揚の歌ともにリズムをとりながら組んだ足を揺らしていく。


シャン… シャン… シャン…


室内に飾られた鈴が空気の振動に揺らされ…部屋が揺れている?そう思った瞬間ゴゴゴッと室内が揺れている。「えっ地震?早く逃げなきゃ!」「そのまま!」地球でもにげるに決まってるわ!ましてやコロニーで地震なんて起きたら確実に死んでしまうもの。出入口に走り飛び出そうと振り返ると室内が変形しているのに気付く。


奇妙な光景だった。洞窟のような室内で地響きの唸りのような不気味な音階の詩を歌いながらゆらりゆらり揺れる老父。それを見守り歌を共に口ずさむ2人の若者。地響きと共に揺れながら岩肌から光がもれる。


シャンシャンシャン…鈴の音が次第にスピードを増し歌声に混じる。私は立っていられず地響きに屈するように身を丸め光の方向や老父の姿を観察し必死に情報を整理する。

ゴゥッン

一際、大きなウネリに呑み込まれカッ…と爆発するように光が空間を満たすと力尽きた老父が倒れ込んでいた。


砂と岩肌の隙間からモニタが現れ何度かの点滅と共に画面が切り替わる。


[パスワードが執行されました]


無機質な文字が老父の身体中に組み込まれたナノデバイスが血管の様に薄ら浮かび上がり、一族独特の帯状の黒いタトゥーの染料に混ぜられたナノファイバーによってモニタのように身体中に文字と血管状の線が身体中に埋め尽くされた不気味な姿を地面に擦り付けんばかりに震わせギョロギョロと目を回しながら唸り声を上げた。


「母なる…だ…大地に抱かれ…この、婚姻と…葬儀により新たな管理者と…認める。」


真っ赤に充血した瞳孔を見遣り皺に刻まれた身体中の生体ナノデバイスが空間を介して息子に移行する。結婚の儀式用なのか鈴や呪布で飾られた台座から光が俄かにチラつく。タトゥーとして身体に埋め込まれたナノデバイスが新たな肉体に移行しタトゥーが刻まれた若々しい筋肉に美しい光を放ち暗転した空間に[管理者を変更しました]と無機質に浮かび上がる。


編み上げられた髪に組み編まれた有機ナノグラフェンの導電性ヘアコードが新たな生態情報をアップデートする様子にコーンロウヘアのビーズが忙しなく様々な色彩をチカチカと光を放つ。今まさに絶命しそうな老父を見つめる。老父は視線が定かでない眼孔ごと最期の生体情報をしわがれた皮と骨に貼りついたタトゥーの光を小刻みに震わせ息子を見つめ返す。「母なる大地の一部になることを誇りに思います。」と朗々と歌い上げる。


静かな空間に沈黙が訪れる。


「さあ。地球のピュアなDNAを出しなさい。」


管理室に冷たく響く声と共に先鋭に尖った金属の棒が複数付くフォーク状の凶器を目の前に突きつけられる。冷たい金属の棒と冷たい青い瞳が私の目先に鋭く突き刺さって身動きが取れない。彼はこの空間の[管理者]になったのだ。この一族が支配するコロニーのひと区画。この宇宙空間で私たちが生きていくための全てを支配する管理者。


そう。ここではDNAが全てを決める。


薄暗い空間の中で唯一の明かりは青白く光る残酷な管理者。その放たれる光をに切先をキラキラと煌めかせる凶器に逆らうのと、生存空間に逆らうのどちらがマシかな?乾いた笑いに顔が引きつり瞼を閉じる。

最期に目に映ったのはフォークに映り込んだ花嫁の赤い唇と笑顔だった。


真っ暗な瞼の下で小さな瞬きと大地を揺らす歌声が不気味に響く。

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