第4話 魔物の群れ

「はぁー。意外と終わるもんだねぇ」


 目の前の片付いた机を見て、大きく伸びをする。

 山積みだった書類の痕跡はどこにもない。

 昨日一日かけてもほとんど減ることのなかった書類は、全て処理されたのだ。


「お疲れさまでした。と、言っても。結局ほとんど私がお手伝いいたしましたが」

「はは……そうだね。まぁ、誰がやったか、よりも、終わらせたことの方が重要じゃない? それに、パメラは優秀だって聞いているから、安心して任せられるし」

「後学のために、どなたの評価かお聞きしても?」

「うん? あぁ。マーサさんだよ。彼女の評価なら間違いない。うん」


 少しだけ険が和らいだように見える。

 パメラにとってもマーサさんは信頼のおける人物ってことなんだろう。


「さて、と。頑張ったからか、喉が渇いちゃったな」

「お茶か何か、お飲み物を用意しましょうか?」

「いや、いいよ。僕のお気に入りがあるからさ。えーっと……あった、あった」


 棚から取り出した瓶入りの液体をパメラに見せると、何故か訝し気な表情を返してきた。

 確かに色はどす黒くて綺麗とは言えないけれど、友人のライラがいつも作ってくれるコレは、僕のお気に入りだ。

 ただ不思議なのは、他の人にいくら進めても苦手な味らしく、美味しいと言ってくれた人は今のところ皆無だ。

 作ってくれるライラすら、僕が美味しそうにゴクゴク飲む姿を見て、驚いた顔をしたくらいだから、もしかしたら味覚がちょっと特殊なのかもしれない。

 ランディも愛飲しているけれど、それは別の理由からで、けして好きな味だからというわけではないみたいだし。

 そうだ。

 パメラにはまだ試飲してもらったことがないな。

 試しに味見してもらおうか。


「良かったら、味見してみる? 僕はすごく美味しいと思ってるんだけどさ。なかなか賛同が得られなくて。もしかしたらパメラの口には、合うかもしれない」

「ご遠慮しておきます」

「そう。残念だな」


 蓋を開けて匂いを嗅ぐ。

 個人的には爽やかな匂いだと思っているのだけど、これも他の人にはあまり好まない匂いらしい。

 机を挟んで向かいにいるパメラも、匂いが漂って来たのか、顔をしかめている。

 どうやらパメラにとっても苦手な匂いだったらしい。

 これは、味見させなくて正解だったかな。

 

「ごめんね。すぐ飲んで蓋閉めるから」

「いえ。お構いなく。アーク様のお部屋ですから。それにしても、それはどういった飲み物なんです?」

「うーん。ジュース……なのかな? 少なくとも僕にとってはね」


 喉を鳴らしながら瓶の中の黒い液体を流し込む。

 うん、美味しい。


 ☆☆☆


 廃坑の中に踏み入れ、マリーとバンプはすぐに魔物を見つけた。

 先ほどのウォーラットとはまた違った種類だ。

 今度は気付かれることもなく、バンプに切り倒される。

 それを見たマリーは目を細めた。

 思った通り、バンプの腕前は騎士を名乗るのに恥ずかしくない。


「早速お出ましだったな。こりゃあ、まだまだいる可能性があるぞ」

「そうね。たまたま入り口近くに固まっていただけ、ということもまだ考えら得るけれど。いずれにしろ、続行よ。このくらいなら、問題ないのでしょう?」

「ああ。まったく問題ないな。張り合いがないくらいだ」


 互いに用意してきたランタンの明かりで周囲を照らしながら、軽い足取りで廃坑の中を進む。

 バンプは剣を振るため腰にぶら下げ、マリーは手に持っていた。

 先をバンプが歩き、そのすぐ後をマリーが続く。

 マリーは廃坑の壁や床に目をやるが、気になるものは見当たらない。

 生業として危険な地域や場所を探索する者たちなら、あるいは何か気付いたのだろうか。

 少なくともマリーには、魔物が立て続けに二匹出た以外に、異常や危険は感じられない。

 予想通り、奥へ進む間に更に数匹の魔物と遭遇したが、そのいずれも危なげなくバンプが倒していった。


「いつの間にか、魔物の巣でもできたのかしら。それにしては、群れるような魔物じゃないし、共生するような種類でもないのは不思議よね」

「あまり詳しくないんだが。今の状況は不思議なことなのか? 魔物は魔物だろう?」

「例えば、群れを作る種類の同一の魔物が複数、もしくはそれ以上集まっていることはあるわ。廃坑のような洞穴を住処にする種類もいる。でも、今まで遭遇したのはどれも異なる種類だったでしょう? 何かの理由なしに、異なる種類が集まるってのは珍しいのよ」

「ふーん。、まぁ、その何かの理由ってのはそっちに任せるぞ。こっちは出てきた魔物を片っ端から切り倒していけばいい。そうだろ?」

「そうね。ただ後ろをついていくだけで他にやることもないし。せいぜい頭が錆びつかないよう動かしておくわ」

「了解。……ったく。思ってたよりも多いな。複数いる。巻き込まれないように離れてろ」

「ええ。よろしく頼むわ」


 マリーとバンプの目の前には開けた空間があり、そこには様々な種類の魔物が互いに牽制しながら集まっていた。

 元々は坑道を掘り進めるための道具や資材などを置くために広げられた場所だったのだろう。

 奥にはこれまで歩いてきた坑道と同じ程度の道が続いているようだ。

 バンプは慎重に集団から離れた魔物を攻撃する。

 突然現れた闖入者ちんにゅうしゃに魔物たちは思い思いの奇声を出し威嚇した。

 バンプの攻撃により一体が地に伏せる。

 数匹の魔物が襲い掛かる爪や牙をバンプは避け、あるいは受けて、回避する。

 多対一でも、バンプは落ち着いて対応していくが、そこで想定外のことが起こった。

 遠巻きにバンプを見ていた魔物の内、一体がマリーに狙いを定めたのだ。


「マリー! くそっ! 行かせるかよっ!!」


 事態に気が付いたバンプは目の前の魔物たちを置き去りにし、マリーへと向かう魔物へと走り出す。

 しかし、ウォーラットとは異なり、体躯は小さいものの動きが俊敏な魔物は、バンプが間に合うよりも先にマリーへとたどり着いてしまった。


「マリー!!」

「うっさいわね! 叫ばなくても分かってるわよ!」


 マリーの目の前で跳ねた魔物は、鋭利な牙を首元へと運ぶ。

 それを避ける仕草すら取らないマリーに、バンプは絶望を覚悟した。

 ——彼女は騎士じゃない。動いて避けることすら……

 次の瞬間、マリーの手元に握られた小さな棒状の先から、何かが飛び出した。

 視界を歪ませるほどの何かは、マリーを襲う魔物に直撃する。

 魔物は小さく悲鳴を上げた後、力なくこと切れた。


「ふぅ……なんとか、なったわね」

「おい! 何をしたんだ? それは……杖か?」


 マリーの手に握られているのは、木製の棒で、先端には青色の石がはめられていた。

 杖というのは素材や形状が様々だが、おおよそのものは同じ目的で用いられる。

 魔術師の放つ魔術の補助。

 威力を強めたり、放った魔術の精度を高めたり。

 杖自体が触媒となり、特定の杖がないと扱うことのできない魔術というのも存在する。

 バンプの言う通り、マリーが手にしているのは杖だった。


「そうね。久しぶりだけど、上手くいったみたい」

「おい。魔術が使えるなんて聞いてなかったぞ? 多対一なら、魔術の方が圧倒的に有利なんだろ?」

 

 再度マリーが襲われることを危惧して、バンプはマリーの横に立つ。

 マリーが放った魔術を警戒してか、残りの魔物は一定の距離を保ったまま低くうなり声をあげる。

 

「使える魔術によってはそうなんだけれど。私のは点でダメ。才能がなかったのよ。頑張ったんだけどね。冷気系しか使えないの。この辺りの魔物には効果は薄いし。今みたいに凍えさせて、みたいなことができなくもないけど、馬鹿みたいに燃費が悪いわ」

「よく分からないが、サポートくらいなら任せて大丈夫ってことだな?」

「そうね。ひとまず目の前の魔物を倒しましょう。それで、お終いね。改めて探索隊を編成して調べてもらった方がいいわ」

「了解! それじゃ、行くぞ!」


 マリーの放つ魔術の冷気で動きを鈍らされた魔物を、バンプが次々に切り払っていく。

 明らかにバンプ一人の時よりも効率が上がっていたが、二人の目には焦燥の感情が見え隠れてしていた。

 足元に転がる無数の魔物の死骸に一瞬目を向け、すぐに前方に意識を向け直す。

 先ほどよりも、目の前で動く魔物の数は、明らかに増えていた。

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