第2話 調査依頼

 パメラと一緒に部屋に戻り、着替える。

 さっきよりは領主らしい格好になったはずだ。

 なってるかな?

 まぁいいや。


「さて。改めて散歩に出かけたいんだけど、いいかな?」

「いい訳ないでしょう。もう朝食のお時間ですよ。食べ終わったら、まずは前領主不在で処理が遅れていたものの対応を進めてもらいます」

「うへぇ。それってエリザとかランディとかに任せちゃダメかな?」


 エリザとは言わずもがな妹で、ランディはその双子の弟だ。

 二人ともひいき目無しに優秀だから、僕なんかよりずっと領主に向いていると思う。

 できるならば仕事だけじゃなく爵位自体もあげちゃいたい。


「もうすでにお二人は自主的にそれぞれ対応されていると聞いています。それに、お忘れですか? お二人は現在不在ですよ」

「ああ……そうだったね。じゃあ、帰ってきてから任せればいいんじゃないかな。ほら、僕今忙しいし」


 忙しい……忙しい……気分転換の散歩に行くのに忙しいんだよ。

 朝はバンプに邪魔されちゃったからね。

 でも、そんなこと言ったら怒られちゃうかな?

 怒られるのは嫌だなぁ。


「ご冗談を。とにかく。まずは朝食を召し上がってください」

「あ……はい」


 まぁ、散歩くらいいつでも行けるかな。

 確かにお腹は空いているし、せっかく作ってくれた料理が冷めちゃうのも悪いからさっさと食べちゃおう。

 仕事の処理は……とりあえずパメラの言う通りにやればいいよね?



「それにしてもさぁ……」


 目の前の机の上に積まれた紙の山を無意味につまみながら、パメラに声をかける。


「なんですか? お腹がいっぱいだから腹ごなしに散歩したいはさっき聞きましたよ?」


 パメラは訝しげな目を向ける。

 確かに言ったけど、もうすでにダメだと言われたことに駄々こねるほど子供じゃない。

 と思うけど、本当にそうか? と聞かれたら自信ないね。

 パメラはちょっとだけピリリと辛い。

 前に面倒を見てくれてたマーサさんが砂糖のように激甘だっただけかな。

 今までしたいと言ったことを止められたこともないし、やりたくないと言ったことを無理にやらされたこともない。


 そんなマーサさんもいい歳だったので、領主就任と共に後任を連れてきた。

 それがパメラってわけ。

 マーサさん曰くとても優秀だってことだから、僕も絶大な信頼を寄せていいだろう。

 とりあえず、パメラがダメと言ったことに関しては、やるつもりはない。

 したいことがあったらちゃんと聞くけど。

 聞くのはタダだしね。


「そうじゃない。それに難しい書類を見てたら、いつのまにかお腹いっぱいだったのはどこか行っちゃったよ。そうじゃなくてさ。僕は影が薄いのかなぁって」

「どうしたんです? 急に」

「ほら。今日の朝のバンプだっけ? 彼さ。まだ新米とはいえ、騎士なのに僕の顔も、名前すら曖昧だったんだよ?」

「まぁそれは……おいおいと解決していきましょう。それにはまず。目の前の仕事を片付けて、ご自身が新領主であることを内外に知らしめてくださいね。そうやって遊んでいても、書類は一向に無くなりませんよ?」


 パメラのにっこりと笑った顔に眺められつつ、紙の山から適当に一枚書類を抜いて中身を読む。

 ざっと中身を確認したところ、屋敷の近くの廃坑の調査依頼みたいだ。

 あんなところに調査の依頼なんて、珍しいな。

 この屋敷が建つずっと前に使われていたもので、何を採取していたのかも知らない。

 今は一切取れなくなったとかで、完全に廃坑になっている。

 小さい頃にエリザとランディ、友人たちを連れてよく遊んだっけ。

 大抵酷い目にあったけど、何故かみんな楽しそうだったから良い思い出と言っていいよね。

 そうだ、良いことを思いついた。


「この廃坑調査。担当者の……マリーだ! 彼女を呼んでよ」

「廃坑調査ですか? この調査依頼に何か?」

「いいから。一刻も争うんだ。とにかくマリーを呼んできてよ」

「……かしこまりました。少々お待ちください」


 パメラが出ていく後ろ姿を眺めながら、我ながらの良いアイデアに満足していた。

 調査依頼ってことは、誰かが廃坑に行かなくちゃいけないってことだ。

 ここから廃坑までは散歩の距離としてはちょうど良い。

 最近暑くなってきたから、涼しい坑道の中を歩くのも気持ちいいだろう。

 仕事と散歩を両立させられるってことだ。

 なんの調査依頼かはちゃんと読んでないけど、あそこは何度も遊びに行って、もう危険はないはずだ。

 久しぶりの外の散歩だから何を持って行こうかなぁ。


「お待たせしました」

「文官のマリーです」


 頭の中で散歩に持っていく物を思い浮かべてたら結構な時間が経っていたようだ。

 パメラが青色の髪の女性を連れて戻ってきた。

 マリーを見て僕はにっこりと笑う。


「よく来たね。早速だけど、今から廃坑調査に向かう」

「今から……ですか?」

「うん! 今すぐにだ。あ、いや……準備の時間があるから……一刻後とかかな」

「それにしても急ですね。その依頼は数ヶ月前に出されたものですが、少なくとも急ぐような案件ではなかったはずですが……」

「うんうん。そうだね。その時は急ぎじゃなかったんだろうけど、今は早ければ早いほどいいんだ」


 マリーも、その隣で話を聞いているパメラも不思議そうな顔をしている。

 ここは自信満々に、強気でいかなくちゃダメだ。

 適当なことを言ってるのがバレちゃうからね。


「よく分かりませんが、そこまで言うのであれば、誰か手配しましょう」

「いや。行くのはマリー、君だ。君と――」

「私と?」

「アーク様。まさか、ご自身が行くなどと言いませんよね? 処理しないといけない書類はまだ山積みなんですよ?」

「はは……もちろんじゃないか。えーと、君と……そうだ。バンプだ。バンプ。まだ訓練場にいるのかな? 彼を連れてってよ」


 なんだよ。

 パメラって人の頭の中でも読めるの?

 せっかく僕が行くと言おうとしてたのに、先手を打たれてしまった。

 あーあ、せっかく仕事投げ出して散歩に行けると思ったのに。

 とっさに今朝会ったばかりの新米騎士の名前を出しちゃったじゃないか。


「はぁ……かしこまりました。ちなみにバンプというのは?」

「うちの騎士だよ。まだ新米だけどね。きっと役に立つんじゃないかな」

「分かりました。ついでにこの調査に私が選ばれた理由をお聞きしても?」

「そりゃあ、君が適任だからさ。うん。期待してるよ」


 納得してないような表情を作って部屋を出て行こうとするマリーに声をかける。


「急ぎだって言ったけど準備は可能な限りしっかりした方がいい。一刻とは言わずもっとかかってもいいよ。バンプにも言っておいてよ」

「かしこまりました。準備をしっかりとですね。それでは、失礼します」


 うーん。

 もしかしたら準備が終わるまでになんとかここを抜け出して一緒に散歩できるかなと思って言ったけど。

 間に合うかな。

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