第16話 恒例行事は混乱に
(ある意味)伝説となったセクレトのコンサートから、数日。
学園の生徒にもコンサートの参加者は多く、しばらくは興奮冷めやらぬ雰囲気が続いたが(薬の後遺症かもしれないが)、それも落ち着いてきた頃のことである。
ネトワ学園は、一斉討伐演習の時期を迎えていた。
これはスタンピード期が発生するようになってから毎年行われている行事であり、中等部以上の生徒は原則参加。
スタンピード期を控えて魔物の数が増え始めた瘴気の森にて、魔物と戦うことで実戦経験を積むというものである。
といっても実際のところ、学園生が踏み入るのはほんの外周だけ。
更に強力な冒険者の護衛も付き、十数年来の恒例行事だが未だ一人の死者も出てはいない。
もっとも毎年それなりの怪我人は発生しており、安全とも言い難い行事だが。
しかし。
今年の学園生の表情は、いつになく安堵に満ちたものであった。
「さーて、狩るぜー? 狩り尽くすぜー?」
「いや、君は狩らなくてんだよ……というか、君が狩り尽くしたら演習の意味がなくなるだろう……」
なにせコーストというAランク冒険者に加え、Sランク冒険者たるセクレト・エネーヴが同行しているのだから。
なおこれは冒険者ギルドを通じて学園から出された正式な依頼だが、それが冒険者に通達される前になぜかセクレトが受託していてギルド長タームを半笑いにさせたという。
「セクレト様と共に戦えることを光栄に思います!」
「うむ、よきにはからえ」
やや緊張を見せるオリギネットに、セクレトが鷹揚に頷く。
本来公爵家に対してあるまじき平民の態度だが、オリギネット本人が満足げなので周りの目も生暖かいものだ。
それから。
「頑張りましょうね、セーくん!」
「あぁ、打ち上げの準備は俺に任せろ! もう仕込みは済んでるから、いつでも開始出来るぜ!」
「にーちゃんだけ、なんか未来を生きてるよね……」
張り切った家族の表情二つを前にして、ガードが半笑いとなっていた。
◆ ◆ ◆
「せいっ!」
「え~い!」
リースの剣が狼に似た魔物を斬り裂き、サリィの火魔法が猪っぽい魔物を焼いた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
少し離れたところでは、オリギネットが猛烈な勢いで人間大の鼠的な魔物を狩っている。
高等部の演習は、非常に順調であった。
数歩引いたところからポーファが前線を適切に援護しているおかげもあって、ここまで怪我人の一人すらも出ていない。
一方、中等部生徒の本演習における役割は倒した魔物からの素材採取である。
こちらはガードに指揮され、まるで訓練された軍隊のように統率された動きで効率よく素材を集めている。
「くぁ……」
そして、セクレトは緊張感を欠片も感じさせない態度であくびを噛み殺していた。
「気持ちはわからなくもないけれど、少し油断しすぎではないかい?」
隣で、コーストが苦笑を浮かべる。
「別に、油断はしてないっての」
そう反論するセクレトではあったが、その眠たげな目では説得力がなかった。
「んぁ?」
そんなセクレトの瞼が、ピクリと動く。
「なぁ、一応聞くんだけどさ」
そんな風に前置いて、コーストの方に顔を向けた。
「順調すぎた勢いで、俺らいつの間にか森の深部にまで進んじゃってる可能性とかってあると思う?」
「? まだ森に入って半日も経っていないんだよ? 全力疾走したところで、深部の端にすら到達出来ないよ」
セクレトの問いに、コーストは不思議そうな顔で答える。
「なら、今年のスタンピード期が早まってたりは?」
「君、演習前の説明を聞いていなかったのかい? 今年は、むしろ遅めなくらいだって話じゃないか」
今度は、呆れた調子での回答。
「うーん、じゃあさぁ」
未だ眠たげな目で、セクレトは木々に覆われた上空を見上げる。
「外周部にドラゴンが現れるって、どういう状況だと思う?」
「はい? 質問の意味がわから……」
つられたように顔を上げて、一笑に付そうとしたらしきコースト。
「なぁっ!?」
その表情が、固まった。
二人の視線の先。
僅かに垣間見える青空に溶け込むように、紺碧の身体を持った巨大生物が羽ばたいていたせいだろう。
スカイドラゴン。
ドラゴンの中では小型の部類ではあるが、それでも最強生物の名を冠しているのは伊達ではない。
仮にその存在に関する前知識を全く持たない者でも、それと対峙すれば即座に自分の死を確信するに違いない。
その口が大きく開かれ、喉の奥にブレスの光が見えているとなれば尚更である。
実際、セクレトたちにつられて空を見上げた者は幾人かいたが、顔を恐怖に染める以外の行動を取れた者はほとんどいなかった。
「くっ……!」
そんな中で真っ先に動き、必死の形相ながらもきっちり結界を構築したコーストは流石Aランク冒険者といったところか。
「ぐぅっ……!?」
コーストの結界にドラゴンのブレスが衝突し、バリバリバリッ! と結界の軋む音が不気味に響いた。
学園生たちの顔に浮かぶ恐怖の度合いが更に増す。
しかし、幸いにしてブレスが結界を通過するようなことはなかった。
あくまでも今のところは、という注釈は必要かもしれないが。
「セクレトっ! そう長くは保たないぞ!」
「りょーかい」
苦悶の表情を浮かべるコースト相手に、セクレトは軽く頷く。
「はいはーい。皆さん、見ての通り緊急事態でーす」
それからパンパンと手を打って注目を集め、そう告げた。
流石にその目から眠気の残滓は消えていたが、しかしお世辞にも緊張感があるとは言えない表情だ。
しかしセクレトの平素と全く変わらぬ態度が頼もしく見えたのか、他の者たちも幾分落ち着きを取り戻してきたようだ。
未だ強く恐怖の残る目ではあるが、セクレトをじっと見つめてその声に耳を傾けている。
元々この場にいる学園生は、トラブルに対する心構えも事前に教え込まれている。
動揺は強くとも、恐慌にまでは至らなかった。
「というわけで、皆さん避難を開始してくださーい。押さない、駆けない、喋らない。お・か・し、をしっかり意識してー」
やはり緊張感のない声色で、セクレトがそんな指示を飛ばす。
「いけるな?」
次いで、彼の家族に向けてそう尋ねた。
何についてなのかすらも示さない、簡潔すぎる問い。
「もちろんです」
「問題ないよ」
しかしポーファもガードも、しっかりと頷いて返してくる。
この二人も、落ち着き払った余裕のある表情だ。
「みんな、こっちだよ!」
ガードが先頭となって走り出す。
「行ってください! 私達はセクレト・エネーヴの教え子です!」
最年少の少年の先導に戸惑った様子を見せていた一部の生徒たちが、ポーファの言葉に軽く驚きの表情を浮かべた。
次いでそこに納得を浮かべ、更にそれを覚悟を決めたものに変えながらガードを追って走り出す。
既にその存在を知っていた者たちは、ガードが走り出した時点で彼に続いて駆け出していた。
最後に、ポーファが殿に位置取る。
それから、何かしらの意思を込めてチラリとセクレトへと視線を寄越した。
セクレトは、ニッと笑みを向けることで返事とする。
するとポーファは頬を少し紅潮させ、こちらもニコリと笑った。
それっきり前へと向き直ったポーファの背中が、木々の間へと消えていく。
特段、武運を祈り合うようなやり取りはない。
「さーて、久々のドラゴン狩りといきますか」
セクレトの独り言にも、逼迫した雰囲気は微塵もなかった。
「ん? そういや、二ヶ月程前にもやったっけかな……? ひひ、よく考えりゃそう久々でもねーな」
彼らにとっては、この程度は脅威のうちにも入らないのだ。
そう。
この程度の事態で、収まるならば。
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