第15話 公演会は盛況に

 冒険者コーストの協力も得られることとなり、各々が準備に奔走し。


 一ヶ月という時はすぐに過ぎ去って、一同はコンサート当日を迎えることとなった。


「凄いな……満席とは。剣闘の世界大会以外でここが埋まるのなんて、初めて見たよ……」


 コロシアム中央に設置された特設ステージの裏にて、コーストが驚きの表情で観客席を眺めている。


「皆さんの広報活動のおかげです」


 こちらはそう言いながらも、表情は当然とばかりのポーファ。


《皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます》


 現在、舞台の上に立っているのはガードのみだ。

 特段声を張り上げているわけではないが、ポーファの風魔法によって会場の全員に彼の声が届けられている。


「大したものだ。あの年齢で、堂々としている」


 ここでも、コーストが感心の声を上げた。


「ガーくんの肝の太さはちょっとしたものですよ?」


 今度のポーファは、ドヤ顔である。


「ところでコーストさん、準備はいいですか?」


 次いで、その表情を引き締める。


「もちろん、万全さ……だけど」


 一方のコーストは、やや戸惑い混じりであった。


「いいのかい? この、内側からの魔法を防ぐ・・・・・・・・・・結界で」


「はい、問題ありません」


 オーダー通りの結界に、ポーファは軽く頷く。


「しっかり維持しておいてください」


 ポーファが、そう念押ししたのとほぼ同時。


《それでは、早速ですが本日の主役にお越しいただきましょう》


 ガードの言葉に、会場の期待が最大限に高まる。


《セクレト・エネーヴです!》


 そして、爆発した。


 観客の、歓声と。


 それから、ステージ上が。

 物理的に。


「う、ぉ!?」


 結界がビリビリと震え、コーストが慌てた様子で更なる魔力を送る。


「な、なるほどこういうことか……にしても、凄い威力だな……」


 その表情は、納得と驚愕と感心が入り混じったものであった。


「連続でいきます。更に強度を上げてください」


 爆発を演出するために火系統魔法『豪爆』を使った本人、ポーファが冷静に指示する。


 同時にステージ上を覆っていた爆煙が風系統魔法『風舞』で吹き飛ばされ、同じく風系統魔法の『雷乱』によってバチバチと雷光が舞った。


 それから、まるでその光と共に現れたかのように。


《みんな、今日は俺のデビューコンサートに来てくれてありがと~!》


 控えていたセクレトが舞台へと上がった。


『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


 怒号にも似た観客の歓声が、地震のようにコロシアムを揺らす。


「フゥ~! セクレト様フゥ~!」


 その中に混じって絶好調で奇声を上げる公爵家ご令息のことを、そっと見なかったことにしておくポーファである。


「セクレトの奴、ここまでの人気があるのかい……? 最近は目立った活躍も少ないと聞いているのに……」


「当然です」


 戸惑いを見せるコーストに、ポーファはしたり顔で頷いた。


「まぁ声を届けるついでに散布している興奮剤も、ほんの少しくらいは関係しているかもしれませんが」


「お、おぅ……」


 ポツリと付け加えられたポーファの言葉に、コーストが何とも言えない表情となる。


《それでは聞いて下さい! まずは一曲目!》


 舞台上のセクレトが、リュートを構えた。


《俺をヒモにしてくれないか!》


 そんなタイトルコールと共に始まった歌の歌詞は、以下のようものである。



 『俺をヒモにしてくれないか』(作詞・作曲・歌:セクレト・エネーヴ)

  俺をヒモにしてくれないか

  俺をヒモにしてくれないか

  俺を養ってくれないか

  俺は働きたくないんだ

  気が向いたら料理するよ

  たまには掃除だってしようじゃないか

  君の下着も積極的に洗ってあげる

  だから俺を養ってくれないか

  だから遊ぶ金をくれないか

  俺が君のとっての癒やしになるからさ

  俺が君のことを世界で一番愛するからさ

  少なくとも言葉の上ではさ

  だから俺をヒモにしてくれないか

  俺をヒモにしてくれないか

  wow wow ヒモ

  hoo hoo ヒモ

  俺はヒモになりたいんだ

  俺をヒモにしてくれないか



「セーくん……なんて素晴らしい曲なんでしょう……」


 実はこの時までセクレトの歌を聞いたことがなかったポーファが、うっとりとした微笑みを浮かべていた。


「いや確かに美声なのは認めるけれど、歌詞は割と最低なことを言っているような……」


「おや、ご理解いただけませんか?」


 大変に微妙な表情を浮かべているコーストに、ポーファはどこか冷ややかな視線を向ける。


 なおその間にも、光魔法でセクレトを照らしたり木魔法と風魔法の同時使用で花びらを舞わせたりするのも忘れてはいない。


「こんなにも美しい、純愛の歌だというのに」


「純あ……えぇ……? もしかして私たち、とてもよく似ているだけで別の言語で話していたりするのかな……?」


 コーストの困惑が加速する。


「でも、観客も盛り上がってるし……えー……? 私がおかしいのこれ……? いや、観客は興奮剤の影響……?」


 悩ましげにブツブツと呟きながら、しかしこちらもしっかりと結界は維持している辺り彼も流石はAランク冒険者といったところであった。


 その間にも、曲目は進んでいく。


 『俺とヒモと君と』


 『時代はヒモだよ』


 『少年よヒモであれ』


 『ヒモ・ヒモ・ヒモ』


 『だって俺ぁヒモだから』


 etcetcetc……。


 昼過ぎから始まったコンサートは、いつしか夕暮れを越えて夜を迎えていた。

 しかしポーファの光魔法により、会場の視界はクリアに保たれている。


 それもあって、観客の盛り上がりは頂点に達していた。


《みんな、今日はお付き合いありがとう……!》


 汗を拭いながら、舞台上のセクレトがリュートを掻き鳴らす手を止める。


《ここでみんなに一つ、お知らせがあります》


 風魔法で拡散される声に、観客がざわめいた。


《実は俺、セクレト・エネーヴは……》


 そこで少し間を開けるセクレトに、会場全体が息を呑む。


 そして。


《今日を以って、吟遊詩人を引退します!》


『今日がデビューコンサートなのに!?』


 会場の心が、一つになった瞬間であった。




   ◆   ◆   ◆




 実際、翌日以降にセクレトが人前でリュートを手に取ることは二度となく。


 これまで通りに冒険者として適当に活動するその姿は、街の人々を等しく半笑いにさせたという。

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