第12話 準備はやたらと順調に

 セクレトが吟遊詩人になるとの宣言をした、その日の晩。

 エネーヴ家の面々が、差し当たり本日の成果を報告し合うことになった場でのことである。


「ちょうど一ヶ月後、中央コロシアムを押さえました」


「ぶっ……!?」


 開口一番ドヤ顔で言い放ったポーファに、ガードは口に含みかけていた水を吹き出した。


「どんだけデカいハコ取ってんの……?」


 中央コロシアムとは、ネトワ王国で最大の……そして世界でも有数の観客収容数を誇る施設である。

 その規模はといえば、王都の人口の半分近くを収容出来る程。


 元は、年に一度の剣闘世界大会のために建造されたものだった。

 各国の強者共が覇を競う世界大会では観客も世界中から集まるのだから、これでもまだ足りないくらいである。


 もっとも、年間通して満員になるのはその時くらい。

 あとは、半分埋まれば大盛況の部類だ。


 何かしらのイベントに使われることもないではないが、基本的には常時開催の剣闘試合が行われていることがほとんどである。


「てか、よくこんなことのために取れたね……」


 まだ驚き冷めやらぬ様子で、ガードが呟く。


「セクレト・エネーヴのために日程を開けてください、って言ったら喜んで調整してくれましたよ?」


 ニコリと、ポーファは女神の如き優しげな笑みを浮かべた。


「それ、使用目的についてはちゃんと言ったの……? にーちゃんが、真面目な講演かなんか開くと思われてない……?」


「セクレト・エネーヴのために日程を空けてください、って言ったら喜んで調整してくれましたよ?」


 半ば確信の響きを伴ったガードの問いかけに、全く同じ回答が返る。

 女神の笑顔も、微塵も揺るがない。


「……まぁ、確認しなかったのは向こうの落ち度ではあるかな」


 ガードは、自分に言い聞かせるように呟いて半笑いを浮かべる。


「しかし、まさか中央コロシアムとは……僕、せいぜいクラスの子に声かける程度しかしてないよ……」


 次いで、やや遠い目となった。


「ふふ、放っておくとガーくんはすぐ適当に流そうとしますからね。お姉ちゃん、ちょっと追い込んじゃいました」


「はぁ……」


 姉の笑顔に、重い重い溜息を吐く。


「まぁ、もう取っちゃったもんは仕方ないか……コロシアムの人に迷惑かけるわけにもいかないし……」


 その目が、キッと真剣味を帯びた。


「いっちょ、本気でいこうか」


「その意気です、ガーくん! 私も、全力で運営しますからね!」


 そんな風に、姉弟が意気込む傍ら。


「おー、頑張れ二人とも~」


 当の演者本人は、気楽げにベベンとリュートを掻き鳴らすのみであった。




   ◆   ◆   ◆




 翌日、ネトワ学園の教室にて。


「ポーファ殿!」


「これは、フォメート様。おはようございます」


 当たり前のように他クラスへと駆け込んできたオリギネットに、ポーファは深く頭を下げる。


「おはよう! 聞いたよ、セクレト様のこと! コンサートだって!?」


 挨拶もそこそこに、オリギネットは興奮した様子で捲し立てた。


「嗚呼、その日が楽しみだ! これほど何かを待ち遠しいと感じるのは、セクレト様の活躍を描いた演劇のチケットを初めて取って貰った時以来だよ! まして、今度は本人だからね! あの時の何倍も楽しみだ!」


 まるで恋する乙女のように、オリギネットは目をキラキラと輝かせる。


「何か僕に出来ることがあれば言ってくれたまえ! 何でも協力しよう!」


「そうですねぇ……」


 考える仕草を取るポーファではあるが、その実既に腹積もりは定まっていた。


「あぁ、そうだ。では、よろしければ貴族の皆様にもこの事をお知らせいただけませんか? どうしても、その方面には繋がりが薄くて……」


 内心のしたり顔を微塵も外には出さず、いかにも今思いつきましたとばかりに提案する。


「任せたまえよ!」


 オリギネットは自信満々の表情で己の胸をドンと叩いた。


「ちょうど近々、大規模な夜会があるんだ。そこで喧伝しよう。ふむ、しかし僕一人では限界があるな……先に根回ししておく必要があるか……」


 かと思えば一転真剣な顔となり、ブツブツとそんな独り言を漏らす。


「そう考えると時間がないな……すまないが、今日はこれで失礼するよ!」


 そのままスチャッと手を上げて、オリギネットは背を向けた。


「はい。よろしくお願いしますね」


 再び、ポーファは深く頭を下げる。

 振り返ることなく、オリギネットは軽く手を振ることで背中越しに応えた。


「ねぇねぇ、私たちにも出来ることないかな?」


「私たちも~、楽しみにしてるんだ~」


 オリギネットと入れ替わる形で、次はリースとサリィが寄ってくる。


「では、お二人にも宣伝を」


 今度はあっさりと、ポーファは二人にそうお願いした。


「わかったよ~」


「公爵家とウチらじゃ、また交流する層が違うしね」


 サリィがほんわりと頷き、リースが肩をすくめる。


「にしても皆さん、随分とお耳が早いですね?」


 そう言って、ポーファは軽く首を傾けた。


「まぁそりゃ、あんだけ派手にやってりゃね」


 リースが、苦笑気味に窓の外へと目を向ける。


『よろしくお願いしま~す!』


『セクレト・エネーヴ単独コンサート! 一ヶ月後に中央アリーナでーす!』


『伝説のSランク冒険者の歌声が聞けるのはこのコンサートだけ!』


『あの武勇伝にこの逸話、本人の口から聞けるチャンスかも!?』


『当日は、本人による剣舞も予定されていま~す!』


『さる筋からの情報によると、楽器の腕だって剣に匹敵するというお話だとか!』


『既にその歌に魅了されている女性もいるそうです!』


『新たな伝説が生まれる瞬間に、是非立ち会いましょう!』


『今度の伝説を広めるのは、貴方自身です!』


 そんな、幼くも元気な声が教室に届いてきていた。


 中等部の生徒たちだ。

 男女の比率は、ほぼ半々。


「なるほど、ガード親衛隊の皆さんのおかげですか。流石、良い働きをしてくれますね」


 納得顔でポーファが頷くと、二人の頭の上に疑問符が浮かぶ。


「親衛隊~?」


 サリィがポワンと首をかしげた。


「ガーくんの取り巻……コホン。お友達の皆さんですよ。ガーくんに心酔しているので、大抵のお願いなら聞いてくれます。ちなみにガード親衛隊というのはメンバーの皆さんが勝手に名乗っている名称で、ガーくん本人に言うと嫌がられるので注意です」


「心酔って……ガードくんも、こないだ入学したばっかだよね……?」


 リースが、割と引き気味の表情で問う。


「ガーくんに人を誑させたら、ちょっとしたものですよ?」


 ポーファがドヤ顔で返すと、リースの引き具合が加速した。


「にしても~、よく校内で宣伝する許可なんて降りたね~?」


 こちらは特に感じ入るところもなさそうな表情で、ふとサリィがそんな疑問を口にする。


「は、はは……そういやそうだね。先生の弱みでも握ったとか?」


 未だ若干頬を引き攣らせつつも、冗談めかした調子で言葉を重ねるリース。


「おや、よくご存知ですね?」


 しかしポーファがそんな風に返すと、その表情が固まった。


「でも~? 先生の弱みくらいでどうにかなるかな~? どこかの学年の主任先生を狙ったとか~? それともまさか~、学園長狙いで~?」


 一方、やはり気にした風もなくサリィが疑問を並べていく。


「全員です」


 それに対するポーファの回答は、実に簡潔なものであった。


「なるほど~、それなら確実だね~」


 納得の表情で、サリィがうんうんと頷く。


「……いやいやいやいや」


 そこで、ようやくリースが再起動した。


「簡単に言うけど、そんなこと可能なの……?」


 その表情は、半信半疑……というか、九割方疑っている様子である。


「浮気の証拠、密かにしたためているポエム、過去の恥ずかしいエピソード、などなど。弱みが全くない人間の方が希少ですから」


「いや、そういうこっちゃなくて」


 ブンブンと、リースが手を横に振った。


「一応学園の先生たちって、各分野でそれなりに名前を売った人たちなんだし……そんな隙ないと思うんだけど……」


 言ってから、「あー、でも」も何か思いついた表情に。


「セクレト様なら、あるいは……」


「いえ、弱みを掴んだのもガーくんですよ?」


「ホント何者なのガードくん!?」


 頭を抱えてリースが叫んだ。


「私の弟で、ガーくんの教え子でもあります」


 ポーファは涼しい顔でそう返す。


「う、むぅ……そう言われると、妙な説得力が……」


 リースの表情が悩ましげなものとなった。


 後に、リースはこの時の心境をこう語る。

 この一家を敵に回すと、マジでやべぇ……と。


「ちなみにいくつかの不正も見つかったようで、学園長にはむしろ感謝されたそうです」


「……その時の、学園長の表情は?」


「引き攣り気味の半笑いだったとか」


「あぁ……」


 リースの表情が、恐らくはその時の学園長と酷似しているだろうものとなった。

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