第16話 新しい算数ドリル


 今日の授業が始まった。

 一時間目、二時間目と過ぎていき、いつのまにか、給食も終わってしまった。

 何を食べたのか覚えていない。

 それくらい、一日中もやもやしっぱなしだった。


 もやもやしたまま、下校した。

 いつもより人通りがすくないのは、当たり前か。

 おれたち四年二組だけが、下校してるんだからな。



「ただいまぁ」


「おかえり、志音。学級閉鎖だって? 学校からメールが来てびっくりしたよ」


「うん」



 家に帰ってくると、五朗のおじさんが玄関で出迎えてくれた。



「手を洗ってうがいしておいで。体調不良にならないようにしないとね」


「うん」



 おれは双子の部屋にランドセルを置いて、洗面所で手を洗い、うがいをした。



「どうした? めずらしく難しい顔をして」


「うん」



 リビングダイニングルーム入り、先にソファに座っていた五朗のおじさんの横へ座る。



「眉間にしわが寄ってる。神木イケメン遺伝子が台無しだよー」



 おれのしわを伸ばそうと、眉間を指でぐいぐい押してきた。



「痛いって!」


「やっとこっちを見た」


「え?」



 きょとんとしたおれに、五朗のおじさんは眉をハの字にしてこちらを見ていた。



「気づいてなかったか。さっきから生返事だし、視線も合わない。どうした、学校で何かあった?」


「何かって……学級閉鎖になった」


「そうだね。どうして学級閉鎖になったの?」


「クラスの半分以上が、体調不良で休んだから」


「それで? 何か気になることがある?」


「うん。おれはなんかヘンだと思う」



 そう、ヘンなんだ。

 おれのもやもやの正体は、今の状況が変だと感じているからだ。



「昨日までは、みんな元気に学校へ来てたんだ。それが今日、急にみんなが一斉に休んだ。なんかヘンだろ?」


「そうだね。その前に変わった出来事はなかった?」


「変わった出来事?」


「そう」


「三日前だけど、新しい算数ドリルが配られた」


「新しい算数ドリル?」


「うん。算数ドリルがないだろ? その代わりに、新しい算数ドリルが配られたんだ」


「ロボチップはあったりする?」


「おれ、今回はちゃんと調べた。ロボチップがないことは確認済だよ」


「そっか。じゃあ、原因はロボチップじゃないということか。そのドリル持ってる?」


「うん」


「調べてみようか」



 おれは部屋に戻ってドリルを取りに行き、五朗のおじさんの部屋に入った。

 五朗のおじさんの部屋は、仕事場兼寝室になっている。

 デスクに先に座っていた五朗のおじさんに、ドリルを渡した。



「これだよ、新しい算数ドリル」


「ありがと。ふむ……確かに、ロボチップは仕掛けられてなさそうだね」



 五朗のおじさんがページをめくりながら、すばやくチェックする。



「これと言って、あやしいところは見当たらないけど……解析してみようか」


「うん」



 五朗のおじさんは、ドリルをスキャン装置に入れた。

 立方体の形をしているスキャン装置は、『何があるのか』を調べられる装置だ。

 今回で言えば、ドリルの原材料がわかったり、どんな問題が何問あるのかがわかるんだ。

 これも母さんが作った発明品の一つなんだ。



「へぇ、厄介なことしてくれてんね」



 五朗のおじさんがぽつりと言った。



「なになに?」


「見てごらん。この部分なんだけど」



 五朗のおじさんがモニターを指さした。そこにあるのは、新しい算数ドリルの画像。

 ドリルは計算式や数字が赤く光っていた。



「おじさん、なんでここが赤く光ってんの?」


「赤く光っている部分はね、ロボチップと同じようなものがプログラムされてるんだ」


「ロボチップと同じ!? それって、ロボチップはなくても、子どもがロボット化しちゃうってこと!?」


「そうだよ。新しいコントロールシステムを開発しているのかもね」


「ええーっ、マジかよ!?」



 ロボチップ以外のものがでてくるなんて、ヤバすぎじゃん!

 五朗のおじさんの言葉に、おれは顔を青くした。



「このプログラムは、問題を解けば解くほど、脳に刺激が与えられるようになってるみたいだね」


「解けば解くほど!?」


「そう。ただ、これだけじゃなくて、定期的に算数のテストを受けることで、早くロボット化させることができる。ドリルとテストは、二つで一つってわけだ」


「テストか。確かに、二週間後にテストをするって言われた」


「誰に言われたの?」


「教頭先生。だって、その新しい算数ドリルも、教頭先生が持ってきたんだ」



「ふーん。教頭先生ね。教育委員会を通じて、一部の小学校に配布しているのかもしれない。EDENは政府中枢ともつながっているからね」


「じゃあ、教頭先生はこれが何か、知ってるかもしれないってこと?」





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