第10話 双子、ケンカする。


「は?」


「コツさえつかめれば、なんでも解けるんだろ?」


「なんでもなわけねーだろ」


「怜音はラクしてるよーなもんだよな」


「志音くん……?」



 夢人が戸惑っているけど、おれは止まれない。

 怜音の声が低くなった。



「ラクなんかしてねーよ。オレはコツをつかもうと工夫してんだよ。いつも宿題をテキトーに終わらせてラクしてんのは、志音だろ!?」


「ラクなんかしてないし! おれはいつも一生懸命やってる。いつも真剣にわかんないことに悩んでるんだ!」


「悩む前に聞けよ! そんなことしてるから、いつも低い点数取るんだろ! 母さんが泣くぞ!」


「怜音はいいよな。同じ双子でも、母さんに似てるから算数が得意で! ずるいよな!」



 母さんの話を出してくるなんて卑怯だ。

 おれがぎっとにらむと、負けじとにらみ返してきた。



「し、志音くんも怜音くんも、落ち着いて……」


「ど~お? 三人とも勉強は終わった? そろそろおやつにしようかって……アレ?」



 能天気にこの部屋に入ってきた五朗のおじさんが、目をぱちくりさせた。



「どうした? この空気悪い感じ……?」


「えっと、その……」



 あわあわしながら答えている夢人に、おれは声をかけていた。



「おじさん、宿題終わったよ。夢人、送っていくよ」



 おれはすくっと立ち上がった。

 五朗のおじさんのそばをすっと抜けて、玄関へむかう。

 夢人が戸惑いながらついてきてくれた。

 それを悪いと思ったけど……。

 こんな家に、いたくなかった。


 自宅直通のエレベーターに乗った後、マンションのエントランスを出て、夢人の家にむかって歩く。

 夕日がきれいな時間帯で、周りを赤く照らしていた。

 無言で歩いていると、おずおずと夢人が話しかけてきた。



「志音くん、今日はありがとう。宿題終わったし、わかったこともいっぱいあったよ」


「……おう、よかったな」


「あのさ……ケンカさせちゃったの、ぼく、だよね。ぼくが家に行かなかったら……」



 半歩だけ後ろを歩く夢人が、ぽつりと言った。



「……ちがう、夢人のせいじゃない。おれらはよくケンカしてるから、気にすんなよ」



 ごめんな、と言うと、夢人がさびしそうに笑った。



「ぼく、双子のきみたちに憧れてるんだよ」


「あ、憧れてる……? おれたちに?」


「うん。アツい志音くんとクールな怜音くん。二人がいれば最強だよね」



 そんなことは言われたことがなくて、おれはぶわわと顔が熱くなった。



「だから、二人がケンカしてるのはかなしい。だから、仲直りしてほしいんだ」



 夢人にじっと見られて、落ち着かなくなる。

 でも、友達に言われたら仕方ない。

 しぶしぶだけど……おれはこくりとうなずいた。



「ただいま」


「おかえり、志音。遅かったね」



 家に帰りたくなくて、ゆっくり時間をかけて帰ってきた。

 どうせ誰もおれにかまうわけない。

 そう思っていたんだけど、玄関を開けたら、五朗のおじさんがいた。



「……なんか用?」


「ちょっとおいで。話があるんだ」



 むすっとしているおれの表情に、五朗のおじさんは困ったような笑みを浮かべた。

 リビングダイニングルームへ歩き出した。おれは黙ってついていく。



「やっと帰ってきたのかよ、志音」



 おれの姿を見たとたん、怜音がずいっとよってきた。



「お前、コレ見ろ」


「ぷはっ。あぶないな、なんだよ!?」



 いきなりおれの顔面に、何かを突き出してきた。

 それをひったくって見たら、おれの算数ドリルだった。



「おれのドリルがなんだよ?」


「志音、お前、気づかなかったのかよ?」


「何が?」


「やっぱり気づいてないんだな。それ、ロボチップがつけられてるぞ」


「え!? そんなハズは……」



 ドリルをくまなく見ながら、あわててページをめくる。

 ロボチップは小さい。

 よくよく見ないと分からない。

 隅から隅までロボチップを探していると……あった!

 一番後ろのページにくっついていた。



「う、うそだろ……なんで……」


「俺たちもさっき気がついたんだけどね。志音、これを使い続けていたら『ロボット』になって、手遅れになっていたかもしれないよ」



 五朗のおじさんの言葉に、背中がゾッとした。



「ご、ごめんなさい。でも、なんでおれのドリルに……怜音のドリルには?」


「オレのドリルにはない」


「EDENの目的はわからないけれど、どうやらロボチップがあるのは、四年二組のドリルだけのようだね」


「おれのクラスだけ……」


「志音のクラスなんだから、お前が早く気づくべきだっただろ。お前、クラスのみんなを危険にさらし続けていたんだぞ」



 怜音のきつい指摘に、思わずくちびるをかんだ。

 ジュニアスパイとして、やっちゃいけないミスだ。

 夢人たちクラスのみんなが影響を受けて、少しずつ『ロボット』に近づいている。

 おれのせいだ。どうしよう、なんとかしなきゃ。



「志音、怜音。お前たちにミッションだ。四年二組の算数ドリルを全て回収すること。いいね?」


「了解」



 おじさん、もとい、CREOの監督官・神木五朗から指令がでた。

 ミッション遂行は絶対だ。



「志音、このドリルが全部集まるタイミングはある?」


「えっと……いつも、金曜日にドリルを提出するんだ。先生がドリルをチェックするから」


「そう。じゃあ、ミッションの遂行は金曜日の夜だね。場所はわかる?」


「たぶん職員室だと思うけど……。あ、でも広瀬先生のことだから教室かも……」


「どっちなんだよ」


「そんなのわかんないよ」


「それくらいいつも観察しとけよ。ポンコツかよ」



 怜音の言い方にカチンときたけど、言い返せない。

 今回はあきらかにおれが悪い。とにかく早くロボチップを破壊しないと。

 おれはぐっと拳を握りしめた。



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