第9話 見返し大作戦


「高野、入れよ」


「お、お邪魔します……」



 次の日の放課後、おれは高野を家に呼んだ。今日は一緒に勉強するって約束したんだ。



「す、すごいところに住んでるんだね……」



 緊張している高野だったけど、玄関に入るなり驚いて、キョロキョロと周りを見回した。

 たははー、やっぱそういう反応になるよな。



「おれも驚いたからすげーわかる」


「やあ、いらっしゃい!」



 突然、朗らかな声が響いた。



「双子が友達をつれてくるなんて、初めてだね!」



 五朗のおじさんが、テンション高くやってきた。

 うわっ、メンドクセー!

 部屋にこもって、仕事をしていたはずなのにっ。

 しかも、今日はスウェット姿じゃなくて、白いシャツにデニムのズボン。

 イケメンに磨きがかかる、爽やかな格好をしてる!



「は、はじめまして。高野夢人です!」



 緊張感がマックスになった高野が、あわあわしながらおじぎをした。



「挨拶ができてえらいねー! はじめまして。双子の伯父の神木五朗です。二人の学校での様子はどうかな? お友達は百人くらいできてる? 勉強は……」



 五朗のおじさんのマシンガントークが始まった。

 げげっ! やめろ、恥ずかしいっ。

 今時、友達百人なんてありえねー!



「もーいいよ、おじさん! 恥ずかしいから仕事してて!」


「はいはい。もー、恥ずかしがっちゃってー」



 五朗のおじさんの背中をぐいぐい押して、おじさんの自室へつっこむ。

 ぱたんと勢いよく扉を閉じてやる。でも、



「あとで、おやつに作っておいたアップルパイを出してあげるねー」



 と声をかけてきた。うれしいけども!

 五朗のおじさんはこういったイベントごとを、全力で楽しむタイプだ。

 でも、五朗のおじさんは関係ないからね!



「楽しいおじさんだね。いいなー」


「えー……おじさんの相手、けっこう大変だよ」



 話しながら、リビングダイニングルームへ高野をつれて行った。

 そこには、先に宿題を始めていた怜音いる。

 怜音がこっちに気づいて手を上げた。



「おかえり、志音。いらっしゃい、高野」


「こ、こんにちは。今日はよろしくお願いしますっ」



 びくびくしながら高野が言った。

 怜音がきょとんとする。



「なんで敬語?」


「え……あの、なんとなく……。今日は『先生』だし……」


「怜音が先生! ウケる! そんなに固くならなくていいよ、高野。怜音だしな!」


「お前、教えてもらう側だろーが。ま、でも先生ってガラじゃねーし。気にしなくていいぞ」


「で、でも、神木くん……」


「「うん?」」



 と、怜音と二人で思わず返事をする。



「あ! そうか二人とも神木くんだね」


「おっと、そうだな」


「こういう時はややこしいな」


「おれは志音で、怜音は怜音で。おれたちも高野のことは、夢人って呼ぶよ」


「それでいいんじゃね?」



 にしし、とおれたち双子が笑った。

 すると、やっと高野……じゃなくて、夢人が肩の力を抜いた。



「わかった。志音くん、怜音くん、よろしくね」


「おう」


「んじゃあ、さっさと始めよう。お前ら宿題の算数ドリルだせよ」



 怜音の掛け声で、おれと夢人はダイニングテーブルの席に着き、算数ドリルを広げた。



「で、どこがわかんないんだよ?」



 怜音が算数ドリルをのぞきこんだ。

 夢人がわからない場所を指さしていく。



「えっと……ここと、ここ……」


「おれはプラス、ここと、ここも!」


「おい、志音の方が多いな」



 えへへ、とてへぺろしてたら、怜音にデコピンされた。



「いてーなっ」


「夢人、こいつホントに大丈夫? ちゃんと教室で勉強してんの?」


「えっと……」


「やってる、やってる!」


「どうせ興味のねー授業は、集中してねーだろ」



 おれの主張は、すぐに却下された。



「双子ってそんなことまでわかるの?」


「いや、コイツの場合は単純だから、双子は関係ねーよ」


「単純じゃないし!」


「じゃあ、単細胞」


「なんだって!?」



 いっつも一言多いんだよ、怜音は。

 おれがさらにかみつこうとするけど、怜音にまたデコピンされた。

 だから痛いって!



「時間もねーし、とっととやっていくぞ」


 会話をぶったぎった怜音は、おれと夢人に算数ドリルを使って教え始めた。



「ここに数字を入れて……ここは繰り上げて……」



 ほうほう、なるほど……そうなんだ。

 こんなコツがあるなんて知らなかったな……。


 おれはいつもわからない問題があると、うんうんとうなって、時間がかかってしまう。

 でも、結局わからないから、何にも書かずに宿題を出しちゃったりする。


 怜音はなんでこんなコツを知ってんだよ。

 なんか……不公平だ。



「怜音くん、すごい! こんなコツがあったんだね!」



 わからなかった問題のコツに、夢人が感動した。



「まあな。ほかの問題も解いてみろよ」



 やる気にスイッチが入った夢人が、問題をすいすい解いていく。

 夢人は学校にいるときは、こんなに早く問題を解いていない。

 コツがわかったからって、なんでそんなに早く解けるんだよ。


 怜音のおかげか。

 ……なんか、もやもやする。



「怜音くん、宿題終わったよ!」


「お疲れ、夢人」



 おれが半分ほど宿題を済んだところで、夢人は全部終わっていた。



「最初にコツを教えてもらったから、すいすい解けたよ」


「それはよかった」


「怜音くん、ありがとう!」


「どういたしまして」



 夢人がにこにこ笑顔でお礼を言うと、めずらしく怜音が照れた表情を見せた。



「ぼく、あっという間に宿題ができたのって初めてだ!」


「これからは早く終わるんじゃねーの」



 おれ、結局夢人の役に立たなかったな。

 ……協力するって決めてたのに。

 怜音にお願いしたのはおれなんだけど……、

 面白く、ないな。



「怜音くん、ホントに算数が得意なんだね!」


「コツがわかればなんとかなるって」



 怜音をほめる夢人の声に、イライラする。

 どうせ、おれは算数が苦手だよ。



「それに教え方も上手だね!」


「そんなことねーよ」



 怜音は素直じゃないから茶化すけど、まんざらでもない表情をしていた。

 なんかそういうヨユーのあるような態度、すげームカつく。



「怜音くんのおかげで、次のテストでいい点が取れそう!」


「手島を見返してやれよな」


「うん。ぼく、がんばるよ!」


「いいよなー、コツがつかめるヤツは」



 気がついたら声が出ていた。

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