無能力少女はトップアイドルを目指す!
藤田朱音
第1話 平和な世界とアイドル戦国時代
アイドル
人気のある若いタレント。
▷idol (本来は偶像の意)
出典:Oxford Languages
世はアイドル戦国時代。
魔族、獣人、エルフ……様々な種族が領土をかけて戦をしていたのは過去の話。彼らが手を取り合った世界はとても平和になっていた。平和になった世界では何が起きるかというと、第三次産業が盛んになる。この世界も例外ではない。文化は花開き、サービス業は発展し、教育制度は整えられていった。
そして、アイドルという文化もそれは例外ではなかった。魔法を使った類稀なるパフォーマンス、高い身体能力から繰り出される力強いダンス、美声による聞き惚れてしまうような歌声。
第三次産業の発展によってたくさん生まれた芸能プロダクションは各々人材(魔族や獣人、エルフもここは一括りで「人材」と表記させていただく)の確保に力を入れ、特色のあるグループを組み、売れるグループを作ろうとスカウトやオーディションを開催している。
俺の勤め先であるプロダクションも例外ではなく、近々開催する最大規模オーディションのために有能な人材をスカウトするため俺は各地を飛び回る日々を送っている。
送っている……のだが。
「はぁ……」
今日も収穫は無いのであった。そりゃそうだ。
「きっと全国にまだまだ埋もれている宝はあるはずよ!」
「はぁ……」
「ということでペーレ!貴方、ちょっとスカウトに行ってきなさい!」
「はぁ!?」
「いい子が見つかったら夏のボーナス1.5倍」
「謹んで行ってまいります」
ボーナス1.5倍に目が眩み社長に安請け合いしたことを俺は今になって後悔し始めているのであった。
「……来てみたはいいものの誰もいないな……」
半ば自棄になった俺が訪れたのは大きくもなく小さくもない街のギルド。スカウトをするにあたりいい人材がいないかと俺が目を付けたのが冒険者ギルドであった。平和になった今の世の中でも魔物は定期的に表れるしダンジョンを攻略して生計を立てている冒険者も多々いる。考古学者たちが訪れることなどもあるため、魔物からの護衛を引き受けたり道中の喋り相手になったりとギルドに寄せられる仕事がなくなることはない。ギルドに登録している冒険者は身体能力や魔術能力に秀でていることが多く、そこに目を付けたのだ。ただ、俺の見通しは甘かった。まず、大きなギルドでスカウトを始めたが気になる人材がいても既に名のあるパーティのメンバーであることが殆どだった。そうなると声をかけたとしてもアイドルになるためにパーティーを抜ける選択をする人は誰一人としていなかった。ソロで活動している冒険者もいたが、大きなギルドでソロで活動できるだけの冒険者となるとそれなりに……いや、かなり稼いでいる。芸能活動に興味はありませんかと尋ねたところで今の生活の方が稼げるし、と一蹴されたのであった。そのような状況が続き、俺の心は折れかけていた。
「……帰るか」
このままここにいても収穫は何もないだろう。ギルドを巡ってスカウトを続けるのはもう限界かもしれない。方法を新たに考えるかそれとも全く別の角度から……などと考え込んでいた俺はいつの間にかふらふらと街の外に出ていたらしい。気付けば石造りのダンジョンの入り口が目の前にあった。この辺はダンジョンが多いんだっけか、だからギルドも設置されているんだよな……とぼうっとしていると入り口から何かがこちらに向かってきた。……骸骨だ。鎧を着た。……結構まずい状況かもしれない。俺は人族だ。簡単な魔法は使えるが戦うことはできず、それ故に事務能力や営業能力があれば働ける今の仕事を選んだと言っても良い。だからダンジョンの入り口から出てきた魔物と戦闘なんて出来ないし、普段なら一人でダンジョンの近くまで来ようとは思わない。そもそもダンジョンの入り口から魔物が出てくるレアケースに遭遇してしまうことも滅多にないはずで。骸骨が剣を振り上げ俺に向かってくる。腰が抜けて動けない。こんなところで死んでしまうのか?これで終わりなのか?走馬灯が頭を過る。嫌だ、死にたくない……そう思った時、奇跡は起きた。
「危ないっ!!」
凛とした声が響く。銀色の光が一閃したかと思うと、骸骨の頭がぽとりと落ちていた。
「お兄さん、怪我とかない?大丈夫?」
「だ、大丈夫、です」
「今このダンジョン結界壊れちゃっててさ、入り口から魔物が出てくることあるんだよ。街の人みんな家から出ないようにしてるか避難してるかだからさ、人がいて焦っちゃった」
でも間に合って良かったよー!と快活に笑う少女は相当な腕前なのだろう。はぐれ魔物の首を一撃で落として見せ、尚且つ息ひとつ上がっていない。
「お兄さん、街の人じゃないよね?用事あるなら送っていくよ?」
「あ、はい、……えっと」
何と言ったものか。命の恩人である少女を前にして俺は言葉に詰まっていた。用事があると言えばあったのだが、この街の状況を聞くにここで活動を続けるのは難しいだろう。実際に俺もこの子がいなかったら命を落としていた。事情を話して近隣の街まで送り届けてもらえばいい。けれども、だけれども。俺のカンが告げていた。この子を逃してはならないと。
「用事は、今できました」
「え?」
キョトンとする彼女に名刺を取り出して渡す。
「
「え、ええ!?」
少女は呆気に取られていたようだったが俺の言葉を聞いて真剣な顔になり、こくこくと頷いて名刺を受け取ってくれた。
「モナミ・サンフィールドと言います。……ものすごく、興味あります!」
そう言って大輪の花のように笑ったのだった。
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