46話・王太后陛下からの突然の提案


 わたしはこの世界で長距離の移動には、主に馬車が使われていると聞いていたので、通信機器もそんなに発達していないのだろうと思っていたが、そうでもなかった。




 魔道具の鏡というのが存在していて、これは相手の姿を見ながら会話出来る優れものだった。それが王宮や各貴族の当主の下に一台は置いてあるらしい。地方に住む貴族達は、何かあった時に王宮にすぐ駆けつける事が出来ない。緊急の知らせなどは、魔道具を通して王宮から伝達が入るらしかった。


 それを使ってヴィオラ夫人は、連絡したに違いなかった。王太后陛下は自分の手元を見てポツリと呟いた。






「あの子、心配なんてするかしら?」




「王太后陛下?」




「年月が過ぎるのなんてあっという間ね。この国に嫁いで来た日の事は昨日の事のように思い出せるのに。おお、嫌だ。あまり年は取りたくないものだわ」






 顔を上げたベネベッタ王太后陛下の握りしめた両手の指は細く、節々が目立って見えた。この国の王太后陛下という立場から、大事にされているはずの御方の顔色は、病的なほど青白く感じられて冴えない。


 王太后陛下と同世代と思われるヴィオラ夫人の方が、よほど健康的に見えた。






「そう言えば、あなたはどなたかしら?」




「こちらはミュゲさんです。訳あって彼女は私が預かっております」




「そう」






 ベネベッタはその場に置物のように大人しく存在しているわたしに気がついたようだ。なんと答えるべきかと思ったら、ヴィオラ夫人によって簡単に紹介が終わっていた。


 わたしに関心が無いのか、ヴィオラ夫人を信用しているせいなのか分からないが、わたしに対する誰から預かっているのかとか、どこから来たのかと言う追求がないだけ助かった。聞かれたら答えようが無い。




 異世界から来ました。だなんて本当のことを言ってしまっていいものなのか。王太后陛下はフィルマンのことを良く思って無いはずだし、彼の弱点となるわたしの素性を明かしてしまったのなら、彼の身が危うくなりそうで気が抜けない。






「王太后陛下。王宮からの迎えが来るまで、こちらに滞在なさると宜しいですわ」




「それは有り難いわ。離宮にいると暇で、暇で仕方がないのよ。そうだわ。あなた、ミュゲさんと言ったかしら?」




「はい」




「あなた、わたしのお話、相手をしてくださらない?」




「あの……。畏まりました」




 王太后陛下からの突然の提案に、驚いて思わず隣のヴィオラ夫人を窺うと、頷かれたので了承した。




「わたくし、あなたのような若い子とお話がしてみたかったの」






 目をキラキラと輝かせるベネベッタ王太后陛下は、子供のようにあどけなかった。そこにはゲームで知り得た彼女の情報を疑うくらいに、純真さが感じられた。そこに含むものはないようにみえるものの、突然降って湧いた話に戸惑いしか覚えなかった。




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