40話・害虫駆除


「……で、どうする?」


 一拍の間を開けて、庭師に問いかけられ、彼女は言った。


「もうお姫さまなんて望まない。孤児院に帰る」


「そっか」


「反対しないの?」


「おまえが望むのなら、それで良いんじゃないか」


 命の保証はしないがな。と、庭師が呟いたが、彼女には聞こえていなかった。


「良かった。お兄ちゃんに反対されたらどうしようと思っていた。お兄ちゃん、あの人に怒られない?」


 彼女はこの「自称サクラ」の仕事を、この庭師経由である人物から依頼されていた。


「いや、失敗したら俺がその尻を拭えばいい話だ」


「お兄ちゃん。本当に大丈夫?」


「大丈夫だ。俺自身に何か危害が与えられることはないから。害虫駆除は今に始まったことじゃないし」


 彼女も依頼人には逆らわない方が良いと、感じ取れる何かはあったようだ。自分が依頼を途中で降りることで、庭師に迷惑がかからないかと心配していた。


「兎に角、おまえが降りるなら雇い主には伝えておく。それで構わないんだな?」


 念押しするように庭師が訊ねる。彼女は大きく頭を縦に振った。


「うん。明日にもここから出るつもり」


「そっか。出るときには身元バレするようなものは残しておくなよ」


「分かっている。大丈夫だよ。身一つでここに来たからここでは、誰もあたしがどこから来たか分からないよ」


 彼女は「はあ」と、ため息を漏らした。


「お腹空いたなぁ。ここでの食事は食べた気がしないしさ」


「これでも食べるか?」


 庭師から紙に包まれたものを渡される。中身は彼女のいた孤児院でよくおやつに出されていたクッキー3枚。


「懐かしい。いいの?」


「全部、おまえにやる」


「ラッキー」


 彼女は躊躇いもなく口にした。そして少しだけ顔を歪める。


「何か、味変わった?」


「今度、バーザーで出すハーブ味だそうだ」


「そう? 美味しかったけど。あたしは前の味の方が良かったなぁ」


 感想を漏らした彼女をその場において、庭師は背を向けた。彼女は追いすがるように声をかけた。


「帰るの?」


「ああ。俺の仕事は終わったからな」


「また、来る?」


「それはどうかなぁ? ここでの仕事があればまた来るさ」


 それだけ言うと、速やかに庭師は立ち去り、その数分後、どさりと音を立て彼女は地面の上に転がり落ちた。

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