39話・お貴族さまって面倒ね


「お兄ちゃん。会いに来てくれたの?」


「あれからどうだ?」


「全然、フィルマンさまと接点がもてないの。どうしてかな? あたしってそんなに魅力ない?」



 ペアーフィールドのお屋敷に客人として滞在し続ける自称サクラは、庭のベンチに腰掛けながら、目の前で作業をする年若い庭師に声をかけていた。庭師は麦わら帽子を深々と被り、泥の付いた顔をしていたが、その顔の下は、わりと整った顔立ちであることを彼女は知っていた。


 ここのお屋敷の使用人達は、初めのうちは彼女を胡散臭く思っていたようで、どこに行くにも付いて回った。それが最近、距離を置くようになり、今まで身動きの取れなかった彼女は見知った相手に会ったこともあり、気が緩んでいた。


「お貴族さまって面倒ね」


「急にどうした? お姫さまになれるって喜んでいただろう?」


「だって、どこに行くにもお付きのように使用人達が付いて回るんだよ。お嬢さまは当家のお客さまですからってさ」


「良いんじゃないか? 使用人に傅かれて良い思いしただろう?」


「初めのうちはね。でもね、三日で飽きちゃった。着替えも食事も自分で出来ると言っているのに、それでは駄目だと言われて、コルセット? とか言う奴を付けられてギュウギュウ締められるし、苦しくて息をするのがやっとなのに、それが貴族令嬢には普通なんだって」


 彼女は堰を切ったように愚痴を零す。今まで彼女の相手をまともにしてくれる人は、この屋敷には誰もいなくてつまらなかった。


「食事の時なんか、このコルセット何ちゃらのせいで苦しくてあまり食べられないし、食事も楽しくない。ご領主さまに話しかける度に睨まれるし」


「お貴族さまは、食事は静かに取るのがマナーらしい」


「うへぇ。つまらない。食事は、見た目は美味しそうだけど、すました連中に囲まれて食べた気がしなくてさ。もう嫌だよ」


「おまえらしくないな。おすまし王子は落としにくいか?」


「ご領主さまは怖いよ。何考えているか分からない。あたしのこと、偽者だって分かっているみたい」

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