34話・記憶を取り戻して良かった
取りあえず座ろうかと、ソファーに促された。彼とは手を繋いでいるので、必然的に彼の隣に腰を下ろすことになったが、ソファーに座ると彼は手を離した。
「サクラ、きみには大変済まないと思っている。こちらの世界に召喚した時に不具合が起きて、きみの記憶を失わせてしまうことになってしまった。その上、見知らぬ世界に来て、心細い思いをさせた。本当に済まなかった」
「気にしないで下さい。もう大丈夫ですから。わたしが記憶喪失になったのは、フィルマンさまや、ノルベールさん達のせいではないでしょう? 記憶が無いことで不安にはなったけど、サクラメントの皆さんは良い人ばかりで、色々と助けてもらいました」
「きみは僕を責めないのかい?」
「なぜですか?」
「僕がきみを求めなかったら、きみはこの世界に来ることはなかったし、記憶を失うような危険な目にあうこともなかった」
「記憶喪失になった経緯は良く分からないですが、直接危険な目にはあっていませんし、わたしはここに来て良かったと思っています。だってフィルマンさまに会えたから……」
ふと、庭師のゲッカのことを思い出した。彼は記憶を無くしたまま、生きて行くのもありではないかと言っていた。記憶を無理に取り戻さなくとも、そこから新しい記憶を紡いでいけばいいのではないかと。
ゲッカは心配してくれたのか、失うくらいだから嫌な記憶だったのではないかとも言っていた。でも、わたしは記憶を取り戻して良かったと思っている。自分にとって失って良い記憶ではなかったのだ。それが有り難かった。
あのゲームの中で、不遇な立場にもかかわらず、前向きに生きているフィルマンに心惹かれた。所詮ゲームの中の世界と思いつつも応援してきた。ゲームの中の彼と向き合う度に、これが現実ならわたしが彼の味方となり、彼を支えるのにと思ってきた。その彼が目の前にいる。感無量だ。わたしのそんな想いが
通じたわけではなさそうだけど、気のせいか目の前の彼の瞳が潤んでいるように感じられた。
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