23話・この屋敷にスパイがいる



「先ほどノルベールさんはヴィオラさまに、わたしのことをミュゲと、これからも呼んで欲しいと言っていましたね? もしかしてわたしがサクラだとバレると、困ることになりそうですか?」




「きみは頭の回転が早くて助かるよ。きみにはしばらく記憶喪失のミュゲのままでいて欲しい。この部屋に来る前にヴィオラさまには協力を仰いできたが、記憶が戻ったことを他の者達には知られないようにしてもらいたい」




「それは何故ですか?」




「俺はこの屋敷の中に、今回異世界召喚を快く思わなかった者の配下か、その協力者がいると考えている」








 ノルベールから、この屋敷にスパイがいると言われて驚いた。








「きみはこの屋敷の者達に良くしてもらっていたようだから、そのような人達を疑うのは心苦しいだろうが。気を付けて欲しい。俺はどうしてきみがこのサクラメントに、移動出来たのか気になっている」




 ノルベールの言い方だと、まるでサクラメントに来たこと次第が、あり得なさそうな言い方に聞こえた。








「今回の事は誰かが意図的に、きみをここに招き寄せた気がしてならない」




「そんな……! 一体誰が? 何の為に?」




「相手の目的はよく分かってないが、狙いは恐らくきみだと思う」




「わたしですか? わたしは何も取り柄が無い女ですよ。ただ、異世界から来たってだけで」








 実に平凡な女なのに。特に秀でているような才能だってないのに。わたしの何が狙われる要素なのだろう? と、首を傾げたくなったら、ノルベールが断言した。








「それだよ」




「えっ?」




「相手は恐らく異世界から来たきみを欲しがっている。異世界の情報を知りたがっているとでも言えば良いか」




「わたしの持っている情報なんて、大した事は無いですよ。この世界には魔法とかあるし、わたしがいた世界よりも遙かに凄いと思います」




「まあ、納得出来ないかも知れないけど、相手の狙いがそうなら、きみが記憶を取り戻したと知れば接触してくる可能性がある」




「だからミュゲのままでいた方が良いということですね。分かりました」








 話がきな臭くなってきたけれど、わたしも出来れば面倒事には巻き込まれたくは無い。このまま記憶喪失でいた方が無難に思えてきた。








「一応、きみの身を守る為にこれを渡しておくよ。御符のペンダントだ。何かあれば助けてくれる」




「これが御符?」








 渡されたペンダントには、滴型の青い石のついたペンダントヘッドがついていた。おしゃれなネックレスにしか見えなかった。




 付けてあげるとユノが側に来た。








「ノルの御符は100人力よ。これであなたは何者からも物理的な攻撃からは守られるわ」




「そんな凄いものをありがとうございます」




「ようやくきみに渡すことが出来た」








 ユノにとってノルベールは自慢の夫なのだろう。夫が作ったものにも誇りがあるようで、見ていて微笑ましかった。








 それから仲良し夫婦は一週間ほど屋敷に滞在し、王都へと帰って行った。アガリー夫婦滞在中は、ユノと良くなり話をして気が合ったので、二人が帰る日はとても寂しくなって泣けてきそうになった。




 ユノは見送りに出た時に、抱きついて来て耳元で囁いた。








「そんな顔しないで。また、近いうちに会えるわ。私達は会おうと思えばいつだって会えるのよ」








 その言葉に力をもらい、笑顔でどうにか見送ることが出来た。




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