5話・わたしの癒やし




 ガタンゴトン。ガタンゴト……ン。ガタンゴトゴト……ン。












 揺れる満員列車の中。わたし川上かわかみ桜花さくらは、つり革に捕まりながら車窓に映る自分の姿を眺めていた。スーツ姿にショルダーバッグを肩から提げた、どこにでもいそうな二十代OL。化粧も禿げくたびれたような感じ。こうして箱詰めの中、揺られて朝は仕事に行き、帰りも箱詰めにされて帰宅する。それを毎日繰り返してきた。








 一時はそれも楽しいと思える時があった。自分の隣に彼がいた頃だ。その頃は週末同棲をしていて、金曜の夜には必ず、彼がわたしの借りているアパートへ泊まりに来てくれていた。土日を一緒に過ごし、月曜の朝に一緒に通勤していた。満員電車も苦にもならなかった。逆に出社までの時間を楽しめた。お互い寄り添いながら、たわいない話をしてやり過ごす時間が好きだった。長く付き合ってきて、そろそろ結婚しようかとなった時に彼の浮気が発覚した。彼の事は本気で好きだっただけに、他の女性に寝取られたショックは大きかった。








 満員電車から下車し、パンパンに剥くんだ脚を引きずるようにして、歩くこと30分。ようやく帰宅。急いでシャワーを浴び、軽くカップ麺で夕食を済ませた後、パジャマに着替えてベッドの上にダイブし、一分一秒も待ちきれずに取り出したのは一台のゲーム機。




 現在27歳のわたしは、現実の男性との恋愛よりも、恋愛ゲームに夢中になっていた。








『ペアーフィールドにようこそ』








 このゲームは、たまたま彼に振られた日にヤケになって、酎ハイを飲んで酔っぱらってしまい、パソコンでインターネットを覗いていた時に、綺麗な作画に心惹かれて購入してしまったものだ。漫画本かと思ったら、女性用恋愛ゲームだった。








 でも、パッケージに描かれていた美形男性キャラに心惹かれるものがあっていざ始めてみたら、その男性キャラの声が、実に自分好みだった。そしてすぐにお気に入りキャラとなった。








「今日もフィルマンさまに癒やしてもらおう」








 プラチナブロンドに、サファイアブルーの瞳。端整な顔立ちの彼は33歳。小説や他の恋愛ゲームなら攻略相手はもっと年若い相手になると思うが、彼フィルマンはわたしより6歳年上。そこも気に入った。ゲームとはいえ、疑似恋愛でもお相手は、自分より年上の人が良かったから。








 フィルマンは第1王子だった。しかも何もしなくても王位が転がってくる予定だったのに、心優しい彼は周囲に気を遣い過ぎた。腹違いの弟と王座を競うことを避け、自分の後見となる、大貴族の娘との婚約を自ら解消した。そのことで父王から怒りを買い、城を追われて地方へと追いやられた不憫な人である。




 実は彼は自分の許嫁が弟王子に気があり、また継母である現王妃が、弟王子を王太子に押したがっているのを知っていた。








 フィルマンの産みの母は、白百合のように儚く美しいご令嬢だったらしいが、陛下が王子時代に見初めて妻に迎えた伯爵家の娘だった。病死すると、陛下は政略結婚で、隣のブルボン公国から大公の娘を迎えた。現王妃は気位が高く、自分よりも身分が低いくせに王妃となった前王妃を良く思わず、前王妃の生んだ息子フィルマンを嫌った。陛下は愛した女性との間に残された一粒種であるフィルマンを溺愛したが、それが気に入らなかったようで、陛下の目の届かないところで虐めてきた。








 しかも王妃は、自分の息子がフィルマンの許嫁に気があると知ると、フィルマンとその許嫁の仲を邪魔をし出した。許嫁を花嫁修業と称して自分の元へ呼び出し、第2王子と何度も引き合わせた。それがもとで許嫁と第2王子は親しくなり、お互い想いを交わすようにまでなっていく。








 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言うが、王妃のやり方は陰険だ。








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