殺し屋のクローバー

@Alexkagi

黒いコートの男

 息を張り詰め、死を待つだけのその姿は、皆子供に戻ったようだった。引き金を引くだけでプッツリと無くなるそれは、どれほど。

 僕は彼の顔に銃を押し付け、赤を吹き出させた。呆気ない。極度に引き攣り、目を見張った恐怖一色の顔の面影が張り付いていた。頭からばたばたとどす黒い赤を滴らせながら、体は糸が切れたようにだらりとしていた。魂は抜け落ちているのに抜け殻はとても綺麗なままそこにあった。少し、羨ましかった。

 一度、彼のまぶたを思い切り引っ張って、なんとなく眼球を覗いてみた。虹彩が機能せず瞳孔が大きく真っ黒に広がっていて、親指で白目を触ってもびくともせず、べたりとした湿った感触と、生き物の弾力が伝わった。親指をそのまま右に動かすと眼球が右に動いた。なんだか生きているように見えて、次は反対方向に親指を動かした。さらに上、下、斜め、左、右と眼球を弄んで、飽きたので、手のヌメヌメを布で拭いてその廃墟を出た。


「ねえ。」

「はっ、はい、クローバーさん。」

ここらの奴等じゃ見ないようなきれいなスーツを着た、あの店の部下はグっと背筋を伸ばして突っ立っている。そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。

「死体って掃除してくれるんだよね。」

「ええ。」

「ありがとう。」

笑顔で感謝し、銃を返し、店に急いだ。ふうっとため息を付く。

大丈夫、僕はまだ、正気だ。


 一人殺せば三十万はもらえる。借金返すにはもってこいの仕事だと思う。 別にヒトゴロシが好きなわけじゃない。時々、気持ち悪くておかしくなるくらいだ。ヒトゴロシ好きの奴等とは一緒にしないでいただきたい。一気にドバっと稼ぐに丁度よくて、おっさんどもに体も売らなくて済んで、運動神経があるだけで良い。それが殺し屋だ。ここらの出身じゃどのみち碌な仕事につけないのは目に見えた話だし。

 ずんずんと薄暗い路地を進んでチンピラどもの間をすり抜けた先にある酒屋、クモノス。表は酒屋、裏は殺し屋の雇所だ。ピカピカと煩く光るむき出しの電球が店頭に飾ってあり、派手すぎず、地味すぎずな店である。客種はまあまあ治安の良い方だろう。店主は表では気前の良い明るい奴という感じだが、裏では淡々と殺しの依頼を受け、殺し屋の質を鋭く観察しているような、抜け目のない厳しい奴だ。

 13歳の時に初めて依頼を受けに行ったら、「オイ、この仕事がなんなのかわからねえだろ。出しゃばるな。餓鬼は餓鬼らしくしてろ。」と何度も追い返された。ついでに軽く平手打ちと蹴りをもらった。軽くとは言ったが、あれは痛い。でも、何度も店に押しかけて、ようやく依頼をもらった。ただのチンピラ相手のつまらない物ではあったが、殺すという感覚は妙に現実離れしたような、僕が僕で無くなるような感覚で嫌に気に触った。

 今はそんな感覚も薄れて、嗚呼、俺もついにヤバい奴等と同じ様になっちゃうのかな、なんて考えてしまった。


 角を曲がり、ぴかぴかと電球の光が壁に写っているのが見えた。今回は多めと思われし報酬でパンでも買ってもいいかななんて考えて店に近づくと、ふと、なにかおかしいと思った。妙に静かだ。キン、と静寂だけが耳に響く。いつもは煩いおっさんどもが騒いでいて、わめき声とガチャンガチャンという食器や何やらの音が店の外でも聞こえるはずだ。なのに…。なにかが、起こってるんじゃ。


ガチャン、


という音と同時にに路地の角に隠れた。誰かの皮の靴がコンクリートの地面に鈍い音を鳴らせている。誰かの息遣いが聞こえ、匂い慣れた、かすかな血の匂いが鼻を突いた。

「任務完了した。ああ、意外と大丈夫だ。本当に殺し屋の巣窟だったよ。リストの中に書いてある10人はいたぞ。やはり、雇屋から叩くのが一番だな。」

店の前に立っている男は一人で喋っている。男の言葉で、少し、分かってしまった。

 店長はいつも店にいるから、たぶんあの男に殺されたんだ。ナイフを教えてくれたオヤジも、酒をくれたオヤジも、みんな、死んだんだろう。

 そう思って、胸に詰まったようなものを感じながら、男の方をチラリと覗いた。その男は180はある背丈で、頑丈そうな背をこちらに向けている。黒いコートで足までは見えないがそこまで武器を装備しているようには見えない。携帯を耳に当てていて、話に夢中だ。

 ニヤリと口角が上がった。胸のうちに黒いものが沸々と湧いてくる。湧き上がるソレは今にも爆発しそうなくらいにギチギチと体中を刺激する。今だ。今がそれの使いどきだ。

今なら、れる。

 そう思うともう足がコンクリートを蹴っていた。ガツンと衝撃が走ったように体がしびれる。懐の大きめのナイフを取り出し、相手の腹部の血管のある、そこをだけをみて、息をぐっと張り詰めた。足に力をいれ、ナイフを握りしめる。男は足音で気付いたのか首をぐるりと回すが、もう遅い。腕を振りかぶり、渾身の力を込めて、僕はその男にナイフを突き立てた。

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