妄想部員は夢を描く

狛咲らき

ハッピーエンドのその先へ

 旧人類は大変そうだな。

 思書室で借りた『旧人類史の謎』を読んで、僕はそんな感想を抱いた。


 20万年くらい前に、トウキョウという街にその街と同じくらいの大きさの隕石が落ちたらしい。トウキョウはこの国と同じくらいで、隕石によって人類どころか全生物滅亡の危機にあったそうだ。でも、どういう訳か地球は完全に滅びることなく、ごく少人数の生き残りが頑張って、こうして大昔の文明を再興するに至っている。


 20万年。それはきっと僕の想像を超えるくらい長い年月なのだろうけど、その一方で「たった20万年で文明が元通りになるのか」とも思う。一度完全に崩壊して、人はもちろん食糧や物資さえもほとんどない中で、よくこんなにも早くできたものだ、と。


 思書にはそのことについていろんな説が載っていた。


 実は意外と隕石の影響が少なかったとか。

 実は旧人類の文明は今よりも進んでいて、隕石が落ちる前にほとんどの生物が別の惑星に避難していたとか。

 実は本当に1回、地球は滅亡していて、新生物が急速な進化を遂げたとか。

 実は新人類は旧人類とまったく関係ない宇宙人で、隕石も侵略のための兵器だったとか。


 旧人類が遺したモノはほとんど無いから、それっぽい説からトンデモ説まで驚くほど様々な言説が世の中で飛び交っている。

 でもこれは、思書でも通説と書かれてあったし、僕もそうだと思うけれど。


 一番有力な説は……。





「あっ、もう来てたんだ」


 ガラガラと音を立てた扉と彼女の声が、僕の思考を遮った。

 長く伸ばした黒い髪に、口元の艶ぼくろ、そして深紅色の細いツノ。アダルティな雰囲気を醸し出しているが、幼い顔立ちや本校指定の学生服が彼女を学生たらしめている。


「あっ、沙藤さん。お疲れ」


 僕が声を掛けると、彼女も「お疲れー」と間延びした声で返してくれた。


「まだ私たちだけ? 何してたの?」


「何って、ここは妄想部だよ。考え事以外にないだろ」


「それもそっか。他の部員は?」


「まだ。1年生ズは知らないけど、山守やまかみ川設かわしたはまた馬鹿やらかして説教中。先輩達は……いつものように思考機から参加するんじゃない?」


「あの暗号コンビ、また『思考ドッキリ』でもしたの?」


 くすくすと彼女は笑った。

 笑った顔も可愛らしい。彼女が僕の視線に気付く前に、僕は鞄からさっき借りてきたばかりの新しい思書を取り出すことにした。


 この一連の会話を旧人類が聞けば、きっと何が何やら分からないだろう。


 業火の地獄と化した地球を生き延び、たった数十万年で元通りの社会を築けた一番の理由。その最も有力な仮説は、やっぱり僕らが互いに考えていることが分かるようになったからなんだと思う。


 僕らの額に伸びるツノは、お互いの思考を読み取れる。近くにいればいるほど、より具体的なイメージを察知できる。

 隕石の影響なのかは分からないけれども、きっとこのツノが生えたおかげで新人類は協力できたのだろう。


 思考は言葉よりもずっと抽象的で、ずっと具体的だ。相手に伝えようと一生懸命に言葉を探すよりも、思ったことを直接伝えた方が合理的だし認識の齟齬もない。もちろんそれが戦争とかの火種になることもあるけれど、互いに手を取り合って同じ道を進むのなら、間違いなくツノこれは必要だ。


 新人類万歳。むしろ旧人類はツノ無しにどうやってここまでの文明を築き上げたのかと疑問に思うくらいだ。


「それで、考え事って何を……あぁ、旧人類か」


「そうそう。昨日思書室で借りてさ」


「真面目だねー。それも部活のため?」


「もちろん。技術を磨くために知識は広く持っておかないとな」


「ふふっ、田仲君らしいね。私も、旧人類のことなんとなく聞いたことあるけど、確かツノも生えてないんだっけ? なんか生き辛そうだよね」


「だよな。ツノが無いなんて考えられない。妄想部っていう部活もなかっただろうし」


「確かに。昔はどうしてたんだろ。物凄くマイナーな職業だけど、漫画家や小説家みたいに、漫画部とか小説部なんてのがあったのかな」


「漫画……あぁ、あの絵のやつか。紙とペンを使った古典文学みたいな。物凄く時間かかりそうだよな。思考機があれば一発なのに」


 しかし、思考機さえも昔はなかったはずだ。思考機のない世界で、旧人類は相手と連絡を取り合ったり、何かの発表をしたり、そういう時にわざわざ紙でも書いて渡し合っていたのだろうか。ということは、遠く離れた人達とは会話さえもできなかったのだろうか。


 思考機を通して念波を飛ばせば、紙すら不要で、しかも世界中の人達に自分の妄想を届けられるというのに。


「そういえば、活動の方はどうなの? 締め切りまであと1週間もないけど、出すんだよね」


「あー、まぁ、うん」


 彼女のその疑問に僕は呻き声を返した。


 妄想部の部員の半数以上は、プロの妄想家を目指している。もちろん僕もそうだ。度々賞レースに自分の妄想作品を応募して、落選の2文字に涙を濡らしてきた。

 本気で挑み、己の力量と現実を突き付けられる。それが別に嫌ではない。逆にもっと頑張ろうと思えるし、入賞作品を観て参考にすることもできる。だから今回のコンクールにも応募したいとは思っている。


 思っては、いるのだが。


「今回の賞のテーマって『恋愛』だろ? なんていうか、イマイチ良いのが浮かばないんだよな」


「イメージできないんだ。彼女いないから」


「やめい」


 僕をからかう彼女は笑みを浮かべつつも、「まぁ、冗談は置いといて」と続けた。


「でも別に彼女がいなくても考えられると思うけどなぁ。好きな人のこと考えたりとかさ」


「好きな人、か」


「いないの?」


「いるにはいるけど」


「えー、だれだれ? 同じ学年?」


「い、いいだろ。誰でも」


「あーっ、思考送信切ったね。ずるいー」


 僕が目を逸らしたのを見て、彼女は楽しげながらも少し不満そうに頬を膨らませた。


 開けていた窓から風が吹き、彼女の綺麗な髪を優しく撫でる。傾き始めたオレンジ色の夕日が彼女の肌を美しく照らす。


 好きな子は誰だって?

 そんなこと、言えるわけないじゃないか。


 面と向かって伝えられないから、入部してからずっと、必死に思考を隠し続けてきたのに。


 それに彼女だって真面目に部活動に勤しんでいる。『世界中の子ども達に楽しんでもらえる妄想芸術』を目指して、ずっと頑張っている。最近、小学生向けの妄想作品コンクールの大賞に選ばれていたけれども、それだってひとえに彼女の才能と努力によるものだ。

 妄想は他者の影響を大きく受けやすい。僕の余計な感情で尊き夢への邁進に水を差すわけにはいかない。


 何よりも、夢に一生懸命な姿こそが彼女に惚れた一番の理由なんだから。


 そういうわけで、彼女への片恋慕を基にした妄想作品を作ることさえも憚られてしまい、僕は頭を悩ませに悩ませているのであった。


「そ、そっちはどうなんだよ」


「あっ、露骨な話題逸らし」


「いいだろ、別に」


「ふふっ、そうだね。私は7割くらいかな。なんだかすらすら。これは入賞間違いなしかなー」


「へぇ、いいね。順調そうで」


「うーん、ただちょっとだけ、どうしようかなって悩んでるところがあって」


「悩んでる?」


「そう。ラストのシーンがね。なかなか言語化どころかもできないというか」


「どんなシーンなの?」


「私たちと同じ高校生でね。ちょうどこんな感じで部室の中でふたりきりなの。それで主人公の女の子が、好きな男の子に告白するんだけど、どうやって思いを伝えるようかなって」


 なるほど。確かにそれは難しい話だ。

 恋愛作品の一番ともいえる重要な場面が肩透かしのような出来だったら、今までの過程が全部しらけてしまう。


 でも。と僕は思う。


 妄想は経験が大きな糧となる。『作者は経験したことしか描けない』という妄想家界隈の通説があるように、未経験の事象を妄想することは難しい。


 だから少なくとも、その過程を妄想イメージできているということは、つまり彼女は……。


「ねぇ、田仲君。もし逆の立場だったら、田仲君ならどうやって伝える?」


「えっ、ぼ、僕なら?」


「何、その声」


 虚を突かれた、という訳ではないが 、思いもよらぬ質問を投げ掛けられ、僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。それを聞いて、また彼女は楽しそうに笑っている。


 僕が今この瞬間に、告白するってなったら、彼女になんて言うのだろう。

 胸の内に黒くモヤモヤとしたものが広がりつつある今に。



「一応、なんだけど」


 僕が悩み押し黙っていると、気を遣ってなのか彼女から口を開いた。


「候補はあるにはあるんだ」


「な、なんだ。何にもでてこないっていうわけじゃないんだ」


「まぁね。でもね、それで男の子がどういう反応をするのかが想像できなくて」


「あー、なるほどね」


 よくあることだ。妄想は実体験の有無に加え、どれだけ詳細に描けるかで面白さが大きく変化する。特に異性や文化圏が異なる外国人の妄想は、妄想家を志す者全員が共通して抱える課題だ。感情の機微や指一本に至るまでの細かな身体の動き、それらを明瞭に考えなければ、相手に念波を送る時や、思考機で映像として出力される時に酷くぼやけた人物像となってしまう。


 今回の賞のテーマが恋愛なのも、きっとそういった『相手をどれだけ観察できているか』という妄想の根幹について問うているからだろう。

 でも、このテーマについてある程度描き続けられるということは、それだけ彼女が恋愛についての解像度が高いということに他ならない。


 経験・相手への理解。その両者を心得る彼女に、僕はある種の嫉妬心と無力感を抱かざるを得なかった。


「ちなみに、どんな感じで告白するの? その男の子の反応は置いといて」


 胸中の蟠りを噛み潰しながら、僕は何とはなし、という表情を作ってみせた。

 そんな僕に彼女は両手を後ろで組みつつ、首を小さく傾けながらこう言った。


「知りたい?」


「い、いや。沙藤さんが嫌だったら別に。どうせ完成したら部内発表するんだし、完成まで誰にも見せたくないって人もいるだろうし、そういえば沙藤さんもそうだったよね」


「そうだけど、何、早口になってるのよ。というか、そっちが先に聞いてきたんじゃない」


「それは、そうなんだけど。テーマがテーマなだけに、あまり伝え辛いかなって思って」


「……そう、かな。そうかもね」


 大きな溜息が彼女の口から漏れ出た。

 そして失望するような眼差しで。


「意気地なし」


 独り言とも取れる小さな、しかし冷たいその声に、僕は胸に鋭い物が刺さったような気がした。


 でも仕方ないだろ。フィクションとはいえ、どうして意中の子が僕じゃない男に告白する様子を見なくちゃいけないんだ。彼女の背後にいるであろう男の影を、どうして感じ取らなくちゃいけないんだ。


 もしそれが、今までの部内発表よりもずっとはっきりと、何よりも解像度が高かったら、一体どうしてくれるんだ。


 まぁ、彼女の言う通り、だったら初めから訊くなよって話なんだけど。


「うーん」


 ばつが悪くなってまたしても目を逸らした僕の方へ、彼女はおもむろに近付いてくる。


「私はね、田仲君になら見せてもいいと思ってるんだ」


「え?」


「田仲君は見たい? 私の妄想」


 近くの椅子をこっちまで運んできた彼女は、そのまま僕の向かいに座った。


「それは……」


 胸の鼓動が全身を支配している。目の前の美貌に思考がままならない。机越しの、互いに触れられる距離なんて今までも何度かあったのに、こんなにもドキドキしたことはない。


 彼女の思考が読めない。きっと彼女も思考送信を切っているのだ。


「僕、は」


 ただ質問に答えるだけだというのに、僕の声は震えていた。

 緊張を緩めるべく、一度深呼吸する。


 彼女が僕じゃない誰かに恋をしていたり、あるいはその誰かと関係になっていたり。


 そんなもの、決して見たくはない。

 見たくはない、けれども。


「沙藤さんの妄想を見てみたい、かな」


 部員として、同志として、何よりいち妄想家を目指す者として。僕より一歩進んでいる彼女の妄想技術を参考にしたい。

 もしそれで僕の心が歪んでしまっても、その経験すらも今後のネタになる。


「そういうところよね」


 字面だけだと貶しているように聞こえるその言葉に、僕は確かな温もりを感じた。


「ん」


 彼女は目を閉じ、自分のツノをトントンと軽く叩いた。

 思考の送受信において、最も効果的な方法は互いのツノを当てることだ。そうすることで、送信者はリアルタイムで思考している内容を正確無比に受信者に届けられる。曖昧な想像ならその曖昧具合をそのまま伝えられるし、受信者の方も相手の心の奥底──無意識の領域にまで踏み込むことができる。


 だから基本的に、『ツノ合わせ』は家族や恋人のような、特別な関係でないとしないものなのだけど……。


「早く」


「あ、うん」


 彼女に急かされ、早まる鼓動に押されて顔を近付ける。

 彼女も知らないはずがない。その証拠に、緊張した様子で僕を待っている。

 そうまでしても僕に見せたいのだろうか。自分の恋愛体験を。それを基にした理想を。


 たったふたりだけの部室の中、拳ひとつ分もない距離の中に、お互いの顔がある。


 不安、疑念、葛藤、そして謎の期待と高揚感が脳内で渦巻いている。

 様々な感情に胸が押し潰されそうになりながらも、僕は恐る恐る、本当に恐る恐る、彼女とツノを合わせた。
































「……えっ」


 それは、僕が何度も彼女にバレないように考えていた夢だった。


 ふたりで文化祭を巡る夢。遊園地に行く夢。海で遊ぶ夢。クレーンゲームでぬいぐるみを取る夢。自宅で一緒に勉強する夢。カフェで駄弁る夢。深夜まで念話する夢。手を繋ぐ夢。キスをする夢。妄想を描く夢──。


 彼女の優しさが詰まったぬくもりを感じる妄想は、どれも鮮明で、他の誰でもない、彼女と僕のふたりだけの世界だった。


「田仲君」


 その声ではっと現実に帰ってくると、間近の彼女と目が合った。


 なんだか顔が熱い。見ると、彼女の頬が赤くなっている。きっとこれは夕日のせいなんかじゃない。


「沙藤さん」


「田仲君、私の妄想を、一緒に叶えてくれませんか?」


 もじもじと、しかしはっきりと彼女はそう言った。


 僕の妄想ではない。彼女の妄想でもない。

 紛れもない現実として、彼女は僕に想いを打ち明けたのだ。


「お疲れーっす」


「おーっす」


 僕が返答をしようと口を開く寸前、ガラガラ部室の扉が開いて例の暗号コンビが入ってきた。


 慌てて僕たちも離れて、各々の作業に取り掛かる。


「あれ、まだふたりだけだったんだ」


「1年と3年は?」


「……」


「なぁ、聞いてる?」


「あっ、ごめん。1年は知らないけど、3年はいつも通り家からリモート。それより聞いたぞ、また『思考ドッキリ』したんだって? 余計な想像の送信は止めなさいって小学校で習わなかったのかよ」


「いや、今回は事故なんだって。普通に内輪ネタで盛り上がってただけなのに、コイツが間違って女子に送りつけてしまったから」


「そういう川設かわしただって、直前に卑猥なこと考えてたから……って、沙藤さんがいる前じゃん。自重しよ」


「ふふっ、よっぽど先生に怒られたのね」


 何気ない会話、いつも通りの日常が展開されていく。あと数分もすれば1年生たちもやってきて、思考機から3年生の念波が送られてくるだろう。いつものように妄想励む時間が、もうすぐそこまで迫っている。


 この胸の高鳴りも、時が経てば徐々に落ち着いていくだろう。

 いつも通りの会話で、この部室が満たされていくのだろう。

 

 ついさっきまでの茜色の時間が嘘だったんじゃないかと思ってしまうくらい、ゆるやかに、夜の色に塗りつぶされていく。



 それが、どうしても許せなくて。



『沙藤さん』


 暗号コンビがやいのやいの言い合いながら部活の準備に取り掛かっているのを見ながら、僕はこっそりと彼女に念波を送った。

 返事もなく、ちらりと一瞬だけ彼女が僕の方を見たのを確認して、僕はこんな妄想を、夢を描いた。


 こんな感じの部室みたいな部屋で、作業机を向かい合わせて、ふたりで笑いながら妄想を描く。棚には何十個もの思考機があって、どれも容量一杯に思考作品が収められている。壁にはコンテストの表彰状がいくつも掛けてあって、カレンダーにはインタビューや連載作品の締め切り、サイン会の文字がある。


 他の内装は朧げで、中途半端な妄想だ。でも、これこそが僕の、僕と彼女の夢なのだ。


『私、そんなに可愛くないよ』


 向かいに座る、20代の彼女がそう言ったので、僕は首を横に振った。


『実は僕、ずっと沙藤さんのことが好きだったんだ。一生懸命頑張ってるところとか、素敵な妄想を描くところとか』


『……ふふっ、やっぱりそうだったんだ』


『気付いてたの?』


『ずっと視線感じてたし、話しかけようとしたら慌てて送信切ってたことも何度かあったしね』


『うわぁ、なんか恥ずいな』


『ふふっ。じゃあ私も恥ずかしいこと言うね』


 彼女は僕の手を握った。


『私も、ひたむきに頑張る田仲君が好き。どんなことでも、自分の妄想の解像度を上げるために積極的に挑戦するところが好き。さっきだって、最初は私の妄想見たくなかったんでしょ?』


『あっ、それもバレてた?』


『分かりやすいのよ、田仲君って。まぁ、その分部活に本気で頑張ってるんだっていうのが伝わるんだけど』


『沙藤さんほどじゃないよ……でも、この妄想妄想のまま終わりたくない。もちろん、沙藤さんの夢も』


『じゃあ、こうしましょ』


 彼女は一旦手を離すと、僕に小指を伸ばした。

 大人びた外見とは対照的に、その仕草はなんとも子どもらしい。


 そんな彼女に、僕も小指を伸ばして絡ませた。



 指切りげんまん。

 お互い楽しく幸せに、描いた夢をふたりで叶えていこう。



『約束、だからね』


『あぁ。これからもよろしく』


 その時、先輩の机の思考機から音声念波が発せられた。


「『あー、あー、テレパステス。テレパステス。聞こえなかったら返事して』」


「ちょいちょい。聞こえなかったらって返事できないでしょ」


「『その声は山守やまかみか。お疲れ。他に誰かいる?』」


 ふたりだけの夢が霧散する。


 向かいの席には誰もいない。彼女は部屋の隅の、自分の席にいた。

 しかし今はこれでいい。これから僕たちはふたりで見た夢を描いていくのだから。


「……ははっ」


「『おっ、この笑い声は……田仲か。何か面白いことでもあったのか』」


「お疲れ様です、先輩。別に面白いことじゃないんですけど」


 そう、これは面白いことではない。むしろ感謝に近い。人によっては不謹慎だと捉えられるかもしれないけれど。


 もしテレパシーがなかったら、夢を伝える手段がなかったら。

 きっと約束なんてできなかった。お互いの夢を共有なんてできなかった。


 言葉だけでは決して伝わらない、僕たちの想いが、本音が、愛情が、ちゃんと大好きな人に伝わったから。


 だから、こう思わずにはいられないのだ。



「僕たちが新人類で良かったなって」

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妄想部員は夢を描く 狛咲らき @Komasaki_Laki

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