四 コラム

 その後、時は流れた・・・。


「住むとこはあるわ。そんな事で私を釣ろうとしても同居はしない。これまで私にしてきた事を思いだしなさいよ」

 理恵は電話を切った。椅子に座ったままディスプレイを見ている。

「母からよ。独りになるから、同居していいって・・・」

 理恵はそれだけ言って文章校正を続けている。


 私も自分のディスプレイを見たまま言う。

「過去を何も憶えてないのか?」

「思いだしたくないんでしょう」

「近くに理恵がいれば思いだすだろうにな」

「そんな事より、誰かに居てほしいのよ」

「あいかわらずだね」

「午後から打ち合せよ。忘れてないよね?」

 まもなく午前十時だ。出かける準備は出来ている。

「ああ、そろそろ出かけるか・・・」

「そうね・・・」

 理恵は私の要望に同意した。



 午後一時。私と理恵は都内のとある出版社に居た。

「打ち合わせと言っても、大した事じゃないんです。今のところ、これと言った問題はありません。まあ、月に一度の顔見せと思ってください。

 リモートでもいいんですが、じかに顔を合せた方が気心がわかりますから。

 ところで、お二人は、都内に住む気は無いですか?」

 編集の木村さんが妙な説明をする。

「田村さんたちが都内に住んだ方が何かと便利だと思うんです」

 便利なのは我々ではない。木村さんが便利なのだとわかる。

 最近、理恵の文章がおもしろい、と出版社で話題になっている。長い文章の一部のような、いわば、落語の一説か、歌舞伎の一幕のような文章を書くのだ。

 理恵の文章にはまだオチがない。木村さんたちは、理恵が何かを主張し始めれば、理恵なりの結論を求めるようになるだろう。かつての文豪が閃きを求めて小説を書くたびに都内を引っ越したように、私たちも都内に引越せば新たな閃きも湧くと思う、と言うのだ。


 この提案に理恵は顔をほころばせた。理恵は大学時代、都内で生活していた。かつて暮した住居はこの出版社から近いが、かつて住んでいた地域に住む気はないと言った。

 私は木村さんの話を聞き流していた。私も理恵も、現在の住居がある長野で仕事をするのに何もこまっていない。出版社との緊急の打ち合せはパソコンの画像通話で充分可能だ。理恵のコラムも充分そのノルマをこなしている。


 木村さんが言う。

「理惠さんはDIYや、庭や家庭菜園の手入れをしますか?」

「田舎暮らしは長いですが、DIYや、野良仕事の経験は浅いです。だけど、どうしたら良いか理解してますよ」

 理恵は、私がするDIYや、庭の手入れを見ている。

「では、こういうのはどうですか。

 空き家になった住居を見学して、住んでみたいかどうか、評価するんです。

 そういう企画なら、住宅を見てもいいわけですよね?

 見学する住宅と、その時に泊るホテルは、こちらで用意します。

 上司に企画を話しますから、その時はお願いします・・・」


 木村さんの言葉を聞きながら、

『この話は途中で裁ち切れになるかも知れない』

 と思っていたが、その後、話はトントン拍子に進み、月に二度、出版社へ行き、木村さんが調べた都内の空き家を見学して、空き家をどうするか、理恵がコラムを書く事になった。

 連載が始まると、理恵の空き家についてのコラムは評判が良かった。

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