第10話 せっかく買ったクッキーが!
「エディット、有難う。助かったよ」
私はそう言いながら後ろを振り向くと、姉様達が私を見て恐ろしいものを見たかのような表情をしている。
「ブランシュ! 怪我はない? 大丈夫なの??」
ふと私の服を見ると血がべっとりと付いていた。私は怪我していない。となるとさっきぶつかった誰かが怪我をしているんだわ。慌ててぶつかった人の方に視線を向けると、私とぶつかって力尽きたのか数メートル先で倒れている。
私は姉様達の止める言葉よりも先に身体が動いた。
「大丈夫ですかっ!?」
血まみれの男の人はどうやら誰かに襲われて斬られたようだ。
「ね、姉様っ!! この人斬られているわっ」
王都の治安は良い方だと聞いていたのに。
人が斬られるのは当たり前なの??
気が動転しながらも切られた箇所にハンカチを置いてその上から手でギュッと押さえる。
どうしよう。
血が止まらないわ。
子供の手ではどうしたって止まるわけもないのはわかっているけどなんとかしなきゃと必死になる。
「こ、この方はラーザンド辺境伯子息ではないかしら。ほらっ剣に家紋があるわ。急いでお連れしましょう」
姉様達は私と違いかなり冷静な様子。切られたという事は襲った人が近くにいるんじゃないかと思うのだけれど、我が家の護衛達はしっかりと私達を護衛してくれている。どうやら襲撃者達は私達を見るなりすぐに去っていったようだった。
「お嬢様、すぐに馬車にお乗りください」
エディットが馬車の扉を開け、手を伸ばす。私の後に姉様達。そしてラーザンド辺境伯子息と思われる人を護衛が担いで乗せて馬車は発車した。その間にも彼の血は止まることがない。
……死んでしまうかもしれない。
私の魔法、こんな時に使えないの……?
でも、かすり傷程度の回復しか望めなくても魔力が尽きるまで掛け続ければなんとかなるかもしれない。私は怖くなって必死に彼に手を当て魔法を掛けはじめる。私は一縷の望みを賭けて治癒魔法を掛け続ける。今までこんなに魔法を使ったことがないのでどうなるかも分からない。
「大丈夫だから、大丈夫。大丈夫よ」
私は自分に言い聞かせるように彼に言葉を掛け続けた。
「……ブランシュ。貴女、治癒魔法が使えたのね」
ロラ姉様がそう呟いた。馬車は三十分程で邸へと帰ってきた。そこから護衛達が医者を呼び客室に彼は運び込まれていった。母は血まみれの私を見て卒倒し、執事に支えられている。私はというと、血まみれのままでは困るのですぐに湯浴みとなった。
姉様達も客室に案内されて着替える事になった。マリルは青い顔をしながら『お嬢様が、お嬢様が』と泣きながら身体を洗ってくれて何だか申し訳なかった。
私は怪我一つしてなかったし、突然の事で興奮していたと思うの。湯浴みが済んでホッとしたらそのままソファへと倒れてしまったらしい。気が付くと朝になっていた。
「お嬢様が目を覚まされました!」
マリルは慌てて何処かへ知らせに行ったわ。暫くするとお母様や姉様達が部屋へ転がり込むように入ってきてギュウギュウと私を抱きしめた。
「く、苦しいですわ」
三人とも泣いている。
「姉様? どうしたの?」
「ブランシュ! 無事で良かった! 心配したのよ」
「そうよ。お医者様からは突然の事で身体が驚いたのだろうって。それと急激に魔法も使ったから魔力を回復させるために眠りについたみたいなの」
モニカ姉様がそう話をしてくれる。
「彼は、無事でしたか?」
「彼は無事よ。ブランシュのおかげで一命は取り留めたわ。深い傷は回復しているみたい。今はまだ眠っているから目覚めたら会うといいわ。ところでブランシュ、貴女、治癒魔法が使えたの?」
「……お母様。黙っていてごめんなさい。今までかすり傷しか回復させた事しかなかったし、使う事もないなって思って……」
私は黙っていたことを正直に言う。お母様も姉様達と視線を合わせ頷き合う。
「ブランシュ、貴女のしたことはとても尊い行いだわ。でも、これからも隠し続けなさい。人のいる場所では使ってはいけない、わかったわね? モニカもロラもこの事は絶対言ってはいけないわ」
いつもになく母は厳しい口調で言う。そうよね、ただでさえ私は狙われる身なのに治癒魔法が多少でも使えると分かればレア度が跳ね上がる。
「「「もちろんです」」」
私達の返事と共に母の顔もフッと力が抜ける。
「あーっ! せっかく買ったクッキーがっ! マリルとエディットと食べようとしていたのに。残念だわ」
私はクッキーを思い出してがっくりとなった。私の様子を見てマリルも母達も元の柔らかな雰囲気となった。
「ブランシュ、クッキーならまた買ってきてあげるわ。料理長だって作ってくれるわよ」
「えぇ、そうですね。お母様、今度料理長に頼んでみます」
そこから母も姉様達も私の部屋で少し話をした後、姉様達は自分の邸へと帰ってしまった。
姉様達と離れるのはいつも寂しい。
姉様達が馬車に乗り込むギリギリまでずっと引っ付いていたのは仕方がないと思うの。
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