第三話 救助

 俺は間借りしているAIガゼルの語彙ごいデータベースの中で、謝罪を伝える表現を血眼になって探す。その過程で例の〝白い世界〟がまた現れたのには驚かされた。どうも精神的な強いストレスが発動の切っ掛けな気がしている。恩恵は大きいが、心的負担や副作用に不安があるのも確かだ。

「改めて、操艦負担をご容赦願います」

 結局、ほぼ前言の繰り返しになってしまう。AIガゼルは自らを〝艦隊運用AI〟と定義していた。業務連絡の語彙は十分だが、感情表現は苦手なようだ。

「責めは後だ。もう着くぞ」

 視界を艦外へ戻すと、すぐ眼の前に救難信号の強い反応がある。

「了解。巡航解除用意……今!」

 俺は頃合いを図り、巡航時空間から通常時空間へと艦を帰還させる。この特殊な時空間でウラシマ効果に対処するのも、ハイパードライブ機構の重要な機能だ。

われ、アイセナ王国巡航艦フィブラ・クウェハ! 宙戝の襲撃を受く! 至急救援を乞う!』 

 まだ幼さの残る女声が危急を告げていた。俺は走査機スキャナーを駆使して現状を把握する。

 フィブラ・クウェハの両脇に一隻ずつの随伴艦が居て、それらを六隻の宙戝艦隊が二方向から挟むように狙いをつけている。宙戝艦隊は三隻一組で行動中だ。俺たちはフィブラ・クウェハの真後ろに巡航解除していた。

「我、ダンスカー艦隊戦艦ラスティネイル。貴艦を救援す」

 スカーが素早く公共通信を入れ、俺は黙って砲門を開いた。

「宙戝を討て」

 スカーの命令と同時に、フィブラ・クウェハから秘匿ひとく通信と敵味方識別コードを受け取る。

「了解。交戦開始」


 ほぼ先程の見立て通りだった。俺たちを含めて味方が四隻、敵が六隻だ。だが一箇所だけ不審な点がある。随伴艦と俺たちが、同盟軍扱いになっていたのだ。

(国軍の随伴艦が居ない、だと……?)

 しかも、艦のメーカーが明らかに異なる。

 護衛対象は飛行船のような流線型の船体を三つつなげた形をしていた。一番大きな中央は胴体で、その両隣の後ろ寄りにあるのは主推進機メインスラスターだ。一方で随伴艦は現代戦車の砲塔のような、武骨で角ばった形だ。どちらも全長は約四五メートルほどで、おそらく巡航艦だろう。

 アイセナ王国軍直属の護衛が居ない理由は不明だが、とにかく脅威の排除が先だ。俺は護衛対象フィブラの右舷前方にいる宙戝艦隊に仕掛ける。

『敵艦A、防盾シールド喪失……撃破。敵艦B、防盾喪失。対盾兵装、再充電中』

 先程同様、対盾と対装甲の交互砲撃で各個撃破を狙う。敵艦はこちらを無視して、目前の随伴艦に接近戦を挑んでいた。

『敵艦B、撃破……敵艦C、防盾喪失』

 護衛対象の回りを反時計回りしながら攻撃を続ける。右に横滑りし、宙戝艦の後部上面を狙い撃っていた。投影面積シルエットを広げ、確実に当てていく。

『敵艦C、反応消失』

 突然、敵艦Cが爆散した。艦の大きさの割に、衝撃波が強すぎる。

「自爆か……」

 スカーが状況を分析する横で、俺は艦を立て直していた。

『僚艦A、被撃破。護衛対象、防盾減衰』

 随伴艦の片割れが撃破され、護衛対象は右からの破片を受けたようだ。シールドの光が色褪せ、弱まっている。グズグズしている暇は無くなった。

 俺は護衛対象の左舷前方に居る、もう一方の敵艦隊の左真横へと急ぐ。この位置関係なら味方の全火力を集中できるだろう。

『……敵艦D、撃破……敵艦E、防盾喪失』

 俺は攻撃を続け、敵艦E撃破に王手をかけた。だが味方は全く発砲していない。随伴艦がシールドの光を強めて後退している。どうやらアテが外れたようだ。

「攻撃待機! 目標変更!」

 スカーが号令し、俺は攻撃を中断する。変更指示が俺の頭にログとして現れた。

「変更確認」

 変更に従い、攻撃目標を無傷の敵艦Fに切り替え、対盾レーザーを撃つ。

『敵艦E、撃破……敵艦F、防盾喪失』

「いかんッ!」

 防御を固めていた随伴艦が目ざとく攻撃に転じ、敵艦Eを撃破していた。

『敵艦F、反応消失。僚艦B、被撃破』

 最後の敵艦が爆発し、残りの随伴艦を道連れにした。

『護衛対象、防盾喪失。誘爆』

 フィブラ・クウェハのシールドが霧散し、左舷主推進機が吹っ飛んだ。至近で爆発した二隻分の破片に耐えきれなかったのだろう。もはやダメージコントロールは絶望的に思えた。

「脱出せよ! フィブラ!」

 スカーがえ、フィブラ・クウェハの艦橋が真上に打ち出される。寸刻の後、残ったフィブラ・クウェハの本体が爆発した。

「周囲に敵影無し。交戦中断。捜索救難へ移行」

「よろしい!」

 俺はスカーの力強い許可を得て、艦を停止させる。爆発は既に消えているが、大小様々な破片が広く散らばっていく。それらが探査を難しくさせていた。


「艦上方、能動探査アクティブスキャン開始」

 俺はフィブラ・クウェハの艦橋が飛び去った方角へ、眼や耳を凝らしていた。

「目標確認。接舷態勢」

 首尾良くフィブラ・クウェハの艦橋が見つかった。惰性で上昇する艦橋の進路へ、俺は艦を先回りさせる。続いてリレー走のバトンパスのように、相対距離と速度を調整した。こちらの艦底部を使い、正面から受け止める態勢だ。目標の艦橋は恐らく定員二名で、かなり狭い作りとなっている。

「底部シールド出力下げ。接舷準備完了」

「フィブラ・クウェハ、衝撃に備えよ」

 シールドを緩衝材として使い、柔らかく受け止めた。目標の停止と引き換えに、こちらの艦が打ち出された振り子のように後ずさる。

「艦停止。艦倉カーゴ開放。係留索射出」

 ほどよく惰性で下がり、慣性制御Gアシストで艦を停める。艦底の倉庫区画の外扉を開け、目標に磁力で貼り付く引き上げワイヤーを四本打ち出した。

 係留索の先端は小型ロケットのような形のドローンだ。これを船外機つきボートのような動きで目標に近づける。

「係柱確認。係留索接続」

 ドローン先端のカメラが係留索を近づけるべきポイントを捉える。先端が電磁石になっている索がドローンの腹から離れ、狙い通りに貼り付いた。

「接続確認。底部シールド停止。係留索巻取り始め」

 ほぼ四本同時作業で係留索を繋ぎ、ゆっくりと巻き戻した。

「係留完了。艦倉閉鎖。与圧開始。底部シールド作動」

 フィブラ・クウェハの艦橋を受け止めて固定し、艦底部倉庫の外扉を閉める。倉庫に空気を入れ始めた。

「交戦および救難終了。シールド出力安定確認」

 次に何をすべきかを考えた矢先、また〝白い世界〟にいざなわれた。緊張の連続で、思った以上にストレスを感じていたようだ。

(……すべきことは、遭難者のケア、水や空気の調達、続いて自己紹介と取引だな)

 与圧で結構な量の空気を使っている。乗員が増えたことで、今後の水や空気の消費も増えるのは明白だ。備蓄が厳しくなる前に補給しておこう。

 俺は当面の行動方針をまとめ、元の世界へと戻る。

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