星砦戦記 ~軌道船上のAI男~

🗂️ボクセルヘッド

第一章 邂逅

第一話 システム起動

「起きろ、莫迦者ばかもの!」

 我に返る。聞き覚えが無い女性の怒号だ。

「メインシステム、再起動完了。解析モードへ移行します」

 今度は聞き覚えが有る。幾分固く抑揚に欠くが、確かに俺の声だ。

「……ようやく目覚めたか」

 女声に冷静と安堵あんどが混ざったようだ。

 暗闇の中で眼を凝らすと、既視感のある艦橋が映り込む。大型旅客機のような横並びの操縦席だ。左舷側の席に、見知らぬ女性が座っている。それを前から映すカメラが、俺の眼として働いていた。

(……どちらさま?)

 口にしたはずの疑問は、声にはならなかった。

ほうけている暇は無いぞ、ガゼル。現状を報告せよ」

 長い黒髪に色白の肌。透き通るようなみどりの瞳。凛々りりしさを感じさせる、整った顔立ちと声。

 女性の面持ちには緊迫感がただよう。その眼の先は忙しく走っていた。恐らくはモニター等から、情報を得ているのだろう。

「スカイ・ワンからシックスまでの信号をロスト。スカイ・ゼロ管制区画のみ健在」

 また俺の声がする。と、同時に頭の中に情報が流れて来た。

(やはり……ゲームで俺が設計した宇宙要塞……。スカイアイルだ)

 暗灰色に彩られた全長約二〇キロメートルの要塞……だったはずだが、今は物流倉庫ほどのサイズになっている。何らかの理由で、ほとんどの構造体を失ったと示されていた。

「脱出機構の作動履歴があります」

 俺の声が淡々と報告を続ける。一方で当の俺は、衝撃と混乱の渦中に居た。恐ろしい速度と鮮明さで、情報が頭に流れ続けている。……困ったことに、首から下の感覚が無い。

「つまり……我がとりでが落とされた、ということか」

 女性が静かに怒りをこらえ、つぶやいていた。

「その推察を支持します。スカイアイルは危機的状況に陥り、管制区画だけを跳躍ジャンプさせたと判断します」

 機械的な応答の影で、情報の導入インストールが終わる。絶望的な状況が、俺に突き付けられていた。


「ガゼル。最優先でスカイアイルを復旧させよ」

 女性が決然と命を下す。彼女の言う〝ガゼル〟とは恐らく……。

「……どうした、まだ寝惚ねぼけておるのか? 確認だ。お主の所属と名称を申せ」

 俺の声・・・に割り込むように、俺は意識を集中させる。

はダンスカー艦隊所属、艦隊運用AIガンベゼル。貴女あなたの管理下に在ります」

 の意識は無事に回答として出力された。そこには導入済みの情報もある。呼吸や滑舌の感覚は無い。思い描いた言葉は出ず、それに一番近い候補が再生される。明らかに発声の勝手が違い、己が人ならざるモノに思えてきた。

「まさか、この主の名を忘れてはおるまいな?」

 女性がいぶかしむ。俺は先程の要領で、再び応答の意識をした。

「貴女はスカー提督。この私に愛称として、ガゼルの名を下さった方です」

 砲艦ガンベゼル……これは俺の代名詞プレイヤーネームだった。今は宇宙に漂うAIの名として、俺に入力されている。

「よろしい。スカイアイルの復旧にかかれ」

 スカーと呼ばれた美しい女性が、満足げにうなずいている。危機に動じぬ振る舞いだ。それを観て、俺は己の浮足を恥じた。

(怯むな、俺! 即死で無いならカスリ傷だ!)

 神隠しの如き理不尽だが、力の限りやってやる。己を必死に奮い立たせ、何をすべきか考え始めた。


「メインシステム、全解析を完了。異常は認められず」

 望まぬ自動応答は無くなった。AIガゼルと俺の意識は、完全に馴染なじんだらしい。AIガゼルの示唆サジェストを受けつつ、タスクをこなしていく。

「非常用格納庫内に、ラスティネイル級戦艦を確認。出撃準備にかかります」

 この極小格納庫の上で、艦橋とスカーの居住空間が隣り合わせる。このたった三つのエリアが、今の宇宙要塞の全てだ。俺ことAIガゼルの本体は、艦橋内に据え置かれている。

「スカイアイル、隠密擬装ステルスカムフラージュ展開。周辺宙域の受動探査パッシブスキャン開始」

 逆位相電磁波発生装置ノイズキャンセラ――反射光すらもある程度擬装できる――を作動させ、要塞スカイアイルをひた隠す。今の要塞を外から見れば、ピントがぼやけた暗灰色のかすみに見えることだろう。

 資材となる鉱物を探す為、聞き耳を立てる方法を選ぶ。これは逆探知されない点で優秀だ。それとは別に、支援としての戦艦ラスティネイルを稼働させる。

収蔵管理インベントリシステム、オンライン。量子通信網、構築中」 

 この二つがあれば、素材収集が捗るはずだ。後ほど検証するとしよう。

「準備を急げ。私が赴く。座して待つのは、性に合わぬのでな」 

 スカーがそう告げてくる。俺としては、ここで大人しく寝ていて欲しい。

 実は俺が同化したAIガゼルには、遵守じゅんしゅすべき三つの規約プロトコルが課されていた。


 第一.管理者の生命を守る 第二.管理者の命令に従う 第三.艦隊の機密を守る


 第一が最優先だ。管理者はいつでも、AIガゼルを止めたり消したりできる。ブラック会社勤めな俺もびっくりだ。そんなAIガゼルと同化した結果、人権を失ったことを嘆く暇は無い。生命まで失う前に動こう。俺は規約に従い、スカーへ意見する。

意見具申いけんぐしん。周辺宙域の脅威度はいまだ不明。貴女はスカイアイルに留まるのが、最も安全と判断します」

 これを聞くと、スカーは不敵に笑った。即座に言葉を返してくる。

「スカイアイルを留守にし、生命維持装置を切れ。その方が良く隠せる」

 隠すべき電磁波が少ないほど、擬装は効く。彼女の言は間違ってはいない……。

「了解。ラスティネイル搭乗の準備をお願いします」

 戦艦運用の難度が上がる。不安を覚えつつ、彼女の命令に従った。


『AIガゼル、ノード〝ラスティネイル#A〟に接続完了』

 記憶にシステムログが書き足されてゆく。俺は量子通信網を介し、要塞スカイアイルから戦艦ラスティネイルへと回線をつないだ。視界が、ラスティネイル艦橋内カメラに替わる。定員は二名で、前後に席が並んでいた。

「ラスティネイル、搭乗準備よし」

 スカーに連絡し、俺は出撃準備を更に進める。その意思に沿い、頭にラスティネイルの情報が流れてきた。

 全長約八五メートル。全幅約五〇米。扁平へんぺいで縁は滑らかな曲線を描く、平根鏃ひらねやじりのような外観。塗装は要塞同様の暗灰色。主推進機メインスラスターは大出力の双発型。重心付近の上甲板に艦橋と、両舷上部に計六門の格納型砲座を持つ。現在の兵装は対盾レーザー、対装甲レールガン、資源採集用のリゾルバーが各二門ずつだ。この分解機リゾルバーの活躍に、俺やスカーの生命が懸かっている。〝最強より最殊勲さいしゅくん〟をコンセプトとした汎用はんよう戦艦だ。

進捗しんちょくはどうか?」

 スカーが足早に艦橋入りし、俺は初めて彼女の立ち姿を拝む。

 身長約一七〇センチメートル。全身満遍なく鍛え、良く引き締まったスレンダーな体型。漆黒基調のボディスーツ姿だ。胸甲らしき装具が、鳩尾みぞおちから首までを覆っている。

「動力炉安定。兵装稼働。制御調整フィッティングおよび試験航行テストフライトようみとむ」

 量子重力炉と呼ばれる装置が、要塞と戦艦を完全に電化する。通電すれば、ほぼ補給要らずだそうだ。砲門の開閉、砲身の角度調整にも問題は無いようだ。

「……随分と慎重だな」

 スカーがのたまう。前席に浅く腰を降ろしながらだ。表情は見えないが、その声音にはあきれが感じられる。彼女の人柄は、まだ判らない。だからこそ、慎重な段取りを組むべきだと考えていた。

「敵は待ってはくれぬ。今すぐ動き出すつもりでおれ」

 スカーは若々しい外見とは裏腹に、言葉には歴戦の雰囲気を漂わせる。提督・・の肩書は伊達だてではなさそうだ。もっとも、後ろで俯瞰ふかんする者であって欲しいとは思う。

「度が過ぎる慎重は臆病と映る。想定外など、力ずくで覆せば良いのだ」

 我が管理者殿は、随分と勇ましい性格であるようだ。慎重でありたい俺とは、相性が悪いと思われる。それでも彼女の顔色を伺うべき境遇だ。少し、やるせなくなる。


 不意に、要塞スカイアイルの走査機スキャナーが異変を捉えた。

「受動探査に感あり。距離五〇〇光秒。詳細解析中」

 報告読み上げの途上、続報が入る。

「詳細判明。救難信号を検知」

 報告を聞くなり、スカーが座席に滑り込む。座席は操縦者を包み込む形状だ。なかなか窮屈に見える。ガチリと重い音が鳴り、彼女の背中と座席が繋がった。

「近すぎる。すぐに向かうぞ」

 スカーがそう即断する。一方、俺は疑念を抱いていた。救難信号と偽り、徒党を組んで待ち伏せる者も居る。宙戝・・と呼ばれるやからのお決まりの手だ。

(この救難信号、応じるべきか……それとも)

 非情なことを考えている自覚はある。規約や彼女の強権を恐れる自覚もある。思考速度は下がり続けていた。

(それでも考えねば……頼む、少しだけ考えさせてくれ!)

 神にすがる思いだ。こいねがうその瞬間、さらなる異変が生じる。

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