第8話 山北の現在

それから長い夏が終わり、秋になって社員の藤川が山北の消息を伝えてきた。

藤川は社員だけあって、アルバイトとは違う一段高い位置で山北と接していたためか山北に信頼されていたと見えて例の怪電話もなく、チャンネルは健在だったようだ。

藤川によると山北はお笑い芸人養成学校を中退して故郷の福岡に帰り、実家の会社『山北工務店』を継ぐことになったという。

半年も経たないうちに夢をあきらめたということだ。


だが、我々の前からはいなくなっても、彼は我々の心の中に永く残り続けた。


私は南東京ベースで一年ほどアルバイトを続けた後紆余曲折を経て、現在は不動産会社で働いているが、あの『続・青春時代』を一緒に過ごした兼田はじめ何人かのアルバイト仲間とはそれぞれ別の世界で生きている今でも居酒屋などで時々同窓会もどきを行う。


そして、その際はいつも山北の話題が出て、場が大いに盛り上がるのだ。

お笑い芸人としてTVデビューすることはかなわなかったが、彼の存在そのものが名人芸として我々の記憶にしっかり焼き付いている証拠である。

彼の大河ドラマのようなお笑いはTV向きじゃないのは明らかだし、『事実は小説よりも奇なり』の言葉通り、TVにおけるお笑いはしょせん作られた虚構であり、現実世界で自らの尊厳を犠牲にしたリアルなお笑いには決して勝てないのだ。


それをあえて南東京ベースという狭い世界で、おそらく全力でお笑いを提供した山北はある意味ホンモノのお笑い芸人だったと我々は確信している。


もしかしたら福岡で、またあのお嗤い芸が展開されたのかもしれない、ひょっとしたら今でも…。

ある休日、そう思ってネット検索したら、出てきた!『山北工務店』!


そのホームページで、あの山北が『代表取締役・山北浩二』としてすっかり薄くなった頭と肥満した姿で例の暑苦しい笑みを浮かべて写真に収まっているのを見て少しホッとした。

私の『続・青春時代』のスターが生存しているのが分かったからだ。


だが、私より四歳しか若くない割には若々しく、現在の姿ではないのではないか?とも思った。

それと、「新着情報!」としてトップページに告知されている記事は2009年だし、ホームページそのものも2020年代の感じがしない古式ゆかしい。

長年更新されていないのは明らかだ。


もしかして、と思ってホームページに記載の電話番号に電話をかけたら、「お客様のおかけになった電話番号には、お客様と通信ができる機器が接続されていないか、または故障中と思われます」というトーキー。


倒産してんじゃねえか?

それとも別の会社を立ち上げて復活してるかもしれないいが。


もし後者だったら面白くないが、前者だったら…。

そう思うと無性に笑いがこみあげてくる私は性格が悪すぎるだろうか?

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