第7話 電話を使った最後の芸
山北が消えてから一週間。
あの熱狂も次第に冷めて伝説の一幕が話題に上らなくなったころ、いつも通り夜勤から帰宅して就寝していた私は、枕元に置いた自分の携帯電話の着信音で目覚めた。
時間は午後二時、こちらはまたその日に始まる夜勤作業に備えて寝ている。
こんな時間の電話は迷惑電話と割り切って断固無視してまた眼を閉じた。
夕方に起きて、携帯電話を見ると迷惑な着信はあの名人・山北師匠からで、留守電にいつもとは違う沈んだような調子でメッセージがあった。
「もしもし、山北だけど。アンタは俺のこと嫌いか?嫌いじゃなかったら電話くれ。今、電話帳の整理しててさ、俺のこと嫌ってる奴は削除して着信拒否設定にしてんの。もし三十分以内に電話くれなかったら削除するからヨロシク」
こいつは頭がおかしい。
気味悪くてしょうがなかったが、私は怖いもの見たさもあってかけ直してみた。
どうせ削除されてるだろうと予想して。
「はいもしもし」
出た!ワンコールで出た。
『最後通牒』から三十分どころか三時間以上経ってるのにまだ削除も着信拒否もしていなかったのはどうしてか?
「ああ、昼間電話もらったけど寝ててさ、あの電話だけど…」
「アンタ、俺のこと好きか嫌いか、どっち?」
はあ?いきなり人の話も聞かずにまたそれかよ。
私は電話したことを後悔した。
「意味わかんないんだけど」
「だから好きか嫌いか答えりゃいいんだよ」
嫌いに決まってるだろ。
自分がどれだけ気持ち悪いことしてるのか分っているのかこいつは?と思ったが、心とは裏腹に私は当り障りのない答えをしようと努めてしまった。
「いや、別に嫌いじゃないけどさ」
「だから好きか嫌いかと俺は聞いて…」
「いや、南東京の人たちもみんな心配してたぞ」
「どんなふうに?」
誓って言うが、私は当り障りなく答えようとしていたのだ、この時も本当は。
私は本来、どんな嫌な奴が相手でも決して面と向かってコケにすることができない優柔不断な性格なのだ。
しかし同時に、お茶を濁すつもりが不用意なことを口走ってしまう悪癖があり、この時にもそれが出てしまった。
「いや、もうあの面白い芸が見られなくなるって残念がっててさ、あれは俺もホントに笑った…もしもし、あれ?聞いてる?」
切られた。
もう一度かけ直してみたが、もうつながることはなかった。
着信拒否にされたからだ。
それが彼と話した最後だった。
職場に出勤して、彼と携帯番号を交換したことのある者は皆くだんの怪電話を受けていたことを知った。
ある者はそのまま無視し、ある者は無回答のまま自主的に着信拒否に設定し、兼田のようにすぐさまかけ直して「嫌いだ。くたばれ!」と明確な意思表示をした者もいたが、「好きだ」と回答して山北の電話帳に残してもらえた者はついに見つからなかった。
「最後の最後まで笑わしてくれたぜ」
「これで遺書に俺らの名前書いて自殺でもしやがったらもっとウケるのにな」と言った者もいたが、それは言い過ぎだろう。
その場では「そりゃおもしろい」と言ってしまったが。
こうして再びあの怪電話は彼の芸として再び、そして最後の脚光を浴びた。
尊厳や体どころか命を張ってまで我々を楽しませることは山北にもなかったようだったが、山北はまるで忘れ去られるのをよしとせず、最後っ屁のごとく存在感を放ったのは確かであろう。
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