第12話



 ランスルー子爵邸——アンジュが購入してそうと見えるように整えた郊外の屋敷——では、手を拘束されたレシャとアンジュがお茶を前に向かい合っていた。


 何事かわめいていた男爵は、ジルベールにより連れ出され、今は静かだ。



「手を縛られていても、お茶はいただけるでしょう? どうぞ」



 優雅に笑うアンジュを前に、舌打ちをしたレシャは、乱暴にティーカップを手にし、温くなった紅茶を一息に飲む。



「お貴族様が飲むようなお茶は、高価な味がするね」



 乱暴にカップを置いて、にやりと笑うレシャに扇で口元を隠したレシャも笑顔を浮かべる。



「フォーコネ男爵令嬢。あなたの罪は白日の元に晒されました。イブリース様に薬を盛るように命じたのは、誰ですか?」



「言うわけねえだろ」



 すっかり開き直った様子のレシャは、ふてぶてしい態度でソファの背にゆったりともたれ足を組む。



「どうせ、何の証拠もないまま私たちを捕まえたんだろ。拷問か何かで口を割らせるために。でも、残念でした。私たちの顧客は広くてね。すぐに助けだってくる」



 ラベー公爵家よりも強い権力を持ったものが背後についていると、暗に匂わせ、たかをくくっているレシャに、困ったように片手を頬に当てたアンジュが溜息をつく。



「そういえば……男爵家を検めているときに、馬小屋の近くの小屋で、あなたによく似た面差しで、同じ色の瞳と髪をした女性を保護したと連絡をいただきましたの」



 ランスルー子爵邸に男爵たちを呼び出している間、男爵邸にも証拠品を押収するために騎士を送り込んでいた。


 メイドとして潜入してイブリースと会った時に、魔道具である録音球を持ち、彼との会話を録音していたアンジュは、それを証拠に家門の騎士たちを動かす許可を得てのことだ。



「とても痩せ細っておられて、持病もお持ちのようでしたから、ラベー家にお招きして医者を呼んだそうですの」



 ゆったりとした語り口調で、なんでもないように語るアンジュとは裏腹に、レシャの顔がみるみるうちに蒼白になっていく。


 当たりだ。


 男爵の身辺を調べているときに、レシャとよく似た女性が粗末な小屋に押し込められていることを知った。


 書類上は男爵夫妻の子として登録されているレシャだが、平民の妾から生まれたという噂は絶えない。


 病を得ている女性が劣悪な環境にいるということも捨て置けなかったが、彼女がレシャに対抗する一手になるのなら。という腹積もりもあった。


とどのつまりは人質だ。



「母さんに手を出したら、許さないから!」



 テーブル越しに身を乗り出し、アンジュを睨みつけるレシャの首元に、アンがナイフを突きつける。



「弱っている方を助けこそすれ、害すなんていうことはありませんわ」



 慈愛に満ちた女神のような笑顔を浮かべるアンジュを前に、息を荒くしたレシャはすうっと深呼吸してソファに腰をかけなおす。



「何が、望み……」



「イブリース様を元に戻してくださいませ」



 扇をパンと閉じ、獲物を捕らえる獣のような瞳でレシャを捕らえる。



「それは……できない話だね」



「なぜですの、あなたがイブリース様をあんな風にしたんでしょう!」



 レシャの言葉に苛立ちを隠そうとしないアンジュに、あからさまに溜息をつく。



「仕方ないだろ……体の持ち主が死者の魂を受け入れているんだから、魂を引きはがすのは難しいんだよ」



「イブリース様が、あの状態を受け入れているですって……」



「そうだよ。不出来な自分ではなく、優秀な魂に体を動かしてもらいたい。そんな怠惰な考えを起こす奴が陥ることさ」



 レシャの説明によると、魂は柔らかな粘土のようなもので、本来の体の持ち主が強く反発すれば入れた魂も弾かれるが、体の持ち主が受け入れてしまえば混ざり合うらしい。


 イブリースの場合、相手が血縁関係者であり相性がよいため、より混ざりやすいと言う。



「本来は、死者の魂なんかより生者の方が強いんだ。薬の影響とはいえ、長時間死者の魂に乗っ取られているっていうことは、その方が、あいつにも都合がいいっていうことだろ」



 一息に説明して、フンと鼻を鳴らす。



「フォーコネ男爵令嬢……」



「なんだよ」



「あなたが協力してくださったら、お母様の今後を保証いたしますわ」



「…………約束をたがえたら、あんたを殺すから」



「わたくし、できない約束はいたしませんの」



 男爵令嬢でありながら、身分をわきまえず王太子に近付き、アンジュとの婚約破棄を画策し、王太子に薬を盛って王太子妃候補に上りつめたレシャ・フォーコネの原動力は母の救済だ。


 これまで、全く行動の動機が見えなかったレシャが見せた人間らしい感情に、ふっと笑みが零れ、それを見とがめられて射貫くように睨まれた。

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