KANEKO5
ゆかな
プロローグ
ー黄牙へ
突然こんな手紙ごめんな。
この前お母さんと話した通り、今日離婚する事になりました。
もう離婚届も提出済みです。
炎くんとの事件すぐで本当申し訳ない。
彼の家族にお願いするのは難しかったのでこの話は桃ちゃん一家には伝えてあります。
もし知り合いで頼りたかったら彼女を頼ってください。
彼女とも別れたばかりで本当申し訳ない。
もし誰にも話したくなく転校を希望するなら昔お父さんがお世話になったみなと中学校の岡先生に話をしています。
この中学校には両親が居ない生徒を面倒見てくれる施設や先生がいます。
岡先生には昔、お父さんが中学校の先生研修時代に公私共にお世話になった恩師です。
連絡先を記載しておきます。
最後に。
本当にこんな形で離婚してしまって申し訳ない。
家族ぐるみの付き合いとはいえ、炎くんはお父さんのクラスの生徒だったんだから。
こんな大事故になったのはお父さんの責任でもあるよな。
転勤は炎くんのせいではありません。
顔の傷、軽傷で本当によかった。
父さんに似て可愛い顔してるもんな。
いつか有名になるんじゃないか、ってお母さんと話してた頃が懐かしいよ。
長々とごめん。
いつか再会できる日を願って、黄牙の幸せを祈り願っています。
父よりー
***
長い間、入院して久しぶりに帰宅すると、家の中は暗く少し冷え切っていた。
テーブルの上に離婚届のコピーと両親の結婚指輪、そして今読み終えた手紙だけ置いてあった。
お母さんは僕と炎が喧嘩してから精神的におかしくなってしまった、と一度お見舞いにきてくれたお父さんから聞いた。
忙しいのに桃の家族も何度もお見舞いにきてくれて、何かと面倒を見てくれた。
『隣同士なんだから遠慮しないで。』
その言葉が本当に惨めだった。仲が良いから、優しさが余計に辛い。
もう一度手紙を読む。
手紙に記された電話番号に電話してみる。お父さんが昔働いていた学校。入院中に離婚なんて。岡先生に聞けば何か分かるかもしれない。
「…もしもし。岡先生いますか?」
受話器口から「はい、私立みなと中学校です。はい、岡先生ですか?」と、女性のハキハキした声が聞こえる。
「岡先生ね!ちょっと待ってね…ってちょっと高橋先生っ!何してるんですか勝手に!」
ガサゴソとうるさい。電話の向こうで揉めている声がして、受話器から耳を離す。
「お前が河野黄牙か?」
受話器の背後でかなり揉めているらしく、口論が続く。
「はい。あの、岡先生と話したいんですが…。」
相変わらず背後がうるさい。岡先生じゃないならもう電話切ろうかな。改めて電話しよう、そう思い受話器を耳から離した瞬間だった。電話の相手がゆっくり話し出す。
「自己紹介が遅れたな、俺は高橋、高橋徹だ。5組の担任で美術を教えてる。5組は定時制クラスでもあるからお前にピッタリだと思って電話変わってもらったんだ。すまない。」
えっ、とびっくりして上手く返答出来ずに戸惑っているのにお構いなしに話は続く。
「お前の父親、河野と面識がある。会って話したい。」
突然のことで言葉が出ない。
「岡には話付けておく。俺と一度話そう。学校で待ってる。直接ここにきてくれ、場所は…。」
一方的に話はまとまり、最終的には勝手にブツッと電話が切れた。
お父さんの事を知ってる?
震える手を押さえ、ハンガーにかかっている新品の新しい制服を見つめる。私立みなと中学校、ここから少し離れた高台の高級住宅街の中にある私立学校だ。
気持ちが一瞬ためらい、電話の横に飾られた幼馴染の炎、桃と映った写真が目に入る。
幼稚園の入園前に桃の家の前で撮った写真だ。
桃と炎とは産まれた時から幼馴染でずっと同じ幼稚園、小学校と通ってきた。ずっと仲が良い3人…なんて嘘。
小学生の頃のある事件がきっかけでギクシャクしてしまってから、炎とは距離を取るようになった。
長い事話していない気がする。お見舞いに一度も来てくれなかった。
辛いけど、もう会うことはないのかな。いつかまた会えたらいいな。
飾られた写真を額縁から外し、破ろうと思ったが出来ずに丸めてゴミ箱に捨てた。
そして、決心をして真新しい制服に手を伸ばす。お父さんが用意してくれた、最後の父親としての役目。
みなと中学校へ行こう。高橋先生に会って話を聞くんだ。
泣いている時間は無い。着替えを済ませ、少ない荷物を入れたカバンを手に取る。
お父さんの最後の手紙を制服の胸ポケットにしまい、歩き出した。
***
2000年、中学1年。
季節は6月。ジメジメ蒸し暑い日が続く。教室内では生徒たちが騒いで走り回る人もいる。
ちらっと空いている席を見る。
幼馴染の河野黄牙が入院して学校に来なくなった。
理由は…俺の責任。だとわかっているし、ちゃんと謝らないといけない。
感情に任せて殴ってしまったし子供じみた嫉妬で彼には本当にとんでも無いことをした。
俺も子供だよな、あいつの泣き顔が今でも離れない。
黄牙に付けられた左頬の傷を撫でながら金子炎はぼんやり考えていた。
もう朝の9時を回ってるのに担任の先生が来ない。何かあったのだろうか?
そんなことを考えていたら副担任が教室に入って来て号令をかける。幼馴染の金子桃も先生の背後から一緒に教室に入って来て俯いたまま席についた。
「みなさん、急ですが担任の河野先生は事情がありまして転勤してこの学校とはさよならする事になりました。隣のクラスの河野黄牙くんも一緒に転校する事になりました。みんなごめんね、驚かせてしまって。」
生徒たちが一斉に立ち上がる。
「それって!この前の炎くんと河野くんの喧嘩が原因ですかぁ?」
調子が良い男子が炎をチラチラ見ながら先生に質問する。先生は「違いますよ。家庭の事情なんです。」と即座に答える。
「へぇぇぇぇ。河野くん、炎のせいで今入院してるんですよね?こいつのせいじゃないですか。暴力はんたーい!」
調子良く手を叩き、他の生徒を煽り出す。
炎を囲って「よく学校来れるよな。河野可哀想だぜ。」こう言うと睨んで「お前、河野にいつも厳しかったもんな?先生も息子も可愛いから本当は好きだったんじゃねーの?」とケラケラ笑い出す。
「うるさいわねっ!静かにしなさいよね!席に戻りなさいよ!」
桃が炎と男子生徒たちの間に入り、仲裁に入る。
「違うんだから!炎は…。違うの、みんな違うの!」
桃の優しさに胸が苦しくなる。本当に俺は何をしたんだ、と唇をかみ勢い良く立ち上がる。
時計を見る。まだ家にいるのだろうか、今行けば間に合うのか?
「あっ!炎っ!どこ行くのっ?!」
背後から桃の静止が聞こえるがお構いなしに教室を飛び出す炎。
ばか!俺のばか!
今更泣いて謝ったところで遅いのはわかってる。自分が幼稚で嫉妬故の行動だった。
***
「え?桃と黄牙が付き合ってる?」
それは幼馴染の桃の家にお邪魔した際、母親から聞いた突然の告白だった。
母親がしまった!という顔をしてる。
そうか、だから最近二人距離近かったのか。
「炎くん、ごめんなさい。桃から言わないでって釘刺されてたけど…。知ってたと思っておばさん言っちゃったわ。今二人2階にいる…あっ、待って、炎くん!」
足が勝手に2階に繋がる階段を登っていた。野暮なのは承知だけどどうしても許せなかった。
抜け駆けしやがった!
俺が先に桃を好きになったのに先に言われた!
悔しくて悔しくて勢いよく桃の部屋のドアを開ける。
びっくりした顔の二人が炎を見つめている。
「えっ…。ほ、炎?ど、どうしたの?あ、宿題?」
気まずい雰囲気が流れる。黄牙に至っては顔を合わせようともしない。
桃が気を遣って話続ける。
「あっ…ええっと。ごめんね、お母さんから聞いちゃったの…。わたし達付き合ってるの。今日はデートというか勉強会で…」
「…いつから?」
桃の言葉を遮る形で質問をする。ムカつく。ムカつく。ムカつく!
慌てる桃を心配した黄牙が割り込んできた。
「炎、みっともないよ。僕はちゃんと気持ち伝えたよ。炎とは違う。」
ムカつく!!!
「な、なんだよ。女顔のくせにカッコつけちゃって!俺とは違うってなんだよ。」
「こういう卑怯なやり方でしか気持ちを伝えられないの?悪口しか言えない口なの?汚いよ、炎。」
カッとなって黄牙の胸ぐらを掴み罵声を浴びせようとしたけど桃の泣き声で我にかえる。
何をしてるんだ、俺は!
「ごめん…。ごめん…ッ!」
勢いよく部屋を飛び出した際に体制を崩して盛大に倒れた。
黄牙が手を伸ばすが俺はその手を振り解き突き飛ばすが力強く腕を掴まれた。
「炎っ!明日学校で話そう!放課後、体育館裏に来て!」
泣きそうな顔で俺は黄牙の顔を見るだけで精一杯でなんて返事をしたかわからない。
明日、学校で…。
掴まれた手を離し、階段を駆け降りる。
まだ桃の泣き声が聞こえる。
明日が最悪な日になるなんて今の俺には知る由もなかった。
***
今日の授業が全て終わり放課後。
朝から一言も黄牙と話していない。あいつが悪いんだ、俺より先に桃に告白なんてするから!
「炎くん。」
名前を呼ばれ振り向くと担任の河野先生が目の前にいた。
担任の河野先生は黄牙の親父で俺達のクラス担任。
この顔で黄牙か、って感じでアイドルみたいな顔してやがる。男の俺にはわからないけど女にはモテるらしい。
黄牙の家族は可愛らしい一家で、のんびりしてるというか…あまり話したくない。
「…女顔の男なんてどこがいいんだよ。」
「えっ!俺のことかな?」と、あたふたする先生。
嫌味ですら聞き逃さないのかよ、ムカつくな。
「ご、ごめんね女顔で。えっと、炎くん、夏休みの自由研究ってなんだっけ?」
首を傾げ聞くので「火起こし実験です。さっき、ライター何個か借りたので気を付けて持って帰って、って話ですか?」と、ライターを先生に見せて嫌味っぽく答える。
「あ、そうだったね…。ええっと…話はそれじゃなくてね。…昨日…。」
ああ、それか。遠回しうざ。
「かわのせんせ、なんですか?はい、昨日息子さんと喧嘩しましたよ。これから喧嘩の続きだと思います。」
返答に困ってる様子。
「俺も二人が付き合ってるの知らなくて…ごめんね。炎くん、いつも炎くんにいじめられた、って帰ってきてた黄牙が唯一怒って帰ってきて。明日絶対に納得してもらうんだ!って意気込んでたんだ。…ちゃんと話聞いてくれると嬉しいな。」
真剣な眼差しで俺を見る先生の顔が何もかも見透かされてそうで怖い。
ちゃんと返事しよう…。
「はいはい!わかってるって、せんせ!俺もう子供じゃないですし!昨日は幼稚でした、本当に。もう…行きますね。話聞いてきます。」
「あ、炎くんっ!その前に職員室で自由研究用のライター返すんだよ…。はぁ…。」
河野先生の返事を待たず走って教室を飛び出し、体育館裏へ向かう。
「あっ…。」
先に体育館裏に居た黄牙と目が合い、小さな声が漏れた。
「昨日は僕も感情的になっちゃってきつい事言っちゃってごめん。」
ちびで女顔で…小学生まではよく男にいじめられていたから俺がよく守ってやってたんだよな。
男のくせに情けない声出して俺にしがみついてずーっと泣いてるから『大丈夫だよ。』ってよく言ってたよな。
そうだよ、俺がずっと3人友達の幼馴染のままで、って自分が選んだのが悪いんじゃないか。
言葉に詰まってポケットに手を突っ込んだら何かに触れた。
…ライター?ああ、自由研究用に買ってそのまま入れてたんだった。
「僕はちゃんと桃に好きだって気持ち伝えた。その気持ちに応えてくれた桃を悪く思わないでほしい。僕のことは嫌いになってもいい。…僕たち付き合ってるから。桃とは普通の友達として接してほしい。僕とは…友達じゃ無くなってもいい。」
友達じゃ無くなってもいい?
心にヒビが入った音がする、なんでそんな悲しい言葉言うんだよ!
何も考えられなくなって黄牙を突き飛ばし、馬乗りになる。不安な顔で黄牙は「やめて、炎。僕…。」と手を伸ばすが、その手は炎には届かず顔に鈍い痛みが走る。
「おまえが全部悪いんだ。」
心無い言葉が後から後から言葉となって出てきてしまう。黄牙の顔を殴る手を止められない。
「おまえがっ!いなければ…おまえが!」
「痛いよ、やめて!あのね、聞いて…本当は僕…っ!」
炎の左頬に黄牙の爪が深く刺さる。血が流れるが痛みなど感じない。手が血で滑って上手く殴れなくなり、黄牙の首に両手を這わす。滑るように首元に手を回し、力強く首を絞める。細い首が更に細く、炎の指で食い込んでいく。
「あの時だって…俺が…忘れようって…桃を…。」
「うぁっ…!んっ…やめ…んっ!」
苦しそうな顔を見てまだ納得いかなくて、泣きじゃくる黄牙を見下ろす形で立ち上がり、ポケットに入っていたライターを手にする。
「ごほっ!はぁっ…はぁっ…。ほ、炎…。お願い、僕の話聞いて…。」
首を絞められた衝撃で咳をするたびに血を吐く幼馴染の無様な格好。立ち上がった炎の足元にすがりつき「炎、僕、本当はね…。」とかすれた声で問いかけるもその声はあまりにも小さくて風に乗って消えてしまう。
目の前に広がるライターの火がユラユラと揺れ、とても綺麗だったのがとても印象的で魅入ってしまった。
「友達じゃないなんて…ずっとずっと好きで気持ち抑えて…友達のまんまでいいって…おまえも言って…俺、悪くない…悪くないっ!」
ライターの火をつけ黄牙の上に投げ捨てた。制服に着火し黄牙の左腕が炎に包まれる。
「わああああああああ!!!!」
黄牙の悲痛な叫びが空高く響く。
俺はそのままその光景を眺めているしか出来なかった。ああ、なんて綺麗な炎なのだろうか。
赤く燃える炎の揺らめきの中に憎かった人物がいて叫んでいる。
「炎!」
桃の声が聞こえてハッと我に返る。手に持ったライターを投げ捨て身体の震えが次第に大きくなる。俺は一体何をしたんだ?黄牙の悲痛な叫びが鼓膜を突き破る。なんてことをしたんだ!!!!
炎はようやく自我を取り戻し、黄牙の身体にまとわりつく火を消そうと制服で風を送るが逆効果で中々消えない。
腕を掴まれ、桃の怒った顔が瞳いっぱいに映り込む。
「ばかっ!ちゃんとして!」
ホースを持ち水を放水している姿が見える。ふらふらとした足取りでホースに手を伸ばす。俺も水を…。
次の瞬間、河野先生が目の前に現れ左頬を思い切り殴られその後の記憶が途切れた。
***
「…気がついた?」
桃と目が合う。ここはどこだ?
「ちょっと待ってね。ご両親呼んでくるから。」
そう言うと扉を開けバタバタと急いで走っていった。
そうか、ここは病院か。
殴られてその場で気を失ったのか、と、ぼんやり考えふと左頬の痛みにようやく気がついた。
頬を覆うガーゼを取ると痛々しい傷が露わになる。…俺はなんてことをあいつにしでかしたんだ。
親父と母親が揃って病室に入ってくるなり、父親は炎の顔目掛けて平手打ちを繰り出す。
「この!バカ息子っ!」
殴られた頬に追い討ちをかけるように、親父にグーで殴られてそのままベッドに倒された。
「黄牙くん、お前のせいで上半身火傷だぞ!顔を殴ったのか!腫れが酷くて面会謝絶。お前はなんてことしでかしたんだ!」
「河野さんになんて言って謝ればいいのかわからないわよ。桃ちゃんが来てくれなかったらどうなっていたか…。炎、わかってるの?」
殴られた顔を抑えながら今更しでかした大事に恐怖した。
「父さん、母さん…。俺、とんでもない事をしたんだ。どうしよう、黄牙に謝らなきゃ…。俺なんでもするから、あいつと友達だから、俺…。なのに…。」
わっと涙が溢れ出す。
離れたくない、失いたくない。
どうして俺は嫉妬剥き出しで攻撃することしかできなかったんだ。言ってやればよかったんだ。
『ずっと友達だから応援する。桃を泣かすなよ!』って。
どうして火なんか…。殴ったりして!どうして傷付けたんだ。
「…せめて両親には謝りたい。河野先生はどこにいる?」
母親が泣きながら教えてくれたのは病院の外にある公園だった。
ベンチに座り、目元を抑えて天を仰いでいる先生を見つけた瞬間足が震えた。
「河野先生…。炎です。」
河野の身体がビクッとしたのがわかる。
目元が赤い。だいぶ泣き腫らしたんだろう。俺のせいで大事な息子が暴行されたんだから。
「炎くん…。目、覚めたんだね。よかった。」
胸が苦しい。こんな時でも他人を心配する事ができるなんて。
「黄牙はまだ起きなくて。思った以上に顔のね…腫れと歯が数本折れてるみたいで起きれても喋れない状態みたいだよ。先生が言ってた。参ったよ、君の醜い嫉妬のせいで大事な息子が生死を彷徨ってるっていうのに。君は殴られて済んでるのかい?喧嘩くらいなら若気の至りだしどんどんするべきだと思って何も言わなかった。恋愛関係だしね。でもね、炎くん。暴力で人を支配したらいけない。許せないよ、君を。」
涙を流しながら俺を睨む河野先生を直視できなくて目線を逸らす。
「…酷だよね。ごめんね。黄牙が目を覚ましたら会いに行って謝ってほしい。君を殴ってから黄牙を救急車で病院に連れて行くまでの間で少し会話したんだけどね。「炎のことあまり責めないで」だってさ。責めちゃってごめんね。あの子、本当にあんな目に遭っても炎くんの事大好きみたいだからさ。俺は…。いや、もう関係ないか。あの子の事頼んだよ。」
河野は立ち上がり俯きながら俺とすれ違いざま肩をぽんぽんと叩き去っていった。
ポロポロと涙が流れ落ちる。
こんな酷い事をしたのに俺を庇うあいつが愛おしい。俺は今更になって自分の醜さを知る。
最低だ、俺って。
***
教室を抜け出し、黄牙の家までやってきた。
カーテンが閉まり、誰もいない?試しに玄関のドアを開けてみようと思い、力ずくで開いてみたら簡単に開いて尻餅をしてしまった。
「いったー!なんだよ、不用心だな。河野先生?黄牙?いますか…?」
返答がない。
「い、いないなら上がっちゃいますよ…?お邪魔しまーす!」
一応スリッパを履いて家に上がる。
家の中は静まり返っていて人の気配がない。
リビングのドアが開いていた。
「誰かいますか…?」
やっぱり誰もいなかったけどさっきまで誰かいた気配がする。
汚れた包帯が乱雑に置かれ、制服が脱ぎ置かれていた。ゴミ箱が倒れ紙屑が散らかっていた。
「あーあ…仕方ないな…。あれ…?これ幼稚園の時の写真…。」
クシャクシャに丸まった写真を広げ懐かしい気分になるが嫌な予感がする。
「…もうこの頃みたいに戻れないのかな。会いたいよ、謝りたい。」
ガタン!
玄関の方から大きな物音がする。
え?泥棒?!近くに置いてあったテレビのリモコンを片手に恐る恐る近付く。
「えーーーーい!!!!!」
リモコンを振り落とし意を決して対決を試みようとしたが既に相手は倒れていた。
倒れている人物は女性で、玄関に座り込んでいる。派手な物音の原因とすぐわかった。
「あっ、河野黄牙くんですかぁ?さっきお電話もらって迎えに来たんですけどヒールが溝に引っかかってしまって…ごめんなさぁい。起こしてもらえると助かりますぅぅぅ。」
手に握っていたリモコンが落ちる。
とりあえず悪い人じゃなさそうだけど、な、何なんだこのドジお姉さん?は。
「だ、大丈夫ですか?あと、俺人違いです。たまたまこの家に用事があって来ていただけで…。電話もらって迎えってどういう事です?」
顔を真っ赤にしながら捲り上がったスカートを直し、コホン!と咳払いしてから喋り出した。
「ご、ごめんなさいぃぃぃ!もしかして幼馴染の金子…炎くん?聞いてますよぉ。黄牙くんの両親が離婚することになって学校も変わることになりましてぇ。私が勤める学校で面倒を見ることになったのですぅ。」
話が追いつかない。離婚?転校?
「黄牙くん、居ないんですかぁ?困りましたねぇ。ちょっとお電話借りますねぇ。」
フラフラとした足取りで電話を探し歩き回る。
あっ!と声が聞こえる。電話を見つけどこかに電話している。
「お疲れ様ですぅ、中嶋ですぅ。あっ、岡先生…河野くん居ませんでしたぁ。どうしましょう?」
ふぇぇぇと泣きながら電話してる。こんな女本当に存在するんだ、と炎は眺めている。
「えぇっ!高橋先生が対応する?はいぃ、はい…私聞いてませんよぉ。米村先生早口で聞き取れないんですもん…うう…。わかりましたぁ、戻りますねぇ。」
はぁ、と落胆しながら受話器を戻す。
くるっとこっちを見る。
「お騒がせしましたぁ。私帰りますねぇ。では…」
「中嶋さん、ですか?黄牙、どこの中学に転校するんですか⁈」
女性の手をがっしりと掴み喰い入るように質問する。
何も聞いてない、何も知らない。何で何も話してくれなかったんだ。退院したことも知らなかった。
「ええっと、ここから少し遠い中学校なんですがぁ。私立みなと中学校ですよぉ。」
居場所がやっとわかった!
「ありがとうございました!また近々会えると思いますっ!」
瞳を輝かせペコリとお辞儀をしてから勢い良くその場を去る。
ポカンと口を開けた中嶋はそのスピードに着いていけずただただ立ち尽くすだけだった。
やっと居場所見つけた!
再会したらまずはしっかり謝ってずっと大事にしたいって伝えてそれからそれから…。
桃に知らせて一緒にみなと中学校に転校しよう。大事な人なんだ、離れたくない。
最後の思い出が涙なんて嫌だ。今度こそちゃんと話すんだ。
時間はまだお昼前。外は梅雨だというのに雨も降らず暑い。先生に何も言わず学校を出てしまったから怒られるのは覚悟の上。
教室に戻ったらみんなに謝ろう。自分がやった事、しっかり言おう。許してもらえるなんて思っていないけど。
期待と不安が入り混じるが今はこの期待に向かって走る。こんな嫌な気持ちのまま別れだなんてやっぱり嫌だ!
靴紐を強めに縛り直して走り出す。
いざ、みなと中学校へ!
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