第6話 みんなの目線


 夏の大会が県大会初戦で終わり、三年生が引退して夏休みが明けた。

 二年と一年だけになって、次のキャプテンを決めることになった。

 ロッカールームに全員で入るのは暑すぎるとなって、外にホワイトボードを運び出して日陰に集まった。

 どこかから張りのあるトランペットの音がする。

 俺は孝一がキャプテンになるんだと思って、段差に腰掛け、今日のトレーニングメニューを考えていた。


「じゃあ立候補、もしくは推薦」

 三年のキャプテンの須賀さんがホワイトボードの前に立って言った。

 須賀さんだけが制服姿だ。他の三年生は来ていない。今年は残る先輩は居ないらしい。

「須賀さんの推薦はないんですかー?」

 体育座りの健人が手を挙げながら発言した。

「俺の? そうだなー」

 須賀さんはいつもの調子で語尾を伸ばすと、ペンのキャップを取った。

 今朝切った爪にやすりをかければよかったと思いながら、切りたての爪の角を指の腹で撫でる。

「まあ、この二人のどっちかだろ」

 キュキュとペンの走る音がして、「二人?」と顔を上げた。


 ボードには『孝一』と『祐希』と書かれていた。祐希は俺だ。


「それは分かってますよ、そこを先輩に決めて欲しいのに」

 健人が笑って、みんなも笑った。俺は慌てた。

「いや俺じゃないでしょ! 孝一だよ!」

 最後列で声を上げた俺をみんなが振り返った。

「祐希はやりたくないの?」

 須賀さんが首を伸ばして俺を見つける。

「いや、やりたくないっていうか、候補に上がるとも思ってなかったから」

 半笑いで言うと、みんなが黙った。

 なんだよ、なんでそんな目で見てくるんだよ。

「でも小学の時はキャプテンだったんだよな?」

「まあ、そうですけど」

 あの時は孝一はいなかったし、決めたのは監督だ。

「孝一は? やりたい?」

 須賀さんが訊いて、俺も孝一に目をやった。

「祐がやらないならやってもいいです。でも、みんなが本当に俺でいいならって感じですけど」

 自信がなさそうなトーンに、苛立ちを覚えた。近ごろは本当に苛立ち易くなっている。

 なんだよいいだろ、誰も文句なんかないよ。

「孝一の方が向いてると思います。頭もいいし、冷静だし」

 孝一の視線を感じたけど、見ないようにした。

「それはお前もなのよ」

 須賀さんが笑って、みんなも笑った。俺はますます苛立った。


 何言ってんだよ! 俺は孝一を見習ってこうなんだよ! 孝一が居なかったらもっと馬鹿だったと思うし、調子に乗ってみんなに嫌われてたかもしれないんだって!


「監督はどう思いますか?」

 須賀さんが話を振って、みんなもつられるように監督におもてを向けた。

 監督は腕を組んだまま、結んだ口を少し微笑ませ、「みんなが付いて行くキャプテン」とだけ言った。

「ですよね」

 分かっていたという風に頷いた須賀さんは、「練習時間が勿体無いから一晩考えてよ。自分がやります! ってやって欲しいからさ、俺みたいに!」

 そう言って二年生を笑わせた。

 須賀さんは去年、自分で両手を挙げて立候補した。須賀さんが適任だってみんなが思っていたから、黙っていたってキャプテンだったのに。

「みんなも付いて行きたい方が決まってるなら後押ししてあげて。もちろん自分が立候補してもいいし」


 そしてキャプテンは保留のまま、練習が始まった。

 須賀さんは、「受験にも有利だよー」と付け足して帰っていった。

 受験? それなら余計に孝一がなるべきだ。孝一には目的がある。自立という確固たる目的が。俺は行けるところへ行ければいい。孝一とは違う。

 

 キャプテンが不在のせいか、心なしかよそよそしい雰囲気でアップが始まった。

 みんなが俺と孝一を見比べているようで居心地が悪い。

 水分をこまめに摂りながら、各自のスピードで走る。筋肉をゆっくりと深く動かして、丁寧に柔軟。それから軽くボールを触って、短いダッシュを繰り返す。

 いつも通りのメニューをこなしながら、どうしてさっきあんな風に苛立ったんだろうと考えた。

 須賀さんに名前を上げてもらえるなんて嬉しいことだ。

 それに、うちのキャプテンはそれほど大変な仕事ではない。自主性を育てるのが監督の方針だから、キャプテンがやることなんて、試合でのコイントスとか、審判や相手チームとのやり取りとか、雑務が殆どだ。別に誰がなったっていい。

 上下関係なく話せて、プレーに信頼性があって、冷静さと素早い状況判断、周りへの気配り……?

 いや、全然誰でも良くないのか。俺にできるのか?

 考えれば考える程、俺じゃなくて孝一が向いている気がする。


 タイマーが鳴って、次の練習に移る。

 一般的なキャプテンシーについては、メンタルとプレーの安定性が重要だと思う。例えば平均以上を常に維持してくれる人。チームの調子がいい時には目立たなくても、劣勢時には必ずそういう人が起点になる。須賀さんはそういうタイプだ。

 あとは、チームの雰囲気を引き上げる力。

 ハッキリ言うと、それは俺にも孝一にもあるとは言えなかった。

 俺たちは多分、性格が穏やか過ぎるんだと思う。だから言葉ではなくプレーで引き上げるしかない。それは今までもやってきたつもりだけど、それなら俺がやったっていい、とは思えなかった。理由は明白だ。


 俺は孝一が好きだからだ。


 初めて言い切ってしまった。

 正しい好きという感情は、恐らくもっと溢れだすように湧き上がって来るものだと思う。

 でも俺の感情と認識の間には多くの戸惑いが積み上げられている。

 例えば、孝一と真結ちゃんと両親の複雑な関係をつい考えてしまうし、男に好意を抱く自分への戸惑いも大いにある。孝一が好きなのは女の子だし、チームメイトだし、親友だ。

 あらゆる戸惑いが、俺の孝一への気持ちを「好き」くらいに留めている。

 好きな先輩にのど飴を貰ってむせび泣いていたクラスの女子のようには「好き」ではない。幸いにも。

 幸いではあるけど、いつか飴ひとつでむせび泣くほどの感情の高ぶりに繋がる「好き」になる可能性は大いにある。俺はこの間の『グラビア指差し事件』を忘れてはいない。

 これらの俺の現状から言って、俺がキャプテンに相応しいとは思えない。恐らくメンタルの面で。

 俺は今、三年生になっても孝一と同じクラスにならないことを祈っている。普通なら同じクラスになりたいと願うんだろうけど、俺は違う。

 女の子と話す孝一を見たら、逃げ出したくなってしまうかもしれない。クラスが一緒だったら逃げ出せないし、見ないわけにもいかない。絶対に嫌だ。

 こんな事を大真面目に願っている俺が、キャプテンに相応しいはずがない。



 練習はミニゲームに移った。

 今日は少しダッシュがもたついてる。でもこういう時はパスの精度がいい。何故かは分からないけど。

 孝一が飛ばすパントキックは高校生並みに飛距離がある。そして蹴った瞬間、俺へのボールだと分かる。

 速くて鋭いそれを上手く受けられるのは俺だけだからだ。

「祐!」

 今日もそれが飛んでくる。名前なんか呼ばなくても、俺のとこに来るのはみんな分かってる。孝一が自分にだけ全力なことが嬉しくて、真っすぐ飛んでくるボールを俺は絶対にミスしない。

 こんな俺がキャプテンに相応しいはずがない。



 練習が終わると、俺と孝一は別々のメンバーに引き離された。

「なに、どうしたの?」

 チームメイトが俺を囲み、孝一がロッカールームに入ったのが目の端に映った。

 二年が四人、一年が五人。

 距離がちょっと近くて、少し後ずさった。


「キャプテン、祐がやってよ」

 真ん中にいた健人が言って、俺は驚いて声が大きくなった。

「俺は孝一がいいって言ったろ!」

「そう言うとは思ってたけど、監督はみんなで決めろって言ったし」

「須賀先輩はやりたい人にやってもらいたいって言った!」

「祐はやなの?」

 直が後ろで首を傾げた。

 ここに居るみんなは俺を推してくれているって事なんだろうか。向こうは孝一? ディフェンスラインが居ないから、そうなのかもしれない。

「嫌って言うか、俺より孝一が向いてると思うから」

「でも、俺たちは祐希先輩がいいと思うんです」

 一年の啓太の高い声が言う。

「なんで?」

「一番上手いと思うからです」

 啓太の眉が当然だと言うふうに上がった。

「でも、孝一はポジションが違うし」

 俺が返すと、健人が重心を俺へと傾けた。

「そんなの含めたってお前が上手いよ。試合の組み立てもお前がやってる。指示出しだって」

「攻撃側だよ! 守備は孝一だ。中盤は健人だってコントロールするだろ!」

 この集団の中心らしい健人を真っすぐ見て説得を試みる。言われれば言われるほど、やりたくない気持ちに傾いてくる。

「祐だよ、レベルが違う。なんでユース断ったのかも分かんないし」

 健人も引く気が無いようで、俺はまた少し後ずさった。

「それは……色々大変そうだから」

 両親はやってもいいって言ってくれたけど、市外だし、練習の送迎とか、親の負担が多そうだった。俺は自分のやりたいことに人を付き合わせるのは嫌だった。たとえそれが親でも。いやそんな話は今はいい。

「俺は――」

「来年はもっといいとこまで行けると思う。お前は絶対強豪に誘われる! お前がまとめろよ、付いて行くから!」

 力強く言った健人に周りも頷いた。

 みんなの意思はハッキリしているらしい。でも俺はやっぱり俯いてしまう。


 来年? 来年の事なんて考えたくもない。


「俺じゃなくてもいいだろ」

「俺たちは、お前に引っ張って欲しい」

 強くそう請われて、ついに言葉が詰まってしまった。


 嬉しい。チームメイトからキャプテンを任せたいと言ってもらえて。

 でも俺は迷っていない。なんて言えば諦めてくれるんだろうって考えてる。ひと欠片もやりたいと思わない。それどころか、来年の話を出されてまたよく分からない恐怖を感じてる。

 なんて言えばいい? 孝一が好きだからって言うわけにもいかないし……いや、それでいいのか。

 俺は顔を上げてみんなを見た。できるだけ真剣に見えるように言わないと。

 緊張して震える喉に力を込めた。


「俺は孝一を尊敬してる。俺よりもずっと頭もいいし、冷静なところも見習ってる。俺がキャプテンでも孝一はついてきてくれると思うけど、俺は孝一に付いて行く方がしっくりくるんだよ」


 好きだなんて言ってるんじゃないのに、耳が熱くなっているのが分かった。


「なんかあんの?」


 突然、健人が声を潜めた。


「え?」


 みんなの目が、健人と同じように俺を窺っている。喉が熱くなって、心臓がドキドキ鳴っている。


「なんかって、なに」


「孝一といる時のお前は、あいつに気を遣ってるように見えんだよ」


 そんな風に見えるのか、孝一を意識している俺は。


「ハッキリ言うと、俺はあんまり孝一を信用してないんだ」


「え?」


 健人の言葉は完全に予想外だった。

 あの孝一を信用していない人間がいたのか。しかも健人が。

 まさか、ここにいるみんななのか?


 呆然とする俺の前で、健人が視線を落とし、気まずそうに口を開いた。

「孝一はいいやつ過ぎるっていうか、隙が無さ過ぎるっていうかさ、祐は仲いいし、そうは思わないだろうけど」


「ああ……」


 なるほどそういう方向か。

 健人は俺の顔を窺うように見て、言いにくそうに続けた。


「孝一は中学からだし、まだ付き合いが短いせいかもしれない、完全に打ち解けきれてないって感じる。孝一もそこは少しあるんじゃないかって思うし。それに、触れられない話題もあるし……」

「触れられない話題?」

「親の事とか」


 言葉が出なかった。咄嗟に何か言おうと喉は意気込んだけど、絶対に間違うと思った。


「親は、関係ないだろ」


「……そうだな、親は関係なかった。ごめん」


 健人の表情は、前に孝一の噂話を語った奴らとは違ったけど、それでも俺を戸惑わせるには充分だった。


 みんなが孝一を慕っていると思っていた。でも、確かに付き合いはまだ短い。小学生から一緒だった俺達とは違う。それに親も、関係なくはない。

 正しさで身を固め、親の事に触れさせない孝一は、みんなには距離を取っていると感じさせるんだ。

 そうだよな、俺も思うよ。怒ったり苛立ったりするのが普通なんじゃないかって。思春期だっていうのにさ。そうできないのは我慢し過ぎてるからなんだろうって。

 実際、疲れた様子だった。あんな無防備な表情は、俺だって人には見せたくない。


「怒ったか?」

 健人が心配そうに俺を覗き込んでくる。俺はただ首を振った。

 そうだった、みんなは知らないんだ。


 みんな、孝一はさ、親の喧嘩が始まると妹を連れて外に避難するんだよ。子どもを置いてバカンスに出かける親の代わりに、妹に映画館へ行く思い出を作ってあげるいいお兄ちゃんなんだよ。噂通りの、子どもを顧みない親との生活で、もうずっと息が詰まってるんだ。俺はそれを知っていて、それなのに好きだから、みんなが気が付くくらいの変な距離を取ってるんだ。


 心の中でみんなに語りかけながら、さっきの自信のない孝一の声が思い出されて胸が締め付けられた。

 みんなの孝一への不信感を俺が膨らませていた。


「残りのみんなは?」

 やっと口を開いた俺に驚いて、健人が顔を上げた。

「孝一の方に行ったみんな」

 ちょうど半分くらいで二手に分かれている。

「アイツらは、二人ならどっちでもいいって言ってる。俺たちはお前がいいから、こうして後押しに来た」

 照れたようにして須賀さんの言葉を借りた健人に、俺ははっきり笑いかけた。

「ありがとう、すごく嬉しいよ。でも俺は、やっぱり孝一がいいと思う」

「祐」

 健人が困ったように俺を見る。

 俺は健人と、それから自分を囲むチームメイトみんなを見た。

「俺を信用してくれるならさ、孝一のことも信用していい。親友の俺が保証する、孝一は心からいいやつだよ! まだ距離があると思うならさ、これをきっかけにそれを無くそうよ。それにさ、キャプテンは後ろに居るキーパーの方が向いてる。みんなのことが、見えるから」


 何度も頷いて、笑って見せた。もう顔は熱くならなかった。

 俺には見えてなかった。自分がどんな風に見えているか、健人が孝一をどう見ているか。

 孝一は、みんなの前ではああ振舞うのが精一杯なんだ。まだただの中二。孝一が親を捨てるためには、あと中学が一年と高校が三年、大学も待っている。

 俺が孝一と一緒にいられるのは今だけだ。これが俺にできる数少ないことだ。

 俺が孝一を推してやらなきゃ。俺がみんなに孝一を信用させてやらなきゃ。家の居心地が良くないなら、学校は楽しかったって言わせてやらなきゃ。


 みんなが考えるように沈黙している。

「どう?」

「先輩がそこまで言うなら、俺は孝一さんがキャプテンでいいです」

 啓太が言って、五人いた一年生も顔を見合わせて頷いた。

「まあ、孝一はやってもいいって言ってたしな」

「一番上手いのはやっぱ祐だと思うけど、二番は孝一だと思うし」

「まあ、ぜってーちゃんとやってくれるしな」

 二年もみんな同じように頷いて、健人だけがまだスッキリしない顔で口を曲げた。

「そんなにやりたくないのか?」

 俺はにいっと歯を見せた。


「ぜーんぜんやりたくない!」


 俺がバカみたいな大声で言うと、健人が目を丸くして、後ろで一年生が噴き出した。

 俺は大声で続けた。

「全然やりたくない! 前で好き勝手攻撃してたい! キャプテンなんて面倒くさい! 真面目な孝一にやらせる!」

 俺がわがままを畳みかけると、ついに健人も笑った。

「分かったよ」

「よし!」

 みんなの空気がちゃんと『それでもいいか』に変わった。

 何人かの目が俺を意外そうな目で見ている。俺は、自分で思うよりもずっと真面目に見られていたのかもな。

「健人」

 俺を見る健人の目を真っすぐ捉える。

「孝一は本当にいいやつだから大丈夫。俺を信じて、孝一を信じてやって」

 健人は俺の目を見たまま二度頷いて、「分かったよ」と俺の腕を叩いた。

「みんなもいい?」

 確かめるように全員の目を見ると、残りのみんなも頷いた。



 こうして次の日から、孝一をキャプテンにした俺たちの代が始動した。

 きっと俺の態度のせいだったんだろう。

 一番孝一と仲が良かったのに、意識してしまってから距離を取ってた。そのくせ家の事は気掛かりで、孝一が無理してないかも心配で、窺うような変な様子に見えたんだろうな。


 俺がちゃんと孝一を信頼していると言ったことで、みんなも納得してくれたと思う。

 きっと孝一も、中学から入った自分がチームに馴染み切っていないのを理解していた。だから自信がなさそうだったんだ。孝一はいつも周りをよく見ている。


 俺は推した責任もあって、両手を上げて副キャプテンに立候補した。須賀先輩も、みんなも笑ってくれた。

 それからは少し自分がどう見られているかを意識した。それから、周りが誰をどう見ているかも。

 孝一の噂話を知った時にも薄々感じてはいたけど、俺は多分鈍感なんだと思う。さらに今は自分の情緒に手一杯で、周りの気持ちなんて考えてもいなかった。


 自覚があった通り、サッカーチームをまとめるには、俺と孝一は性格が穏やか過ぎた。

 二人がこのままでは多分上手くいかない。だから、俺が変わろうと決めた。

 今までよりも意識して明るく振舞った。態度で示していたようなこともちゃんと言葉にして、チームの雰囲気が整っているかを常に探った。多分、そういう点では、健人はチームをまとめるのに向いていたと思う。サッカーのセンスもある。

 ただ、本人も認めると思うけど、学業と素行にはつっかかりがあった。


 俺は孝一への態度も改めた。親友らしくパーソナルスペースは無いも同然。役職もあって、連絡事項の共有に二人でのやり取りも増えた。時々そのまま一緒に勉強もした。

 家のことは聞かなかったけど、キャプテンのサポートはしっかり務めた。


 でも、やっぱりそばにいると緊張したし、目が合うと心臓が騒いだ。

 朝目覚めてすぐに孝一を思い出したり、廊下で後姿を見つけて胸がぎゅっとなったり、孝一のクラスの前を通る時に、ほんの少し緊張したりするようになった。

 これが恋というやつだと、騒がしい女子の話を聞いていたから疑う余地もなかった。

 男達は相変わらず、誰が可愛いだとか誰がエロいだとかいう話しかしない。まあそうだよな、胸がキュンとなるなんて俺だって口に出しては言いたくない。

 みんなと同じように心が成長している。

 好きという感情が、俺を男が好きな人間に育てていく。時々突然息が震えて、涙が滲んだ。

 それでも、孝一がみんなに誤解されるよりはずっといい。孝一を信用していないと健人に言われて、まるで自分が言われたみたいにショックだった。懸命に正しくあろうとしている姿が、時に人に不信感を湧かせてしまうことにやるせなさを感じた。

 孝一が、家の中でも外でも気を張っているのを知っているのは俺だけだ。俺が一番信頼してやらなきゃいけない。

 怖がったって俺の本質は変えられないんだから。

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