◇11 【過去】風に揺れる旗
城から出た二人は石畳の上を歩いていた。きれいに整えられた庭園を抜け、門を抜ければすぐに王都だ。
立ち並ぶ大きな店にフィオネはくるりと瞳を瞬かせた。
「あのお店は武器屋かしら」
「そうだね」
「店というよりもお屋敷みたい」
三階建ての大きな建物を見てフィオネは呟いた。入り口には上質な布でできた赤い旗が掛けられており、風に吹かれてぱたぱたと揺れている。コッヘム商会という大きな看板が飾られている。
「あの旗は王室御用達ということなんだ。ほら、王家のマークがある」
旗の上に浮き出ている金色の刺繡をテセウスは指差した。
「本当だわ」
興味ぶかげに店を見て、近寄って行ったフィオネはすぐ戻ってきた。うんざりと言うように顔を顰めている──こんな表情もするのか。
「ねえテセウス、コッヘム商会の武器って信じられないくらい高いのね!」
「確かに王家御用達だから高いけど。君は時々皇女らしくないことを言うね」
ぱちくりと目を瞬かせたフィオネは「あら、そんなことないですわ」と表情を消した。ツンと澄ました表情を一瞬で作ることができるのは日頃の成果なのだろうか。
「いや、皇女らしくないっていうのは誉め言葉なんだけど」
「そう?」
「少なくとも僕はそっちの方が……いいと思う」
今まで同年代の異性と話すことがなかったテセウスはそこで照れて、ごにょごにょと呟くように言った。フィオネが首を傾げる。
「テセウス、今、なんて言った?」
「いや、なんでもない」
もう一度言うのは恥ずかしい。誤魔化して下を向いたテセウスの頬に、つん、と衝撃が走る。フィオネがその白い指先でテセウスの頬を突いていた。
「恥ずかしがらなくていいのに」
「え……」
「ばっちり聞こえていたわ」
フィオネはニヤッと笑った。歯をむき出しにして笑うその様子は皇女様というより、どこかの町娘であったけれど──テセウスは胸がドキリと高鳴るのを感じた。
「そろそろ、本題。あのお店の人に、ルーク様を見なかったか聞いてみましょうよ」
フィオネは一つの店を指差した。ひとつの宮殿のようなきらびやかな外装。入り口にはやはり赤い旗が掛けられている。王室御用達のお菓子屋だった。
「いや、兄さんはここには来ていないと思う」
「そう?」
「兄さんはこういうところが嫌い──な気がする」
兄はいつもペラペラの服を着て、どこかをうろついていた。城で彼を見ることは稀だった。
認めたくはないけれど、兄はたぶん城が嫌いだった。王家のことも嫌いだった。兄はおそらく「権威」のようなものを嫌っていたと思う。
それが彼の出自──王妃の正式な息子ではないという──によるものなのかは分からないが。
「王都の──こういう、一部の貴族しか買えないようなお店よりも、もっと庶民が立ち寄るようなところに兄さんは行きそうだ」
「確かにそうね」
「あと二十分くらい歩けばこの一帯を抜ける。店がもう少し小さくなるから、そこで聞いてみよう」
フィオネは頷く。それから「ルーク様は、王になりたくなかったのかしら」と呟いた。
「王になりたくなかったから、消えたのかしら」
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