017-結局お兄ちゃんが一番正しいんだよね

子供のころ、お兄ちゃんは私に全てを与えてくれた。

お兄ちゃんは何でもないように振る舞っていたけれど、私は知っていた。

出ていったお父さんや宗教にはまって破滅した母親の事で毎日のようにいじめられていたことも、私に買ってくれていたものが全て、お兄ちゃんがお駄賃を貯めて買ってくれていたことも。

でもお兄ちゃんは、私のわがままを全部聞いてくれた。

だからお兄ちゃんは、私にとって”絶対”になった。


『俺は.......俺は完璧じゃないが、お前は完璧になれる。だから、俺の言う事は信じなくてもいい。ただ忘れないでくれ』


でもある時、お兄ちゃんは私にそう言った。

自分のやっていることが、あの汚いカルトと同じだと思ったのかもしれない。

それから、お兄ちゃんはずっと努力の鬼になった。

私は、そんなお兄ちゃんの背中が好きだった。

だから私も、ますますお兄ちゃんを崇めるようになった。

これは覚えさせられた崇拝じゃない。

私が望んだ崇拝なんだ。

お兄ちゃんの言う事こそ絶対!

お兄ちゃんの言葉は最も尊い!

お兄ちゃんの行動が一番正しい!

そう思っていた矢先、お兄ちゃんは倒れた。

ビデオゲームにはまって、睡眠時間がなくなった結果であった。

その時、私は気付いた。

お兄ちゃんだって人間なんだと。


『お前は完璧になれる』


...お兄ちゃんは、私にSNOの全てを託して引退して、今度はもう少し時間の取れるゲームをやり始めた。

私はお兄ちゃんの言った言葉を信じて、お兄ちゃんを超えるために動き出した。

お兄ちゃんを超えることが、お兄ちゃんが私に望んでいること。

私が完璧になったら、お兄ちゃんはもう私を心配する必要もなくなる。

お兄ちゃんはいつまでも私の完璧でいてくれる。

だから...


「俺は兄を越える、今こそその一歩を踏み出す時だ!」


砲撃が舐めた位置にいたジーグベルム級を貫通し、内部から吹き飛ばす。

その横では、コマンダーシップの一隻のブリッジが内側から火を噴き、スラスターを起動したままの状態でケイロン級に激突、両艦共に爆破した。

ワープで接近しようにも、近すぎて届かないのだろう。

亜光速で迫ってくる艦隊を前に、私は不敵に笑って構える。


「邪魔だぞ、弁えろ」


艦隊の射程距離に入ると同時に、私はフォートモジュールを切ってCJDを起動する。


「...ッ、ゴボ!」


直後、嫌な痛みと共に血が迫り上がってくる。

いよいよ負荷も、辛くなってきた。

こんな事もあろうかと用意していたカップに血を吐き捨て、痛みを訴える体の各所を無視する。


「悪いが、正面から殴り合う気はないぞ」


どこか内臓をやられたかもしれない。

焦点が定まらない。

でも、倒れるわけにはいかない。


「覚悟、決めたからな」


私は今、お兄ちゃんに扮している。

ならば、私の覚悟はお兄ちゃんの覚悟。

絶対に負けない、負けられない。


「敵艦隊、散開隊列に移行。引き続き攻城艦の排除に努める」


ドローン編隊は弾幕を掻い潜り、攻城艦メリローグ級のアーマーの薄い場所に猛攻を仕掛ける。

この世界のシールドは、一点突破に弱いということを、さっきの一撃で確信した。

ドローンもそれを理解しているのか、先ほどから一点に集中した包囲攻撃を行なっている。

攻城艦側も反撃しているが、もともと戦闘機より小さいドローンを狙う武装でないため、ドローン側の損傷にはつながらない。


『全艦、ドローンは囮だ! 狙うな!』

『どうせ届かねえんだからドローンから先にやっちまおうぜ!』


アドアステラ側は重要度の低そうな艦艇から潰しているので、相手には危機感はなく、ドローン側にプライマリが向いていた。

だが、アイギスがいる以上それは無意味な行為だ。

アイギスは修復ナノマシンのグランドマスターとでもいうべき存在で、自らの損傷も、援護対象の損傷も即座に修復してしまう。

だからこそ、本来はアイギスを狙うべきなのだが、敵は耐久力が高く、速度があって当てにくいオルトロスを狙い、どんどんと数を減らしていた。


「まずい、もう電力切れか...」


私は慌てて立ちあがろうとして、立ちくらみに襲われる。

そこで倒れそうになって、誰かが私の手を掴んだ。


「御主人!」

「...す、すまない」


俺は元奴隷の一人に走り書きを手渡す。


「....これの通りにやってくれ、できるな?」

「はっ!」


その子は頷くとエレベーターに向かって走り出した。

数分もしないうちに、電力が回復する。


「なるほど、空になった電池をそのまま入れ替えたのか....」


信じてよかった。

回復した電力を消費して、私はまた一隻を宇宙の藻屑とする。

そろそろ反物質燃料の補充もしないといけないが、そちらは自動で行われるので問題ない。


「スマートミサイル、連続発射!」


スマートミサイルで、接近してくる艦載機をまとめて吹き飛ばす。

あれらは艦隊そのものと違って速度が速く、本体を潰しても向かってくる。

だからこそ、最優先で始末する必要がある。

もちろん、最速のスマートミサイルでも、あれに追随するのは難しい。

なので爆風を巻き起こし、それに巻き込ませる形で吹き飛ばしているのだ。


『おい、やべえぞ!』

『クソ、たかが一隻に! 撤退するぞ!』


そうはさせない。

同時に私は、戦いの決着を確信した。

ここで止めれば私の勝ちだ。


「CJD、起動...ッ!」


その時。

ボタンを押す私の手に、別の手が重ねられた。

振り向かなくてもわかる。


「お兄ちゃん...」


例えがこれが幻覚であっても、私は勝つだろう。

そして、アドアステラは敵艦隊の真ん中へとジャンプアウトする。

不思議なことに、副作用はなかった。

まるでお兄ちゃんが守ってくれたみたいに。

いや、あっても気づかなかったかもしれない。

もう意識も殆ど無い。


「インターディクター、全方位展開!」


オーバーロードさせたインターディクターによって、敵の足は確実に止まった。

だが、私の意識もここまでだ。

それでも私は、海賊たちに届くように、不敵に呟く。


「アデュー」

「ごしゅじんさま!」

「御主人様!」

「主人!」


そのまま私は前のめりに倒れ込む。

そして、ワープアウト警報の音が聞こえたことで安堵した。

私は賭けに勝ったのだ。






『こいつ、動かないぞ!』

『よっしゃ、撃ちまくれ!』


アドアステラは砲撃の雨中に晒される。

主人なき船は、撃沈の運命を辿るかに思われた。

だが、そうはならなかった。


『ヤバい、TRINITY.の船だ!』

『逃げるぞ!』


アウトローたちはインターディクターの影響でドライブが故障した船を置き去りに逃げようとするが、ワープ妨害はまだ続いている。

TRINITY.艦隊は総勢五十二。

数を減らされたとはいえ、海賊の主力艦隊にはまだまだ余力がある。

これでも足りないくらいであった。

......本来であれば。


『ハッ、あいつらに何ができ...うわあああっ!?』


余裕そうに笑う海賊だったが、直後に恐怖することになる。

ケイロン級戦艦の一隻が、粉々に消し飛んだのだ。

TRINITY.艦は、新装備・・・を持っていたということだ。


「カルがくれた餞別、俺たちが仇で返すわけにはいかないぞ、今こそあいつらを撃滅する、俺たちに続け!」


アレンスターはブリッジにて、そう指示を飛ばした。

決戦が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る