040-到来する嵐

エミド人キシナの朝は早い。

というより、彼女たちに自由意思はない。

人間ではあるものの、脳に埋め込まれたインプラントにより、完全に機械制御されているのだ。


「キシナ様」

「ああ」


キシナは住宅.....という名の柱から降りる。

人間として見做されていない彼女たちは、休眠カプセルが配置された柱のような塔で寝泊まりしているのだ。

降りた先で待っていたのは、キシナの副官だった。

その目は虚ろであり、キシナのサブデバイスとして動くようにプログラムされている。


「.........」


キシナを乗せた移動用車輛は浮き上がり、道路の上を走る。

エミドの都にある建造物は、中央にある主の城以外は全て”柱”だけが立ち並ぶ異様な光景である。

エミドの星系の太陽が放つオレンジ色の光に照らされ、都市は不気味に朝を迎えていた。


「キシナ様、後5分で到着します」

「ああ」


キシナ達は機械で制御されているものの、互いに直接情報交換をする機能を持たない。

よって全国民にはバイザー型の装置が配布され、これで遠隔での情報共有を可能とするのだ。


「到着しました」

「ああ」


キシナは主の住む城の門前で、生体認証を受ける。

その間に、懐から小さなカプセルを取り出して飲み込む。

それは栄養カプセルであり、これを使うことでエミド人は食事を不要としている。


「お通りください」


キシナは城の中へと入る。

城内へと足を踏み入れた瞬間、景色は一変する。

効率化された都市から、懐古的で荘厳な内装へと。

だがこれは、ジェキドの趣味ではない。

エミドの建国者である者達が残した、遺跡なのだ。


「今日は遅かったな、いつもよりも2分」

「はっ」


キシナは謝罪しない。

遅延の理由は主が一番よく理解していて、それに弁明する必要はないからだ。


「お前の塔は老朽化していたな、今日から東棟のC-22番に移れ」

「はっ」


エミドの常識では、老朽化した柱は捨て、崩してからまた建て直すのだ。

そのせいか、キシナは生まれたときに住んでいた柱を知らない。


「さて.....またもや物言わぬ者どもが動いた。今度は愚者の国オルトスと交戦したようだな」


キシナは何も言わない。

ジェキドも返答を求めたりはしていない。

これは勅令なのだ。


「キシナよ、愚国に部下を送り調査するのだ。――――そして、お前はオルトス外縁部への侵略指揮をせよ」

「はっ!」


キシナは頷き、城から去って行く。

ジェキドはその後ろ姿を興味深そうに見つめる。

エミドは不老不死というわけではないので、いつかは必ず子孫を残さなければならない。

そして、ジェキドから見てキシナはかなりの好感を持てる人物だった。


「.......抑制レベルを抑えてみるのもよかろう」


ジェキドはそんな事を考えていた。

それが一体、何を引き起こすのかも知らずに。







かくして、オルトス王国には嵐が訪れた。

Ve’zとエミドが来たる暗雲のように静かに動き出し、またビージアイナ帝国方面からも、『Noa-Tun』という新たな脅威がこの世界に現れようとしているのであった。

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