028-怒り

その頃、空港では。

TRINITY.の艦隊が、空へと飛翔しようとしていた。

内部では、拘束したエリスを前にして微笑むクリストフの腹心の部下がいた。


「可哀想に、Ve‘zに誘拐されたかと思えば、養父と養母に金で引き渡されるとはね」


エリスの顔に手を添え、男は笑みを深める。

どうせこの程度バレはしないと黒い欲望を解き放とうとしたその時。


「なっ、何事っ!?」


艦が激しく揺れ、けたたましい警報が鳴り響く。

部下は素早くブリッジに連絡を取る。


「こちら護送室、何事か!」

『艦内部に侵入者あり! 装甲板が突破され、気密が維持できません!』

「騒ぐな、落ち着いて対処しろ! まずはダメージコントロールを行え、穴を塞ぐんだ!」

『了解!』


男の指示により、即座に艦全体が動き始める。

そして、侵入者は。


「抵抗するならば射殺するぞ!」

「ふん...」


四人の兵士に囲まれていた。

だが、エリアスに躊躇する要素は一つもない。


「こいつ!」

「やめっ、があっ!?」


肉薄し、その膂力で首を捻じ切り、手刀で胸を貫き、正確な蹴りで銃を破壊する。

残った一人がエリアスを撃つが、


「そんなものが、効くか」


迫ってきたエリアスに銃を強奪され、頭蓋を撃ち抜かれて死んだ。

銃を奪ったエリアスは、侵入した2階の通路からエレベーターの扉を破壊して4階へと出る。


「な、何だお前――――」


エリアスは奪った銃で容赦なく敵を撃ち殺し、冷静に進んでいく。

目指しているのは、護送室――――艦の先端付近に存在する部屋である。

今のエリアスの義体は、常人より遥かに力が強いだけなので、装甲板を破壊するくらいは出来たとしても、敵から奪った端末から情報を得るしかないのだ。


『全艦に告ぐ! 侵入者は護送室へと向かっている! 通路を封鎖せよ!』

「余計な事を....!」


エリアスは自分に向かって襲ってくる敵を、普段とは全く違う無駄の多い手段で始末しながら進む。

それだけ怒り、焦っているのだ。

その感情が、なぜ生じているのか?

エリアスには.....アラタには分からなかった。







「本当に来たのか......バケモノめ!」

「返してもらうぞ」


エリアスの前で、男は笑う。

そして、容赦なくエリアスを撃った。


「.........」

「だが、頭蓋を狙われればお前とて、耐えられまい?」

「.....そうか」


エリアスが言葉を発する。

男はそれを、最後の捨て台詞だと勘違いする。

だが、違う。


「つまらない奴だったな」


エリアスは男に詰め寄り、その顔を掴んで壁に叩き付け、放り捨てた。

エリアスは脳で思考をしているわけではないので、脳を撃ったところで意味はない。

全ての臓器が消滅したとしても、即座とはいかずとも再生する。

Ve’zの身体とはそういうものだ。

それは最早、滅びを望んだVe’z人にとっては呪いだったが。


「大丈夫か、エリス」

「う.....」


エリアスはエリスの拘束を引きちぎり、彼女を解放する。

エリスは薬で眠らされているのか、軽く呻くだけで目覚めることはない。


「......このままだとまずいか」


エリアスはエリスに宇宙服を着せる。

多少不恰好ではあるが、エリスは宇宙空間で生存できない。

宇宙船の位置が変わっているため、テレポートするにしても一度は宇宙空間に出る必要があるのだ。


「よし」

「待......て...」


その時。

男が頭を押さえながら立ち上がる。


「こんな事をして...お前達がタダで済むとでも...?」

「構わない」

「そうか」


そして男は、人生で最初にして最後の、究極の射撃を放った。

エリアスの胸にではなく、エリスの心臓に。


「...っ!?」

「ざまあ、みやがれ...バケモノがっ!」


そう言い残し、男は息絶えた。


「......?」


エリアスは暫く、呆然としていた。

男が何をしたのか、わからなかったのだ。

だがそれは、赤い血が腕を伝って滴り落ちた事で、エリアスは本来の思考能力を取り戻した。


「......メッティーラ!」

『は』

「薙ぎ払え、全てだ」

『了解』


エリアスは、腹の底から湧き上がってくる怒りに任せ、そう命じる。

それが何を起こしてしまうかも忘れて。

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