019-ターニングポイント
僕の人生は、ずっと空虚だった。
別に中二病とか、格好つけだとか、好きに言ってくれていい。
これは僕の感想に過ぎない。
親に褒められて育って、中学受験、高校受験と過ごして。
大学受験も合格し、低くも高くもない大学の経済学部に進んで。
適当に恋愛もしたけれど、僕に女の心は結局わからなかった。
気づけば別の男とくっついていて、僕はそれを笑顔で見送った。
何が楽しいのか、何が悲しいのかわからなかった。
教師に聞いてみたこともある。
「それが分からないなら、分かるまでレールの上を歩いてみなさい。もし君がそれに気付けたなら、その隣に別のレールを引いて進めるはずです」
そんな、当たり障りのない答えが返ってきた。
とはいえ、僕にとっては一番もっともらしい答えだった。
なので、それに従うことにした。
「君は仕事の効率はいいが、感情論に走らないな」
「もっと主張をしてくれないと使えないよ」
アルバイトも長く続かなかった。
最終的に、DM作りやシール貼りなどの軽作業アルバイトを好んで行うようになった。
娯楽と呼ばれるものにも金を使わなかったので、それは僕にとって飲食と人付き合いのための費用に過ぎなかった。
「え? 弟?」
「そうよ、あなたに弟ができるのよ」
そんな時。
僕は、母が妊娠したのを知った。
弟。
それは、なんだか不思議な響きだった。
「ばうー」
「...!」
弟が生まれたのは、ひどい雪の日だった。
十年に一度の珍しい大雪で、交通機関が止まって帰れない僕は、初めてのビジネスホテルに宿泊した。
その日中ずっと、僕は自分の手を握り返してきた赤ん坊のことが忘れられなかった。
アレが弟。
そう思うと、心に何か信念が湧いてくるような気がした。
「頼れる、兄貴にならなきゃな」
人生に目標ができた。
その途端、周りの全てが色づいたようだった。
達成できないものを目標にしたことがなかった僕は、初めて達成できるかわからないものを目標に動き始めたのだ。
きっとそれが、ダメだったのだろう。
生き方を変えるというのは、人に大きな影響を与える。
「そんな...アラタ、死なないで、起きなさい!」
「......もうだめだ」
父と母が悲しむ顔が、脳裏に焼きついている。
医学部ではない僕は病名すら聞いたこともない病に冒され、驚くほどあっさりと死んだ。
そんな僕には、弟だけが心残りだった。
だからだろうか。
こうして、弟に会いに行けるかもしれない、新しい体を手に入れたのだ。
いつか必ず、あの世界に帰って...弟の前で、胸を張って...
「今は女性だけど、僕はお前の兄貴だ」
と宣言してやるのだ。
家族にも謝らなければ、もっとたくさん。
それだけが、僕の目標であるはずだった。
「有り余るVe’zの技術でも、世界だけは渡れない」
正確に言うと亜空間や異空間、異次元や断層に入ることはできるが、世界と世界を遮断する広大な壁、それを貫くことが現在できていない。
勿論単純に貫くわけではなく、何重もの計算を重ね、「壁」という概念に干渉するのだ。
それが可能になるには、たとえVe‘zの技術ツリーでも数百年かかるだろう。
だが、問題ではない。
その頃には時空を渡る技術も本格化しているだろうし、僕が両親に謝ることだって不可能じゃないだろう。
「まぁ...そうだな」
僕は前を見た。
目の前に広がるのは、太陽のないヴェリアノス星系の暗い星空だけだ。
けれど、その美しさは変わらない。
「ケルビス、この星空を記録できるか? 永遠に僕のものにしたい」
『ハッ、分かりました』
僕はケルビスにそう命じて、この暗い星空をもう少しだけ愛でることにした。
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