159-『対話』
気が付くと、白い空間にいた。
縦横の感覚もなく、俺は困惑する。
しかしながら、目の前にいる人物を視認した瞬間、俺は呼ばれた事に気づいた。
「お前が、エミドの主人か?」
「いかにも」
その人物は、漫然と立ち上がった。
「我が名はジェキド、ジェキド・イーシャティブ」
「俺の名前は...ノーザン・ライツだ」
一瞬、本名を名乗ろうかと思った。
しかし、対外的にはこの名前を使うと決めたことを思い出し、そう名乗った。
「それは本当の名ではないな」
「...分かるのか」
「お前の全てを見てやろう」
まずいな。
こうして精神を繋げられると、俺には対処する手段がない。
ジェキドに掴み掛かるが、すり抜けてしまう。
その間にも、俺は自分の精神を覗かれるような不快感を覚え始める。
「お前の怒りも、憎しみも、喜びも、悲しみも! 愛すらのぞき見てやろう!」
「くっ!」
ジェキドが俺の記憶を参照するたび、俺の周囲にその情景が浮かぶ。
『あのねぇ、親の許可なしで雇ってやってるの君だけなんだから、シフトに文句付けるんじゃないよ』
『すみません、ですが、妹が病気で.....』
『すみませんじゃねえよ』
これは....アルバイト先か。
母親からの支援を受けられなかった俺たちは、父親の遺産で暮らしつつ、食費光熱費を全て俺がアルバイトで賄っていた。
母親には決して渡さなかったが、妹を育てるのには沢山金を要した。
「ハハハハ、妹への情愛か」
『お兄ちゃん、大丈夫? すごいクマ......』
『大したことじゃない、寝なさい――――』
幾つものアルバイトを重ねなければ、到底維持できる額ではなかった。
ただでさえ俺は、母親が宗教に嵌っていて、アルバイトの許可など貰えない状況だ。
違法すれすれのアルバイトを重ね、補導されかけたことも何度もある。
「その妹を殺せば、お前はどんな顔をするかな?」
「..........好きにしろ」
こいつがどんな策を講じようと、世界を渡る術など持たないだろう。
「ふむ? なんだ、この記憶は――――」
ああ、この記憶は.....
俺の罪だな。
たった一つの、しかし、最大の。
「........お前は、何をした?」
「大したことではない」
「お前は......まあいい」
ジェキドは笑う事もせず、こちらを見てくる。
「俺がどうかしたか?」
「お前の夢を見てやろう」
「そうか、興味があるなら好きに見ればいい」
俺の夢は、妹と再び会う事。
そして――――
俺がその夢のような光景に浸っていると、ジェキドは急に声を荒げた。
「な、なんだこれは!?」
「どうした?」
「お前は....何を望んでいる??」
「何を....と言っても、普通の望みだが」
「お前は狂っているのか?」
失礼な。
俺の夢など、普遍的なものだ。
俺は兄として、そして普通の人間として、当然のことを望んでいるだけだ。
「お前は狂っている! お前は狂っているぞ、シンキ!」
「その名で俺を呼ぶな」
俺はその手で、白い空間を引き裂いた。
引き裂かれた箇所から、空間は崩壊していく。
「お前のその夢は、お前を永遠に――――」
「俺の人生は、そのためにあった。その目的のために奔走する俺を、お前が穢す権利などない」
そして、それを言い切った直後。
俺の意識は荒波に攫われるように消え去ったのであった。
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