110-ハッキング

ビージアイナ帝国、首都星。

その名をビルジースプライムⅠと呼ばれるその星では、多くの人々が行き来していた。

ビルの合間を縫うように幾つものスクリーンが投影され、人々はひときわ大きいその建物を無意識下において職場へと向かっていた。

その建物とは、宮殿。

ビージアイナ帝国の首都において、最も巨大な建造物である。

多くの人間が、日本人が聳え立つ巨峰を無意識下に置くように、その建物が常に見えるがゆえに関心を払わないのだ。

彼ら彼女らにとっては、注目すべきは宮殿ではなく、若き指導者であるディーヴァなのだから。


『ここで、臨時ニュースの時間です!』


そして、唐突に。

ビージアイナ帝国において最初で最後の重大なインシデントが発生する。

全ての端末、全てのスクリーン、全ての放送機器が、同時に同じ音声を発し始めたのだ。

その声は、ビージアイナ帝国の国営放送のアナウンサーと全く同じものだ。


『Noa-Tun連邦と戦闘を続けていた我らがビージアイナ帝国ですが、本日未明、これ以上の被害を避けるために全面降伏を実行することにいたしました!』


当然、そんなものは寝耳に水である。

だが、それは国民だけではなく――――


「おい、何が起きている!」

「分かりません、放送帯域が何者かに奪われて......くっ、電源も切れない!」


放送する側にとっても、全く予定にない事態であった。

いいや、それだけではない。

画面を通してネットワークに繋がっている機器全てが、同じ映像を表示しているのである。

これは、明らかに異常な事態である。


『国民の皆様は、30日以内に配給される安楽死剤を飲み、Noa-Tun連邦の支配を円滑なものとしてください。労働力は不要です』

「どうなってる! 政府に連絡を!」

「ダメです、通信網もすべてラジオみたいになってるんです!」


国中に、響く声。

破滅を呼び掛け、死を誘い、敗北を嬉々として伝える声が。

国民の中に確かに浸透していく。


「一体、一体何が起きている!」

「全てのサーバーが、10秒程度の脆弱性時間内にハッキングされました! 自己メンテナンスの隙を狙われたのです!」

「電源を切れ!」

「ダメです、電力回路のシステムまで奪われています!」

「バカな......」


そしてそれを、高みの見物を決め込むものがいた。


「大成功だな」

『ええ、音声と画像パターンを利用してフェイクニュースを作り出し放映するというのは、中々悪辣なアイデアですね?』

「俺の世界だと横行してたな、規制する法律がないんで、詐欺も名売りもし放題だった」

『では、計画を続行いたします、只今、放送にかこつけて、ビージアイナ帝国のデータベース全200層のうち152層の832/1500情報セルまで侵入完了。各所にトロイの木馬を仕込みながら情報をコピーしてダウンロードしています』


無慈悲なハッキングの魔の手が、ビージアイナ帝国を侵蝕していた。

セントラルサーバーを一時的とはいえ奪ったオーロラは、サーバーへのハッキングを続けながら、地方への高速回線をも乗っ取り、同じ映像を放送し続けていた。


『そろそろ話す内容がなくなってきました』

「なら、ゴルドーのカラオケ音声でも流しとけ」

『はい』


ゴルドーとは、天空騎士団の一人である。

よく通る声を持ちながら歌は壊滅的に酷く、その場にいた全員が体調不良を訴えた事で一躍有名になった。


「あ、音声は切れよ。俺も死にたくはない」

『はい♡』


こうして、首都は阿鼻叫喚の地獄と化した。

ありとあらゆるスピーカーから、この世のものとは思えない怨嗟の叫び声が響いてくるのである。

音量が大きすぎるせいで、窓ガラスはビリビリと震え、多くの国民は自衛手段を持たぬまま気をおかしくして発狂した。

絶叫に発狂が重なり、首都はあっという間に大声大会の会場と化した。


「仕方ない、システム完全シャットダウン!」


そして、処罰覚悟で警備隊がサーバーを軌道爆撃で破壊し、騒ぎは収まった。

だが、データベース内に残されたバグやトロイの木馬ウイルスが、今後短きに渡ってビージアイナ帝国を苦しめていくのであった。

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