sub-004 戦闘機デート(後編)
Noa-Tunから飛び出したアイビスは、展開された外周リングに向かって飛ぶ。
俺の方にも、ルルと同じコンソールがついているが、こちらはあまりにも地球の戦闘機に似ていた。
中央の丸いディスプレイには、戦闘機の状態が表示されており、現在は右に20°ほど傾いていた。
『もうすぐ飛行機動可能区域に入ります、準備はいいですか?』
「ああ、勿論だ」
Noa-Tunの周囲100km内では、戦闘時を除いて戦闘機・ドローンが直進以外の機動を取ることができない区域となっている。
これは、作業ドローンの指揮をやろうと思った時に、誘導灯にぶつけて修理に時間を食った経験からである。
『行きます!』
ルルが叫ぶと同時に、ディスプレイの表示と同期して、窓の外が大きく動く。
アイビスが、Noa-Tunの下部に向けて旋回し始めたのだ。
勿論重力などないので、それで速度が上がる事はない。
ルルはスロットルを奥に押し込み、スラスター出力を上げていく。
「凄いな...」
『......』
Noa-Tunをこういう風に、実際に外に出て見たことはなかった。
というか、俺自身が外に出たことがあまりない。
『なんだか...スワロー・エッジと取り回しがちょっと違いますね...』
「違うのか?」
『こちらの方が取り回しが悪いです、旋回した時の動きがちょっと、悪いというか...』
まあ、単純にスワロー・エッジが超高級機なので、フェザー・アイビスが劣るのは仕方がないことではある。
「シミュレータで通常機の扱いもやっただろう? お前に与えた機体が超高性能なだけで、通常であればそんなものだ」
『ありがとうございます』
なぜか感謝された。
理由を聞く前に、アイビスはNoa-Tunの発進口から発艦中のエクスカベーター艦隊に近づく。
ぶつける気か?
そう思ったが、アイビスは下から回り込み、こちらとあちらのシールドの接触ギリギリで上方向に離脱した。
『どうですか!?』
「いつもこんな機動を?」
『司令官を乗せた状態でそれをするのは誉められた行動ではありませんよ、ルル様』
『すみません...』
ルルは意気消沈するが、俺は悪くないと思った。
この精度で飛翔できるなら、戦場にあっても早々死なないだろう。
「俺は構わない。ルル、よく見せてくれたな」
『...はい!』
アイビスは高度を下げ、惑星への降下軌道に乗る。
SCC基準のドローンや戦闘機は、余裕で大気圏を突破できる推力があるのだ。
俺たちを乗せたアイビスは、大気圏へと突入した。
『まずは、獣人国を見に行きましょう』
「そうだな、復興具合が気になる」
雲海を突き抜け、アイビスは上空と呼べるような対地高度まで降りた。
大気圏を突き抜け、急停止したにも関わらず、殆どGを感じない。
ジェットコースターくらいの高揚感はあったものの、流石は慣性制御という他なかった。
アイビスは推力を最大に引き上げ、音速で飛翔する。
MSDを使うと、大気圏内では強力な重力干渉が引き起こされるので、素の出力だけで飛ばなければならない。
『見えてきましたね』
「ああ...随分と、立派になったものだ」
かつて絶望と悲しみに満ちていた獣人の国は、短い期間とはいえ復興を経て再興の兆しを見せていた。
郊外に畑が広がり、かつての戦場跡...獣人たちの間では、『英雄の平原』と呼ばれた場所には、植林が行われていた。
『お父さん...』
「......」
ルルが黙ってしまう。
結局、ルルの父親であった獣人王の死体は回収できていない。
卑怯にも毒の矢で撃たれた後、敵が持ち去ってしまったからだ。
敵陣の死体に紛れてわからなくなり、目印の金の装備は敵に奪われていた。
だからこそ、獣人たちにとって次の戦いは、王の仇打ちなのだ。
「すまないな。俺は...Noa-Tunは、利益のない戦いには加担できない。お前の父親の仇は、彼らが血と闘争で取ってくれるはずだ」
『わかってます...お父さんは、妹を守れって言いました。私はお父さんの敵を恨むより、妹を守ります』
ルルにとってはネムが、唯一の肉親である。
それなら、戦闘機に乗りたいと言ったのも頷ける、ネムを守るために自分が前線に出る気なのだろう。
無償の愛など、母子の間でくらいしか成り立たない。
俺の場合は、それすら成り立たなかった。
妹に注いだ愛も、自分より遥か上に行って欲しいという打算があっての事だった。
だから俺は、
「......ところで、もうすぐ獣人国の国境だぞ」
『あ...す、すいません!』
話題を意図的に逸らした。
戦闘機は再び高度を上げ、大気圏を突破するべく推力を溜め始めた。
『ここからのNoa-Tunへの帰還は時間がかかり過ぎるため、MSDの使用を提案します』
「分かりました」
引力圏の外まで離脱したアイビスは、MSDを使用する。
亜光速で飛翔できるので、惑星を半周してNoa-Tunに帰還するのは三分程度であった。
「(ドローンでこれが出来ればいいんだがな)」
戦闘機の操縦は感覚的な部分が多く、ドローンのAIでは戦闘機の機動を再現しきれない。
だからこそ、ルル以外のパイロットが欲しいのだが...
そんなことを思いつつ、俺はルルが着艦する動きを観察する。
『第四格納庫のハッチを開きます。ガイドビーコンに従って着陸してください』
第四格納庫から伸びたビーコンに従い、アイビスは速度を落として接近する。
慣性制御の範囲内に入り、コックピットの慣性制御が解除されて、機体と中の俺たちに下向きの重力が発生する。
アイビスはスラスターを吹かせながら姿勢制御を行い、メインスラスターからの出力を切って着地した。
上から伸びてきたアームがアイビスの機体を固定し、運搬していく。
『まだNoa-Tunには、艦載機用の着陸ベイがありません。これから航空戦力を拡大するのであれば、増設を提案いたしますが...』
「その辺は、要相談だな」
俺は呟く。
これから決戦だというのに、余計な資材を使うどころか、未来の話をしている場合ではない。
「お疲れ様、ルル。またの機会があれば、共に行こう」
俺はヘルメットを外し、ルルを労うのだった。
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