023-一人風呂
その夜。
俺は、居住区画を訪れていた。
「大浴場か、ゲーム時代にそんな言及はなかったが、施設の一覧的には存在してるんだよな」
『兵士の衛生を守るためと、娯楽を兼ねているのでしょう』
構造は違うとはいえ、あの姉妹も入ったらしい風呂に、少し興味が惹かれたので行ってみることにした。
とはいえ、居住区画は広く複雑だ。
オーロラのサポートを受けながら、入り組んだそこを進んでいく。
そして...
「おいおい...大浴場というか、完全に風呂屋だな」
『データにはない構造ですね』
完全に風呂屋の入り口だった。
俺は暖簾をくぐり、更衣室に入る。
「これから先は男の聖域だ、監視カメラは見るな」
『わかりました、有事の際には警報を鳴らしますので...お楽しみください』
俺はオーロラを退けると、更衣室で服を脱ぐ。
丁寧に服を折りたたみ、タオルを頭に乗せて風呂場へと入った。
「これは...どういう原理だ?」
風呂場の床や壁は木製のように見えるが、感触は木のものではない。
だというのに、香木のような上品な香りが立ち込めている。
俺は周囲を見渡しつつ、一番大きな浴槽に近付く。
「丁寧だな」
風呂桶を浴槽に沈め、中に湯を溜めて持ち上げる。
それを全身に掛け、じんわりと暖かさが広がっていくのを感じた。
.........快適だ。
足を踏み入れると、丁度いい温度の湯だった。
温泉ではないようだが、ただの水ではないだろう。
恐らくはナノマシンの類が混入されているようで、疲れが取れていくような気がする。
「テレビもあるんだな、無粋だが」
生憎風呂に入っている時は風呂にだけ集中したい。
俺はサイドパネルを操作して、壁面を富士山の絵に変化させる。
これがあるって事は、本来の設定もこんな感じだったのだろうか。
しばらく湯に浸かった俺は、湯から出て先ほど見えた扉に入ってみることにした。
「...これは何なんだ?」
扉を開けて中に入ると、三角状の部屋に出た。
左右に二つ扉がある。
開けて確かめると、片方は熱気が、もう片方はむわっと湿気が漏れ出てきた。
サウナとスチームサウナのようだ。
「充実してるな」
そう思いつつ、洗い場に足を伸ばす。
洗い場には5人分のシャワーと、石鹸が用意されていた。
石鹸といっても、ナノマシン混入の汚れをすぐに浮かせるタイプのものだ。
風情がないなと思いつつ、俺は石鹸で体と髪を丁寧に洗い、顔をスキンケアクリームで洗顔した。
「もう少し入っていくか」
その後、俺が風呂場で寝過ごしたのはいうまでもない。
オーロラが異変に気付かなければ、溺死していたかもしれない...
「悪いな」
『いいえ。最近の艦隊総司令には余裕がないように感じられましたので、リラックスして頂いたのであれば問題ありません』
「...そうか」
AIにもわかるほど切羽詰まっていたか。
俺は自分を恥じつつ、風呂場の入り口の壁面冷蔵庫にあった牛乳を飲む。
粋な図らいだと、思いつつ。
「風呂場は良かったよ。息抜きにはいいかもな」
『そうですか』
「なにしろ、このノーアトゥーンをもう一度廃墟にしないために、俺がいる。責任は重いさ」
『艦隊総司令であれば、必ず完遂できると信じております』
「ああ」
俺は深く頷き、牛乳ヒゲを捲った袖で拭った。
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