第8話 知れぬ抜け道_3

会話も長くは続かず、洞窟内はまた不気味な静けさに覆われた。


しかし静かな洞窟内を歩いているとやはり、あの嫌悪感がまとわりついてくるように感じられ、メナはそれを払い落とすかのように腕をさする。


本当にここに何かがあるのか、あるいは仲間を失った不安がこの闇に不快感を感じさせるのか、それは定かではない。


(いずれにせよ、警戒はおこたれませんね……)


そんなことを考えてうつむいていたメナの頭頂に水滴が当たる。


メナは驚いて天井を見上げ、そこに小さな鍾乳石しょうにゅうせき状の構造物が群居ぐんきょしているのを見つけた。


その先から結露した水滴が滴ったのだろう。


(このまま王朝が倒されたとして、彼らはいったいどうなるのでしょうか……)


寄り集まるそれらを見て、メナはなんとなくそんなことを考える。


しかしその結果、自分は彼らについてさほど不安に思っていないことに気づいてしまった。


それは単に実感がないからなのか、あるいは自分が単に薄情なのか。


「―――……」


いずれにせよ、いまは納得のいく答えが出せない気がしたメナは、そこで思考を打ち切った。

ちょうどその時、広い空間に出たからだ。


「―――これは」


ドゥカイの驚嘆は、ふたりにも伝播でんぱする。それほどまでにその空間はこれまでの道とはかけ離れ、異質だった。


メナが見上げるこの空間はカンテラの灯りが届かぬほど天井は高く、声は何重にも響くほどに広い。


そして何よりも、人の手が入っていることが疑いようのないほどに、整えられていたのだ。

補強され、固められ、敷き詰められている。


そこにはオウマが言っていたような「崩落の危険」など微塵も感じられなかった。


先を歩いていたギノーがたカンテラに照らされた壁面を眺め、メナに振り返った。


「メナ様、この場所に心当たりはありませんこと?」


ギノーはきっと王宮の地下にあるものだから、メナが知っていると思って訊いたのだろう。

メナは何か思い出せるかも知れないと思い、その壁面を眺める。


「―――わかりませんね。これは……焦げ跡でしょうか」


メナに言えることは、正直なところその程度だった。


城の地下にこのような場所があるという記録は、メナが知る限りどの書にも載っていなかった。


「―――少なくとも、わたしは聞いたこともありません。ただの通路にしても広すぎますし、何か秘密・・があるのかも知れないですね」


メナの言葉に、ギノーは感心したように声を漏らす。


「―――こんな時でなければ、大発見でしたのに」


こんな時・・・・でなければ・・・・・、見つからなかったとも思いますよ」


そもそも、父はこの道について知っていて隠していたのだ。

隠された秘密を手がかりもなく見つけるというのは、想像以上に難しい。


ギノーは物言いたげに口を動かしていたが、結局思い直したのか顔を伏せてしまう。


それを見て、メナは慌てて言い繕う。

メナの皮肉は、少し場違いだったかもしれない。


「すみません、他意はなかったのですが……」


「―――いえ。わたくしが無思慮なことに違いはないですわ」


少しの気まずい空気が流れるなか、ドゥカイは、自分たちが出てきた穴とは別の穴を見つけ、覗き込んでいた。


「老師が言った通り、ふたつ道があるようですね」


メナはそれを聞いてドゥカイの側の穴に視線を向けた。

そしてそこに拡がる虚空のような暗い穴を見た。


「―――うっ」


忘れかけていた嫌悪感が一気に蘇る。


息を呑んだ拍子ひょうしにむせ返ったメナに、ギノーは慌てて駆け寄った。


「どうなさいました!?」


メナはそれを手で制しつつ、同じく心配そうに眉をひそめたドゥカイに告げる。


「大丈夫、むせただけです。それより、先を急ぎましょう……調べたいのは山々ですが、平時ならともかく今はここに留まる理由はありません」


もしかしたら、少し早口にまくし立てるメナの様子はおかしなものに見えたかも知れない。


しかし、それを気にしていられないほどには、彼女は一刻も早くこの場所を離れたかった。


ドゥカイは何か言いたげな表情をしていたが結局、つっこんで訊くことはしなかった。


「―――そうですね。行きましょう」


彼はメナの言に従い、地面に置いていたカンテラを持ち直して掲げ、先陣を切って出口へと向かった。

決定してからの行動は、やはり早い。


メナとギノーもそれに続き小走りに、ゆるい登り坂となった洞穴へと踏み入った。

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