第7話 知れぬ抜け道_2

抜け道は、最初こそ整えられた階段であったが、降りていくにつれてその様相は大きく変化していた。


均整の取れた石造りの道から、浅黒く凹凸おうとつまみれの陰鬱いんうつな洞窟に。


ジメジメと湿った空気は、臭いがある訳ではないのだが、何か身体に悪いものでもただよっているのではないかと感じさせる。


彼女たちはその中をカンテラひとつ頼りに、黙々と進んでいた。


無機質な岩肌をさらした壁面へきめんは、湿気でぬらりと結露けつろしており、カンテラの灯りをゆがめて打ち返してくる。


そして、この空間がそう思わせるのか、そのいびつな煌めきがどこか生物の蠢動しゅんどうに見え、メナの目線はあちこちを落ち着きなく行き交った。


(何か……気味が悪いですね)


どこかで水滴が落ちる音が聞こえる。

自分たちの足音以外の物音が聞こえる。

闇の中に得体の知れぬ何かがうごめいている。


「―――……少し、待っていただけますか?」


メナは得体の知れぬ嫌悪感に耐えきれず、一度足を止めて、目をつむった。

眉間を押さえて息を吐くと、少しだけ気分が落ち着いていくのを感じた。


「メナ様?」


「どうしました?」


二人はほとんど同時に彼女を振り返る。


しかし、メナは何と答えるべきか思いつかず、はにかんだ。


「―――……えっと、少し、疲れたみたいです。すみません、もう大丈夫です」


メナは何とかそれだけ絞り出し、誤魔化すように歩き出す。

少しでも話をして気が紛れたのもあるが、このまま立ち止まっていると過ぎ去ったものがまた戻ってくるように思えた。


「―――無理はなさらないでくださいましね?」


ギノーがメナのそばについて言う。


赤子を思わせる彼女のふっくらと柔らかそうな頬は、追われていた時と比べると、よほど血色が良かった。


しかし、その手が今も震えていることに気づいたメナの顔は、愁眉しゅうびにゆがむ。

荒事を好まないギノーからしたら、この状況にかなりの心労を感じているのだとわかった。


(ここで気をつかわせるのは上に立つものとしては、違いますね……)


メナは無理に笑みを作って彼女に見せる。


「―――もう、大丈夫。少し不安になっていただけですから」


メナは意を決し、先陣を切って歩き出した。


ドゥカイがそれに続き、その手の灯りで道を照らす。


色々・・ありましたからな、不安も無理からぬこと……ですが、必ずメナ様のことはお守りします。安心してください」


さりげなく先頭に戻ったドゥカイのはげましは、素直に嬉しい。


しかし同時に、罪悪感のようなものが湧き上がるのも感じた。

話す彼の横顔に一瞬、影がぎったように見えたのだ。


「―――はい、ありがとうございます。ですが、あなた方も無理はしないでくださいね」


メナは謝意を告げ、従者二人の首肯を聞きつつも、思う。

あるいは先の彼の言葉は、自分自身に言い聞かせる言葉だったのかも知れない。


(きっとドゥカイはセジンの分も……)


セジンは長年メナにつかえ行動を共にした、ドゥカイにとっての相棒のような男だった。


その彼はいま、この場にはいない。それが彼にとってどれだけの喪失感を植えつけたのか、メナには想像できなかった。


(もしかしたら彼は生きているかも知れない……などと言うのは、違いますね)


メナは密かに細く長いため息を吐いて、ドゥカイの横顔を後ろから見る。


いまの彼には、先ほど見たような影は見えなかった。

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